「文化は宗派や人種の壁を乗り越える」能楽師・辰巳満次郎が「世界の聖地」で舞って気づいた“能の根源”

辰巳満次郎 撮影/渡邉肇

古典の継承や普及活動に尽力する一方、海外公演や新作能の演出、他ジャンルとの融合など、さまざまな表現にも挑む能楽師・辰巳満次郎。そんな彼の今日に至るまでの「THE CHANGE」とはーー。【第2回/全2回】

常々言っていますが、能楽は「引き算の美学」なんです。江戸時代以降の文化というのは、人々のためのエンターテインメントとしての要素が強いですから、分かりやすさ、面白さをどんどん足し算しています。でも、室町時代に大成した能楽のような、江戸以前の文化は、神仏のために生み出されたものが多い。

神様・仏様に余計な説明は不要ですから、どんどん要素を引き算して、結果とてもシンプルになっています。

そのぶん、能は鑑賞者の想像力を引き出します。能舞台は、桜満開の山中にも、月夜の荒野にもなるんです。

現在は、自分がやることに意義を見出せるプロジェクトや他ジャンルとのコラボレーションには積極的に関わるようにしています。これまで、シェイクスピアを題材にした新作能の制作にも携わりましたし、満月の夜に、海面に現れる光の道を舟で渡って浜辺で舞を舞うなんてこともしましたね。命綱を着けておらず、舟が転覆しそうになったときは肝を冷やしました(笑)。

そんなふうに、さまざまな活動を行うようになるきっかけは、結婚を機に独立して、ようやく生活も安定してきた40代半ば頃、阪神淡路大震災の追悼コンサートの話をいただいたことです。震災から10年の節目の年に、伝統的な能の型を踏まえた創作の能舞を舞わせていただきました。

被災者の前で、鎮魂のために舞うということは、これまで経験したことのないプレッシャーでした。と同時に、このときに「祈り舞いたい」という欲求が自分の中で膨れ上がったんです。

文化は宗派や人種の壁を乗り越える

それ以降、国内の神社仏閣はもとより、世界各地の聖地を訪れて創作の能舞を舞う活動を始めました。バチカン市国やエジプトのクフ王のピラミッドにも行きました。エルサレムの嘆きの壁では、変な外国人が来てここで舞いたいと言うんですから、不審がられました(笑)。

でも、さまざまな地を巡って分かったのは、文化は宗派や人種の壁を乗り越えるということ。そしてその根源にあるのは、普遍的な平和への祈りだということです。宗教や国境が生まれるはるか昔、太古の時代から、人々は祈り、歌い、踊るということをしてきました。

今、残念ながら各地で紛争や抗争が続いていますが、そうした原初の想いに立ち返ることが、今の世の中には必要だと思っています。「祈りの芸能」とも言われる能を伝えていくことが、現代に生きる能楽師としての私の務めだと思っています。

コロナ禍では、多くの公演が中止になり、一時はコンビニで働くことも考えました。周囲に止められましたけど(笑)。しかし、こんなときこそ自らの技を磨く機会と思い直し、ひたすら稽古に励みました。

おかげさまで、今は各地での公演と、後進の指導と一般の方の稽古とで、多忙な日々を過ごしています。

これを機に興味を持たれたら、ぜひ能楽堂にも足を運んでいただきたい。想像力が豊かになる時間を過ごしていただけることと思います。

辰巳満次郎(たつみ・まんじろう)
1959年兵庫県生まれ。父・辰巳孝、宝生流18世宗家・宝生英雄に師事し、1986年独立。古典の継承・普及活動に尽力する一方、他ジャンルとの融合を通じてさまざまな表現にも挑んでいる。重要無形文化財保持者。文化庁文化交流使。日本芸術文化戦略機構(JACSO)名誉理事長。共著に『能の本』(西日本出版社)などがある。

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