『だんドーン』ほど笑えて怖い歴史漫画は無い! “日本警察の父”を描く新鮮な幕末

桜田門外の変」──親からも先生からも、こんな風には教わらない。

年数百の漫画を読む筆者が、時事に沿った漫画を新作・旧作問わず取り上げる本連載「漫画百景」。

第一九景目は、『だんドーン』。警察コメディ『ハコヅメ~交番女子の逆襲~』の作者・泰三子さんによる作品です。

最新エピソードで、泰三子さんが小学生の頃から興味があったとインタビュー(外部リンク)で答えている「桜田門外の変」と、その顛末が描かれたばかりの本作(めっちゃくちゃ凄かった……!)。

奇しくも本日3月24日は、この歴史的な大事件が起こった日付です(当時の元号・安政では7年3月3日。西暦でいえば1860年3月24日)。そんなわけで今回は、いま読むべき漫画として『だんドーン』を紹介します。

『ハコヅメ』作者・泰三子が描く動乱の幕末

『だんドーン』は、『ハコヅメ~交番女子の逆襲~(以下『ハコヅメ』)』の第1部を描ききった泰三子さんが、2023年6月15日から講談社の漫画誌『モーニング』で連載開始。

後に“日本警察の父”と称される川路利良(本編初登場時は川路正之進)を主人公にした漫画作品です。

物語の大筋は、時の将軍・徳川家定の後継者を巡る、いわゆる将軍継嗣問題にあります。一橋慶喜を後継に押す島津斉彬ら一橋派と、徳川慶福を後継に押す彦根藩藩主・井伊直弼ら南紀派の政争です。

この将軍継嗣問題の結末が後々、桜田門外の変にまで繋がっていきます。

主人公の川路は敬愛する斉彬のため、西郷隆盛(初登場時は西郷吉之介)らと粉骨砕身、井伊直弼を筆頭にした政敵と水面下で戦いを繰り広げることに。

『だんドーン』ではこうした史実を元に、多分にコメディ要素を入れながら、動乱の幕末を描いています。

薩摩藩の切れ者、川路利良とは何者か?

ここまで島津斉彬、井伊直弼、西郷隆盛と歴史上の有名人の名前が出ています。では皆さん、その中から主人公に選ばれた川路利良を知っていたでしょうか?

“日本警察の父”とまで称される人物ですが、筆者は寡聞にして知りませんでした。同じ人は案外多いのではないでしょうか。

『モーニング』に掲載された第1話冒頭の見開きでは、「幕末 その激動の歴史のド真ん中にひっそり隠れて、しっかり『仕事』をした男。彼は『愛国者』か、『裏切り者』か」と、なんとも興味を引かれるコピーで紹介されています。

実際その経歴を調べると、なるほど、これは一作の主人公に据えるに相応しい人生だと分かります。激動に次ぐ激動、幕末の渦中に在り続けた、稀有な人物です。

にも関わらず、残っている資料は多くないのだとか。しかし、逆にそれが作者・泰三子さんの琴線に触れたようです(そのあたりの経緯は泰三子さんへのインタビュー(外部リンク)に詳しいのでそちらを参照ください)。

そして決して多くはない資料を元に生まれたのが、西郷に「人の裏をかき息するように策略を思いつく小賢しい者」と暗に評される人物でありながら、コミカルな役周りとしてボケもツッコミもこなせる本作の川路。

シリアスとコメディ、両方の性質を併せ持った、実に泰三子さんの作品らしいキャラクターです。

人の描き方に個性と作風が宿る歴史モノ

歴史モノは、漫画をはじめ、映画、ゲーム、小説など創作における定番ジャンルです。ゆえに作品数も多く、『だんドーン』の舞台となる幕末に至っては古今東西で様々な作品が生まれてきました。

その作中では西郷隆盛、坂本龍馬、勝海舟、高杉晋作、吉田松陰、大久保利通、伊藤博文、新選組の面々と、まさによりどりみどりの有名人たちが活躍しています。そして同じ人物でも、作者によって数多の解釈で独自のキャラクターとして描かれてきました。

歴史モノは史実を元にするがゆえにストーリーに大差は生まれづらく、ゆえに人の描き方に作者の個性・作風が宿ります

幕末の人物ではありませんが、織田信長はその筆頭でしょう。数々の逸話を元にありのままの姿を描く作品もあれば、異世界に飛んで妖怪・首おいてけと一緒に国盗り合戦に興じる作品もある。何度時をくりかえしても本能寺が燃える作品もあります。

歴史モノ創作における織田信長ほど多様に描写された人物はおらず、歴史モノこそ人の描き方だと教えてくれる存在もいません。

何かとドン引きされる川路に笑ってしまう

歴史モノこそ人の描き方。その点で泰三子さんが生み出したキャラクター・川路は、本当に生き生きと誌面を踊っています。

キラッキラした瞳で西郷を虚像の英雄にして、大衆心理を動かしましょう!と斉彬に進言してドン引きされる川路。

本職の密偵にファーストインプレッションで「あ…こいつヤバイ奴だ」とドン引きされる川路。その後もなんやかんやドン引きされる川路。最高に面白い。

どこを切り取っても血なまぐさい幕末ですが、泰三子さんによる川路を通して見ると、なんともコメディチックになるので不思議です。

それでいてシリアスなパートはゾッとするほど怖い。『ハコヅメ』連載時から特有の、シリアスとコメディの高低差に酔ってしまう。これが癖になるんですよね。

人間ドラマとラブロマンスの桜田門外の変

冒頭に“「桜田門外の変」──親からも先生からも、こんなふうには教わらない”と書きました(『ハコヅメ』『だんドーン』公式Xの投稿から一部文言を引用させていただきました)。

本作における「桜田門外の変」は、敵対する両陣営の人間ドラマとラブロマンスを前段で丁寧に拾っていたこともあり、随分と血の通った出来事に感じられました。いつだったか、教科書の平易な文字列で見た出来事とは、良い意味でも悪い意味でも全く違ったのです

そしてそれは、本作における幕末という時代の描き方も当てはまります。歴史の影に隠れていた川路を真ん中に据えると、これほどまでに見え方が変わるのか、という驚きがある。

これまでにない、新鮮な幕末モノ。こんなに笑えて、冷や汗をかいて、たまに目頭にジンと来る幕末モノ、筆者は知りません。

桜田門外の変以降も激動の時代を生きていく川路を先頭に、新しい視点から見る動乱の歴史、これからも楽しみにしております。

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