特殊詐欺の常とう手段「投資勧誘LINEグループ」に参加してみた 明るみになった手口とは

参加者がFXに関心を示す投稿をし、「伊藤」は好機が訪れる見通しだと告げる

 「本当に役立つ投資の知識を学べます」。突如としてこんなLINEグループに招待されたことはないだろうか。

 なんだか良い話に見えるが、これは特殊詐欺の常とう手段。「サクラ」が混じったグループのやりとりに惑わされ、数千万円をだまし取られる被害も相次いでいる。その手口を詳しく知ろうと、記者は接触を試みた。(文中に登場する個人名は実際とは異なります)

 昨年12月22日未明、記者のスマートフォンにLINEグループに追加されたという通知が届いた。グループ名は「株式投資討論部屋A11」。英数字を組み合わせたアカウントによって、記者を含む100人ほどが一斉に追加されていた。

 朝になり、「伊藤」という男性を名乗るアカウントが「ディスカッショングループへようこそ」とあいさつした。「投資市場での取引経験を共有し、投資家や投資する予定のある方に情報やアドバイスを提供する」のが設立趣旨だという。「個別でメッセージすることも可能です」といって、URLリンクが貼られた。

 何人かが退会する一方、「伊藤先生、こんにちは」「あの有名な伊藤先生ですか?」と返信し、投資への関心を示すアカウントも複数あった。1人のアカウントが「初心者なんですが、FXと株、どちらが取引しやすいですか?」と質問すると、「伊藤」が、それぞれの違いを長々と説明する。投資のリスクについても強調していた。

 続いて、「アシスタントの江夏」という女性名のアカウントが「皆さんを別の投資指導グループに招待します」と、先ほどのリンクを勧めてきた。

 この時点で、記者は滋賀県警の警察官に画面を見せた。答えはもちろん、「特殊詐欺でしょう」。

 SNSを介した投資による特殊詐欺は後を絶たない。昨年1月、大津市の女性(67)が同様のLINEグループに招待され、FX投資を勧められた。女性は指示に従って取引のためのアプリをダウンロードし、口座を開設して入金を繰り返した結果、2450万円をだまし取られた。

 滋賀県警によると、同様の詐欺被害は昨年は31件が確認され、前年の1件から急増。被害金額は370万円ほどから2億8500万円余りに膨らんだ。SNS上の偽広告をクリックし、グループに参加する場合が多いが、自動的にメンバーに追加されるケースも複数確認されている。

 詳しい手口を知ることが被害を防ぐ何よりの対策になる。グループに参加した段階では実害は生じないことを警察官に確認し、記者はあえてグループから退会せず、やりとりを記録することにした。

 ところが翌日以降、やりとりは発生しなかった。25日、記者は「伊藤」のアカウントを友だちに追加し、経歴や実績を教えてもらいたいと伝えた。すると「誠に申し訳ございませんが、こちらはお問い合わせ対応LINEではありません」と、あくまでリンク先から追加するよう返してきた。

 動きがあったのは年が明けた1月6日。「伊藤資産運用$教室G33」というグループに追加された。メンバーは150人前後。株を勉強しているというアカウントが「新しい年の始まりですね」と告げ、複数のアカウントが自己紹介を始めた。

 「江夏」が「新規のグループメンバーを歓迎します」と述べ、「投資の初心者や投資の道で迷っている人を助ける」目的でグループを設立したことを説明。さらに、「伊藤」が東京大経済学部で総代を務め、「大内孝惠最高卒論賞」を受賞したこと、卒業後は米プリンストン大に留学し、経済学の博士号を取得したこと、国際的に著名な銀行に勤務したことなどをまとめた画像を載せた。

 なぜ画像で説明するのかという疑問もあるが、この投稿に対し別のアカウントが「スタンフォード大学のMBAを取得されたんですか!」と返信する。「伊藤」は訂正するでもなく、あいさつした。なお、東京大に問い合わせると、在籍照会については個人情報であるため応じられないものの、「最高卒論賞」について情報は持ち合わせていないと回答した。

 その後も「伊藤」による長文の解説、複数のアカウントによる応答が続く。7日には、複数のメンバーが運動したり外食したりした日常を報告し始めた。8日には「通りは成人式を祝う若者たちでいっぱいです」と投稿される。

 9日になると、「伊藤」は「オススメ銘柄情報」を載せ、日経平均株価について評論する。「江夏」は、これらの銘柄を多くのメンバーが購入したと伝え、またしても前述のリンクを勧めてくる。1人のメンバーがなぜか「伊藤先生はニューヨーク市立大学金融学部卒ですよ」と紹介するが、誰も指摘しないままやりとりは続く。

 10日には「伊藤」が「先生」と仰ぐ「石川」が参加し、風水について解説し始めた。「みなさんの運気をさらに上げることができればと心から思っています」と投稿し、メンバーが自宅のレイアウトを話題にする。このあたりで少しうんざりしてきた。

 ITジャーナリストの三上洋氏に話を聞いた。示されたリンクをクリックすると、指南役や案内役との個別のやりとりが発生し、FXや暗号資産への投資サイトを紹介されるという。

 案内に従い入金すると、サイト上で利益が出る。これは詐欺グループが作った偽サイトで、実際に取引がされているわけではないが、信じるがままに入金を続け、やがて連絡が取れなくなり、アカウントも消えて詐欺だと気付く。巧妙な場合は実際に少額の利益が還元されるという。

 また、いわゆる「サクラ」の果たす役割も大きい。「いろんな人が盛り上げているように見えるが、実際には少人数が複数のアカウントを使い分けているとみられる。サクラの存在によって、実績があるんだと被害者は思わされてしまう」(三上氏)

