もしトランプ政権になれば その5(最終回) 日米の報道のゆがみ

古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・米大統領選をめぐる情報は、民主・共和のどちらかに傾斜する場合がほとんど。

・「ロシア疑惑」が虚構だったことを日本の主要メディアはほとんど報じなかった。

・もしトランプ政権になればという命題は、構造的なゆがみを認識し、その屈折を排したうえでの検証作業でなくてはならない。

前回ではトランプ大統領の対日政策について日本側に大きな誤算があった実例を紹介した。

朝日新聞がトランプ大統領が安倍晋三首相との公式会談で日米間の自動車貿易や日本の為替政策を問題視して、日本側に抗議や要求をぶつけてくるという予測を大々的に、しかも何度も断定的に報じた実例である。だがトランプ大統領はそんな課題には触れもしなかったのである。

在日米軍駐留経費についても似たような状況が起きた。日本側の一部で「トランプ政権は在日米軍の駐留経費の大幅増額を求めてくる」という予測が語られた。日米関係での深刻な摩擦の発生という警告だった。だが実際にはそんな要求はなかった。

逆にトランプ政権のジェームズ・マティス国防長官が「日本の在日米軍駐留経費負担は全世界でもモデルに近い」と礼賛した。前述の日米首脳会談でもトランプ大統領が「米軍駐留を受け入れてくれることへの日本側への感謝」を表明したのだった。

こうしたギャップは要するにトランプ政権についての日本側の官僚やメディアの対応が無責任かつ錯誤だった結果だといえよう。日本側でアメリカ通とされる学者もそのなかに入っていた。その対応には意図的な要素もあっただろう。

日本側の識者とかアメリカ通とされる人たちがとにかくトランプ大統領の片言隻句をとりあげ、悪い方に、悪い方に、と解釈して、悪口雑言を浴びせるという流行が盛んな現実だったともいえよう。そのような現実は日本の主要な新聞やテレビの報道、評論で盛んに流されていた。そして7年も前のそんな流行はいまもなお続いているようなのだ。

しかしアメリカの現実、とくにトランプ氏に関する事実はそんな日本側の偏った読みとはまったく異なっている。こうみてくると、もしトランプ大統領が再選されても、その政策が国際的に大混乱や無秩序をもたらすという展望は浮かんでこないのである。

むしろいまのバイデン政権の方がロシアのウクライナ侵略やハマスのイスラエル攻撃、さらには中国や北朝鮮の軍事挑発の拡大を生む素地をつくったという印象が強いのである。なにしろトランプ前大統領は現職として在任中の4年間に世界のどこでも新たな戦争は起きなかったと言明しているのだ。

トランプ政権は中東でもイスラム過激派の残虐なテロ組織「イスラム国(IS)」を壊滅した。アラブ側のアラブ首長国連邦(UAE)やバーレーンとイスラエルの国交を樹立するアブラハム合意をも成立させた。トランプ政権のそうした対外実績はアメリカの民主党寄りの大手メディアはまず報じない。

なにしろいまのアメリカ大統領選をめぐる動きの情報は熾烈な党派対決のメディアのスクリーンを通して流されるという基本をここで改めて日本側の私たちも認識しておくべきなのだ。その種の情報は民主・共和、バイデン・トランプどちらかに傾斜する色彩や光沢が加えられている場合がほとんどなのだ。

とくにニューヨーク・タイムズのような認知度の高い大手メディアが伝統的なアメリカの国政では異端のドナルド・トランプという人物をとにかくその登場の当初から抹殺しようとする意図でのキャンペーンを続けてきたという政治枠組みをよく知っておく必要がある。

この枠組みの存在をもっともわかりやすく表示するのはトランプ大統領に対してその就任の当初からぶつけられた「ロシア疑惑」だった。周知のように、この疑惑は2016年のアメリカの大統領選でトランプ陣営がロシア政府と共謀してアメリカ有権者の投票を不正に操ったとする糾弾だった。民主党側はこの疑惑を事実だとしてニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、CNNテレビなどが先頭に立ち、トランプ氏を攻撃した。

ところがこの「ロシア疑惑」は虚構だったことが判明した。連邦議会の下院本会議が2023年6月、公式の決議としてこの疑惑が虚偽の情報だったと宣言した。この議会の動きは日本の主要メディアではほとんど報じられなかった。構造的なゆがみだといえよう。

いまの、もしトランプ氏が大統領に再選されたらどうなるのか、という命題も、まずこの構造的なゆがみを認識し、その屈折を排したうえでの検証作業でなくてはならないのである。

(終わり。その1その2その3その4。全5回)

*この記事は雑誌の「月刊 正論」2024年4月号に載った古森義久氏の論文「トランプ氏に関する誤解・歪曲を正す」の一部を書き替えての転載です。

トップ写真:トランプ大統領がホワイトハウスにてアブラハム協定署名の会を主催。2020年9月15日(左からバーレーン外務大臣アブドゥル・ラティーフ・ラシード、イスラエル首相ベンヤミン・ネタニヤフ、アメリカ大統領ドナルド・トランプ、アラブ首長国連邦外務大臣アブドゥラ・ビン・ザイード・アル・ナヒヤーン)出典:Photo by Alex Wong/Getty Images

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