「極めて異常なこと」 死刑制度の議論進まぬ日本に「国際社会」から厳しい視線…30年でアメリカと「大きな差」も

死刑が執行される東京拘置所(iLand / PIXTA)

G7、先進7カ国首脳会議の参加国のうち、死刑制度を残しているのは、日本とアメリカだけだ。日本は2023年の死刑執行が3年ぶりにゼロだったが、国際社会から厳しい目が向けられる事態が続いている。

静岡県で1966年に一家4人が殺害された「袴田事件」で、死刑が確定した袴田巌さんの再審公判に注目が集まる中、甲南大学の笹倉香奈教授(刑事法)は「死刑制度のあり方を見直すべき」と指摘する。

笹倉教授によると、死刑制度のあるアメリカでは、ここ30年ほどで議論が進み、日本と「大きな違い」が生まれてきているという。今後、わたしたちは死刑制度とどう向き合うべきなのか。笹倉教授に寄稿してもらった。

●日本は数少ない死刑存置・執行国

死刑制度に関する世界的な状況を見れば、日本の刑事司法が世界の中でいかに特異な位置づけにあり、国際社会からどのように見られているのかが明らかになります(注1)。

死刑制度を存置し、執行を続けている国は年々減少しています。アムネスティ・インターナショナルの最新の年次報告書(2023年5月公表)によると、144カ国が法律上・事実上の死刑廃止国で、そのうち112カ国がすべての犯罪について死刑を廃止しています。

死刑制度の存置国55カ国のうち、2022年に死刑を執行した国は、日本を含む20カ国に過ぎず、存置していたとしても執行する国は半分もありませんでした。

日本は、2023年はゼロだったものの、ほぼ毎年死刑が執行されている数少ない存置・執行国です。G7で死刑を存置・執行し続けているのは、アメリカと日本の2国だけであることは、しばしば指摘されています。

日米以外の存置・執行国は、中国、北朝鮮、イラン、アフガニスタンなど、ほとんどが民主主義や人権について、しばしば国際社会から批判される国です。

ヨーロッパは、ベラルーシを除いて全面的に死刑を廃止するとともに、他の地域での廃止を目指して、さまざまな活動を続けています。また、欧州評議会に入るためには、死刑を廃止しなければならないとされています。

アジアの中でも、カンボジア、ネパール、東ティモールなどは死刑を廃止し、韓国は20年以上執行がなく、事実上の廃止国です。

台湾は国際人権法に照らして、段階的に死刑を廃止することを表明しています。マレーシアでは、2018年に死刑の執行停止(モラトリアム)が宣言されて、2023年4月に必要的死刑制度が廃止されています。

●アメリカ、死刑は「支持されない」刑罰に…

アメリカも、日本と同じように死刑存置国です。しかし、議論の状況には大きな差があります。

実は、アメリカでは、死刑は「支持されない刑罰」になりつつあります。1年間に98人の死刑が執行された1999年以降、その執行数は減少し続け、2023年には24人まで減りました。

死刑制度は、州ごとに異なりますが、廃止州はここ20年で増加し、現在では50州のうち23州が廃止しています。廃止州の数は、今後さらに増加することが予測されます。

さらに、6州では州知事がモラトリアムを宣言しています。つまり、合わせて29州が死刑の廃止または停止をしていることになります。

存置州のうち、死刑を執行しているのはごく一部に過ぎません。過去5年間の執行がないのは廃止州含めて39州で、2023年に死刑を執行したのはアラバマ、フロリダ、ミズーリ、オクラホマ、テキサスの5州のみです。

アメリカの世論調査によると、死刑執行が最も多かった1990年代終わりには、殺人を犯した者への死刑言渡しについて「妥当」と回答する者が80%、「妥当ではない」が16%でした。

しかし、最新の調査(2023年10月)では、「妥当」が53%、「妥当ではない」が44%となり、拮抗しつつあります。

ここ30年でアメリカで死刑が「支持されない刑罰」になりつつある背景には、1990年代以降に多数の冤罪事件が明らかになったこと、そして、その中に多くの死刑事件が含まれていた事実があること(※注2)などが挙げられます。また、以前から、死刑が人種差別的に運用されていることも指摘されてきました。

議論が絶えずおこなわれて見直しがされているアメリカと、議論がなかなか進まない日本との差は大きいといえるでしょう。

●死刑に関する情報に「重大な格差」

アメリカと日本の違いの背景の一つに、死刑に関する情報の取り扱いについての重大な格差があります。

たとえば日本では、死刑に関する情報が秘匿され、公にされません。

いつ、誰が執行されるのかも不明です。本人にさえ当日告知され、その1、2時間後に執行されます。執行に至る手続きについては、一応の規定があるものの(刑事訴訟法472条以下)、具体的にどのようにして執行される人を選定するのかもわかりません。

一方、アメリカでは、遅くとも1カ月前には執行日が告知され、その後、本人へのケアや執行への異議申立ての手続きが進みます。しかも執行日のスケジュールは、ウェブ上で見ることもできます。

また、日本では、死刑の執行方法の詳細も明らかにされていません。1873年(明治6年)に公布された太政官布告第65号(絞罪器械図式)が今でも生きており、そこで定められた絞首刑の方法はほとんど変わらないまま維持されています。

2010年に千葉景子法相(当時)のもとで、東京拘置所の刑場が公開され話題になりましたが、その後、その扉は再び閉ざされました。国民の多くは、刑場で実際に何が起こっているのかを知ることはできません。

アメリカでは、弁護士、司法大臣、検察官、裁判官、裁判所職員のほか、医師や教誨師はもちろん、死刑囚の家族や友人の立会いがほとんどの州で認められています。他にも、被害者遺族や市民の代表、そしてメディアの立会いが認められている州もあります。そのため、死刑執行の詳細を一般市民が知ることができるのです。

●死刑制度のあり方を問う

2024年1月25日、アラバマ州で史上初めて、窒素吸入による死刑執行がおこなわれ、その執行の様子は克明に報道されました。アイダホ州では、薬物注射の針を刺すことができずに死刑執行が失敗したことが報じられています。

このような問題が起こるたびに、アメリカでは、死刑制度の是非をめぐる議論がおこなわれています。

しかし、日本では、死刑の運用に関連する記録の公開もおこなわれていません。つまり、死刑という重要な制度の運用が、まったくわからない状況にあるのです。これは極めて異常なことです。説明責任や透明性が不可欠な民主主義社会とは相容れない事態が続いています。

日本の死刑執行の密行性と沈黙は、他国とは比べものにならないくらい極端といえます。このような状況を許しているのは、法律家や報道機関だけでなく、社会そのものです。

現在、静岡地裁では、袴田巌さんの事件の再審公判が進行中です。戦後5件目の死刑冤罪・再審事件に注目が集まる中、死刑制度のあり方を改めて見直すべきだと思います。

(注1)本稿の一部は、「日本の死刑制度について考える懇話会」(https://www.shikeikonwakai.net/)の第1回会議(2024年3月1日開催)における報告をベースにしたものである。
(注2)死刑情報センターによれば、1972年以降に197人の元死刑囚が雪冤されている(https://deathpenaltyinfo.org/policy-issues/innocence)。

【プロフィール】笹倉香奈/ささくら・かな
甲南大学法学部教授(刑事訴訟法)。えん罪被害者の救済をめざす一般財団法人イノセンス・プロジェクト・ジャパン事務局長。SBS検証プロジェクト共同代表。「日本の死刑制度を考える懇話会」委員。

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