 三上氏によると、このパターンの詐欺は2019年頃から「国際ロマンス詐欺」として広がり始めた。新型コロナウイルス禍で「来日するために現金を送ってほしい」という誘い文句が使えなくなると、偽の投資サイトやアプリを使った手口が横行。ここ2年ほどで、著名な投資家の名前を勝手に使った偽の広告やLINEグループで誘導する手口が増えているという。

 対策は難しくない。LINEの設定で「友だちへの追加を許可」をオフにすれば、自動的に追加されることはなくなる。仮に追加された場合も、招待者をブロックした上でグループを退会すれば良い。

 12日、記者は「伊藤」や「江夏」が示したリンクをクリックした。「伊藤」の別のアカウントが友だちに追加され、「投資についての悩みや質問を教えていただければ、専門的なアドバイスと指導を致します」と送られてきた。

 さっそく、「なぜメンバーが先生と呼んでいるのか」「どういうふうに投資を始めるのか」と質問をぶつける。「伊藤」は、「株式市場の基礎知識記事があなたにとって大きな助けになります」といってYouTube動画を送ってきた。再生すると、機械音声でそれっぽい解説が始まる。

 記者が「難しそうですね」と返すと、「日本株で利益を上げるのは時間がかかる。しっかりとした知識と経験を積んでこその収益です」と諭されてしまった。

 しばらく「伊藤」とのやりとりは続く。「どんな仕事をしていますか」「何時に仕事が終わるのですか」「週末は何か予定はありますか」などと聞いてくる。個人情報を渡すわけにはいかない。曖昧な返答をしながら「いつまで勉強を続けたらいいのですか」と聞くと、「学びに期限はありません」「学習を積み重ねていくことで、優れた投資家になると思います」

 23日、「資産運用$教室」の参加者が「FXやりたいのですが、どこで取引すればいいのかわかりません」と投稿した。すかさず「伊藤」が、「石川先生の金融チームが徹底的に分析した結果、これからは一番いい取引タイミングです。今週にチャンスが訪れます」と盛り上げる。

 株のリスクが高まり、FX取引に追い風が吹いている―そんなふうに他の参加者がはやし立て、「石川」が「この投資機会を逃さないために、有名な外国為替取引所の担当者と面談をしました」と応じる。

 翌日になると、投資コンサルタントの「渡辺」が加わり、取引に使うという自社サイトを紹介した。別の参加者が「調べましたが、合法的な正規FX取引所であることが確認できました」とフォローする。

 一見すると正規のサイトで、投資の流れを分かりやすく説明しているが、ところどころ文字や言葉がおかしい。このサイトでは、最終的に取引口座の開設のためにアカウントを作成するよう誘導される。アカウント作成には個人情報を入力する必要があるようだ。

 グループでは、何人もの参加者が「渡辺」に個別に連絡をとって口座を開設したと発言する。記者も「渡辺」を友だち登録してみたところ、やはり口座開設のために個人情報を教えろと言ってくる。

 これ以上の取材はリスクを伴いそうだ。そろそろ記者であることを明かそうと考え、「渡辺」に詳細を尋ねようとしたところ、警戒感が伝わってしまったのか、突如グループから削除されてしまった。なぜグループから外されたのか、「伊藤」に質問を投げたものの、二度と既読は付かなかった。

 以上が一部始終だ。質問もできないままグループから「強制退会」させられたのは心残りだが、グループのやりとりにはいくつもの不審な点があることが分かった。

 一方、三上氏は、近年目立つ二次被害に警鐘を鳴らす。

 詐欺被害を相談しようと検索すると、弁護士や司法書士の事務所が広告に表示される。これらの中には着手金を集めるために広告業者に名義貸ししている場合があるという。昨年12月、大阪府警は名義貸しを行っていた東京の弁護士らを弁護士法違反容疑で逮捕。また、大阪弁護士会も、名義貸ししていたとされる所属弁護士を懲戒請求した。

 「詐欺被害を取り返せるとうたっているが、犯人を特定して民事訴訟を起こして取り返すことができるはずがない。ネットで探すのではなく、公的機関に相談するようにしてほしい」(三上氏)

 滋賀県警は、不審なLINEグループに追加されたという段階でも、相談に応じるとしている。

コロナ禍を引き合いに投資を促す「伊藤」。日本語として不自然な部分も見受けられる
「伊藤」の指示でFX取引による収益が出たと話す参加者。漢字の不自然さを指摘されたのだろうか、ローマ字やひらがなを使った名前が目立つようになった
「渡辺」の自社サイトより。「~について」の意味で使われる「about」を誤訳したのだろうか、「だいたい」という意味不明な項目がある
「渡辺」の自社サイト。取引口座を開設するためにアカウントを作成する必要があると指示される
投資コンサルタントの「渡辺」が紹介した自社サイト。画像がスマートフォンのサイズに合っていないのが不自然に感じる
「伊藤」の指示に従い、FX取引で儲けが出たという参加者が相次ぐ
「伊藤」が師と仰ぐ「石川」がFX投資を促す。複数の指南役がいる点は巧妙とも言えるが、よく見ると「石川」の投稿が続く間は「伊藤」は投稿しなくなる
「伊藤」の自己紹介に複数のアカウントが反応する。よく見ると、日本で使用されない漢字がアカウント名に混じっている
株式投資のリスクを強調し、FX取引へと誘導する「伊藤」
複数のアカウントによってFX取引へ誘導する流れが作られていく
突如として占星術の解説を始める「石川」。風水で運気上昇させることができると説く
最初に記者のアカウントが追加されたLINEグループ。「伊藤」があいさつし、個別のやりとりへと誘導する
「伊藤」が株式市場の情勢を分析し、個別のやりとりを求める場面
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「伊藤」のアシスタントというアカウントが経歴を紹介する
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