『厨房のありす』が示した“私たちが生きるヒント” 「ASDだから」を乗り越える愛

毎回、ありす(門脇麦)のちょっとクセがあるがかわいらしい言葉と動きでほっこりし、彼女の作る美味しそうな料理に食欲をそそられていた『厨房のありす』(日本テレビ系)がいよいよ最終回を迎える。

小さな料理店「ありすのお勝手」の店主であるありすは、驚異的な記憶力の持ち主で特に大好きな化学においては膨大な知識を持ちあわせており、「料理は化学です!」を口癖にしながらそれを料理に生かしている。しかし、ありすは自閉スペクトラム症(ASD)の特性で予測できないことや人とのコミュニケーションが苦手。なのでお店の接客は幼なじみの和紗(前田敦子)と、ある日、ふらっとやってきた住み込みバイトの倖生(永瀬廉)が担当している。だが、だんだんと倖生は“あること”を確かめるためにやってきたこと、そしてありすの出生には“ある秘密”が隠されていることが明らかになってくる。本作はそれぞれに生きづらさを抱えた人たちのヒューマンドラマでありながら、ある事件の謎を解き明かすミステリードラマでもあった。

このドラマの見どころはなんと言っても美味しそうな料理。飛び上がりそうなくらい嬉しいことがあっても、逆にもう立ち直れないくらい悲しいことや、いてもたってもいられないくらい不安なことがあっても、ふと気がついた時にお腹は空いている。生きることは食べることである。ありすは料理を注文する人を見て、その人の悩みや気になることを聞いて、まさに「その人のためのごはん」を用意した。

それに「おいしい」の一言にはごはんを一緒に食べている人をも幸せにしたり、素直にしたりする力があるようだ。だから、「ありすのお勝手」であんこう鍋を囲んでいたら優奈(新井郁)と空(石塚錬)、そして義母の陽子(円城寺あや)との絆は深くなったし、ビーフシチューを分け合ったら明里(金澤美穂)と圭介(渡辺大知)はお互いの気持ちを確かめ合って付き合うことができた。ありすもいつも「おいしい」という言葉を聞いた時が一番嬉しそうな顔をしていた。

ありすが今まで「ASDだから」と諦めていた壁をたくさん乗り越えていくのを観るのも楽しかった。たとえばありすは倖生と出会ったことで「人を好きになるとはどういうことか」という、“難問”に直面した。ありすは自分が人の気持ちを読み取ることを苦手とするASDだから「好き」がわからないと思っていたようだが、それとは関係なく誰にとっても「人を好きになること」ははっきりと言葉で表しづらいものではないだろうか。

実際、ありすが“恋の悩み”を相談した和紗の家では、6歳の銀之助(湯本晴)は「ここ(心臓のあたり)が熱くなって鼻血が出る!」と言っていたし、9歳の虎之助(三浦綺羅)はよそよそしくなってしまうようだし、34歳の金之助(大東駿介)は走り込みをしたくなるらしい。ありすは“恋の悩み”を多くの人、時にはその相手である倖生本人にまでにぶつけた。ありすは知りたい衝動が抑えられなかっただけなのだろうが、その行動が、誰かを好きになる気持ちや愛にはいろいろな形があることを教えてくれた。

だからこそ「自分の身の回りでの出来事すべてを倖生さんには必ず話したい」とありすが「好き」の気持ちを自分の言葉で表現できた時、その成長に拍手を送りたくなった。ありすは今後も生きづらさを感じることがあるだろう。でも、人の気持ちが察せなくても、こうして理解はできるという経験は大きな糧になるに違いない。試行錯誤して自らの力で苦手を乗り越えたありすの姿は、ASDを抱えているかどうかにかかわらず、私たちにも何か生きるヒントを与えてくれたような気がする。

さらに自分が心護(大森南朋)をはじめとして、たくさんの人から守られている、つまり愛されていることを知ったありすは、相手に同じくらい愛を返せるようになろうと決心する。そんなまっすぐなありすに引っ張られるように、最初はぶっきらぼうで何かを諦めていたような倖生も優しく、温かい人間へと変化していった。

今、2人は励まし合いながら、ありすの母親が亡くなった火事や倖生の父親が犯人とされた横領事件の謎を解き明かし、真実と向き合おうとしている。もしかしたら真実を知ることでありすは傷つくかもしれない。だけどありすのそばにはずっと見守ってくれていた和紗や一緒に乗り越えると決めた倖生がいる。最後にはみんなでおいしいごはんを食べてほしいと願いつつ、ありすの頑張りを応援したい。
(文=久保田ひかる)

© 株式会社blueprint