『Ib』リメイク版が家庭用機で発売 二次創作も盛んな“フリーホラー”がゲーム文化に与えた影響とは

3月9日、リメイク版『Ib(イヴ)』がNintendo Switchで発売となった。

本稿では、同タイトルを「フリーホラー」という観点から紐解き、現在もなお、ゲームカルチャーを賑わせているホラーゲームのトレンドとの相関性を考えていく。

■少女・イヴは、不気味な美術館から脱出できるのか

『Ib』は、不気味な美術館を舞台にした2D探索型のホラーアドベンチャーだ。プレイヤーはひとりぼっちになってしまった主人公・イヴを操作し、アイテムを見つけたり、仕掛けを解いたりしながら、美術館からの脱出を目指していく。

特徴的なのは、プレイヤーの行動や選択によって結末が変わるマルチエンディング方式を採用している点。全7種のエンディングのなかには、バッドエンドと考えられるものも多くある。ドット絵という最先端からは距離を置く映像表現でありながら、その特性をうまく活用した演出などが秀逸な作品だ。

今回、Nintendo Switchでリリースとなったリメイク版は、2022年4月11日発売のSteam版とおなじ内容のもの。グラフィックのリファイン、画面解像度の向上、会話システムの追加、一部UIの変更など、オリジナル版にさまざまな変更がくわえられた。また、3月14日には、PlayStation 4/PlayStation 5版も発売を迎えている。

価格は、パッケージ通常版が3,980円、ダウンロード版が1,500円。PlayStation 4/PlayStation 5版では、4,400円のパッケージ通常版にA5サイズのアートブックが、5,500円の限定生産・豪華版に上記アートブックとゲーム内に登場する「ミルクパズル」が同梱される(価格はすべて税込)。

■『Ib』が形成してきた文化は、現在にも受け継がれている

『Ib』のオリジナル版は、2012年2月にフリーゲームとして発表されている。開発を手掛けたのは、個人で活動していたゲームクリエイターのkouri氏だ。同氏は『RPGツクール2000』を用いて同作を制作。自身のホームページで公開した。

当時はSteamのように浸透、かつ開かれたプラットフォームがあるわけでなく、多くの個人クリエイターがkouri氏のようなプロセスで自作ゲームを同人タイトルとして発表していた。アンテナを張っているのもコアなゲームフリークばかりで、今日のように自ずと手に取ってもらえるような環境は整っていない状況だった。

しかしながら、そのような土壌のなか、『Ib』は口コミで話題を集め、たちまちトレンドタイトルとなっていく。そのような盛り上がりを象徴するかのように、ニコニコ動画やpixivには、同作に関連するコンテンツの投稿が相次いだ。

公開から約1か月後の2012年4月には、現在ゲーム系のYouTuberとして広く活躍するレトルトが、ニコニコ動画に実況プレイ動画を投稿。2024年3月20日時点では、これが同プラットフォームで最も再生数の多いコンテンツとなっている。

『Ib』のトレンド化を「フリーホラー」という観点で見ていくと、その文脈は2004年公開の『ゆめにっき』『青鬼』などから続くものだとわかる。『Ib』が話題を集めたことで、こうした個人制作のフリーホラーにさらに視線が注がれるようになり、その後、『魔女の家』(2012年10月公開)、『霧雨が降る森』(2013年10月公開)、『狂い月』(2016年1月公開)といった後続作品の台頭へとつながっていった。これらのタイトルもまた、ニコニコ動画やpixivといったプラットフォームを介して、その渦を大きくしていった経緯がある。一連の動向はまさに「サブカルチャー」と呼ぶにふさわしいものなのではないだろうか。

また、こうした文化は現在にも受け継がれている。直近のゲームカルチャーでは、『8番出口』や『ウツロマユ - Hollow Cocoon -』といったホラーゲームが話題を集めた。今春には、同ジャンルでカルト的人気を誇る名作『CLOCK TOWER』の復刻も予定されている。夏になると定期的にトレンドへと上がってくる『Shadow Corridor』もまた、おなじ文脈上にあるタイトルだと言えるだろう。これらの多くは、個人または限られた人数の小さな制作体制から生まれている。YouTubeなどにおける実況・配信の文化を介して、ホラーのジャンルをプレイしない層に愛されている点も特徴的だ。

一見すると、比較的新しいトレンドのように思える「ホラーゲームの台頭」。しかしながら、少なくとも日本国内においては、『ゆめにっき』や『青鬼』『Ib』といったフリーホラー作品によって築かれ、20年近くにわたり、脈々と受け継がれてきた文化なのだ。そして、直近の盛り上がりを見るかぎり、このようなトレンドはしばらく続いていくのだろう。

ホラーゲームの人気ぶりは、昨今のゲームカルチャーを語るうえで外せないムーブメントとなっている。『Ib』はその歴史に大切な役割を担っている作品だ。リメイク版が家庭用ゲーム機へと移植されたこのタイミングで、同タイトルが紡ぐ世界に触れてみるのも一興なのではないだろうか。

(文=結木千尋)

© 株式会社blueprint