星街すいせいと『デレステ』コラボはなぜ“異例の事態”と騒がれているのか ゲームとVTuber業界に訪れた「変化」の背景

ホロライブに所属するVTuber・星街すいせいと音楽ゲームアプリ『アイドルマスターシンデレラガールズ スターライトステージ』(以下、『デレステ』)とのコラボ企画が2023年3月11日から4月10日にかけて開催されている。

自身も「アイマスP」(「アイドルマスター」シリーズのファンのこと)であると自称する星街すいせい。VTuberが「アイドルマスター」(アイマス)のゲームに実装されるのは異例の事態だ。

本記事は、星街すいせいと『デレステ』コラボの概況について考察し、『アイドルマスター』とVTuberの関係性を明らかにする試みである。

■『デレステ』ってそもそもなに?

『デレステ』は、バンダイナムコエンターテインメントがスマートフォン向けに配信する音楽ゲームアプリだ。

プレイヤーは、作中に登場する180人以上のアイドル(キャラクター)たちをプロデュースするプロデューサーとなり、コミュニティを広げたり、育成をしてリズムゲームパートでのハイスコアやイベントでの好成績を目指す内容となっている。

リズムゲームパートでは、それらのアイドルがゲームオリジナル楽曲やカバー曲を踊ったり、歌ったりする様子を見ながらプレイすることができる。

さらに、それぞれのアイドルには独自のビジュアル(衣装)やコミュニティ(コミュニケーションパート)などが用意されており、期間限定で行われるイベントやガチャ(ガシャ)では限定ビジュアルのアイドルを獲得することができる。

「アイドルマスター」シリーズのファン(プレイヤー)たちは、作中でプロデューサーと呼ばれることから「プロデューサー」「P」などと呼ばれることが一般的だ。そんなプロデューサーたちが特定のアイドルに力を入れて育成/応援する際は自らを「○○担当」と呼び、日々愛情を注いでゲームをプレイしたり、二次創作をするなどの“P活”を行っている。

■ハルヒにウマ娘……他作品ともコラボをする『デレステ』

さて、そんな「アイドルマスター」シリーズから今回取り上げる『デレステ』だが、本作にはオリジナル楽曲だけでなく、カバー曲もゲームに収録されている。なかには他IPとのコラボレーションの一環で収録される楽曲も多い。

たとえば、2021年に開催されたアニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』とのコラボでは、「ハレ晴レユカイ」を含む4曲がリリース。アイドルに着せられる衣装としてアニメの作中に登場する「県立北高」の制服が登場したり、関連するステージが追加されるなど、楽曲の演出に関わる要素やコミュニティ(ストーリー)が追加された。

また、2022年に開催された『デレステ』と『ウマ娘 プリティーダービー』の相互コラボ企画では、『デレステ』に『ウマ娘 プリティーダービー』の楽曲が追加されたほか、同作の公式YouTubeチャンネル「ぱかチューブっ!」で黎明期のVTuberとの呼び声もある「ゴールドシップ」と共に「スペシャルウィーク」が企画の開催告知をおこなうことがあった。

■星街すいせいとのコラボは何が”異彩”だったのか? カギは「アイドルとしての追加」

さて、今回の星街すいせいのコラボでも過去のIPコラボ同様にカバー楽曲の追加が行われ、ステージでの衣装演出なども追加されている。

しかし、今回のコラボの異彩さを決定づけたのは「星街すいせいがプレイ可能キャラクターとしてゲームに登場する」ことにある。

これまでのコラボでも、イベントコミュニティ(期間限定で公開されるストーリー)にコラボキャラクターが登場することはあった。だが、それらのキャラクターがステージ上で歌ったり踊ったり、プロデューサーが育成することは出来なかった。

つまり、星街すいせいは“「アイマス」ブランド以外から初のアイドル実装を果たしたIP”となったのだ。

筆者もかつてライターとして活動する以前は、『デレステ』をよくプレイするプロデューサーであったわけだが、今回のコラボについてはその力の入れ方に驚いた。

これまでのような楽曲中心のコラボとは異なり、ゲームに登場した時点で多数の独自コミュニティや演出が追加されており、それだけでなくアイテムの追加、高クオリティな3Dモデル、複数にわたるボイス/セリフが実装されていた。星街すいせいが登場するコミュニティで「すいちゃん尽くし!」と触れられているように、彼女に関連したコンテンツが多数用意されているのだ。

ここで、大規模なコラボを喜ぶプレイヤー・ファンがいる一方、微妙な心持ちでそれを見つめるプロデューサーが存在するだろうことには触れておきたい。

現在、『デレステ』には180人以上アイドルが登場するが、そのうち約100人分のアイドルについては、ボイスが実装されていない。80人分については既に役を演じる声優が決まっており、声優はライブへの出演やゲームのプロモーションなどにも参加しているうえ、アイドル固有の楽曲を持っている。

そのため、ボイス実装されていないアイドルを担当するプロデューサーはいち早く我が担当アイドルにボイスが実装されることを望んでいる。

2019年に新規アイドルとして黒埼ちとせ、白雪千夜が追加された際は、ボイスが新規実装から備わっているアイドルが現れたため、プロデューサーの間で物議を醸した。同様に、今回も一部のプロデューサーから担当アイドルのボイス実装を求める声があがっている。

■星街すいせいと「アイドルマスター」

担当アイドルのボイス実装を求める声があがる一方で、『デレステ』の「ルーム」機能ではコラボキャラの星街すいせいが「運が悪いな…あ、ちひろさん蒸すか?(原文ママ)」と、プロデューサー間で流行した「ちひろ蒸し」について発言したことに対して、『デレステ』ファンからも好意的な意見を目にすることがあった。

ご存じない方のために説明しておくと、「ちひろ蒸し」とは『デレステ』サービス開始初期にプロデューサーの間で流行した、ちょっとした“おまじない”のようなモノだ。これはゲームに登場するキャラクター・千川ちひろの周りに家具アイテム「アロマディフューザー」を設置し、“蒸す”とガチャの排出率が上がる、というもの(もちろん、これはあくまでもジョークやオカルトの一種に過ぎない)。

このセリフを決めたのが星街本人であるかは不明だが、「知っていてもおかしくない」と考えるプロデューサーや星街すいせいファンは多いだろう。

くわえて、星街すいせいは過去に何度も配信の「歌枠」でアイマス関連楽曲を歌唱していたり、『デレステ』収録楽曲である「Shine!!」の歌ってみた動画を投稿した経験を持つ。さらに楽曲だけでなく、配信中に何度か「アイマス」シリーズ作品をプレイしており、こうした積み重ねが、「往年のプロデューサーがとうとうゲームに出演した」と好意的に受け入れられるきっかけになったのだと筆者は考えている。

ちなみに、『デレステ』をプレイした回の配信タイトルは「高垣楓のプロデューサーを務めております。」というもの。自身の担当を明らかにし、配信中は高垣楓が出るまでガチャ(ガシャ)を引いており、排出された際には喜ぶあまりに手を叩くなど、担当を溺愛している様子であった。なお、先日発売されたアニメ音楽誌「リスアニ!」Vol.55の中でも「アイマス」に出会ったきっかけや担当の魅力について語っている。

■6周年記念ライブで担当と夢の共演

去る3月22日に、星街すいせいは活動6周年を迎えた。現在はホロライブに所属する彼女だが、かつては無所属の個人だった。

そんな彼女は当初よりアイドルを目指しており、何度もホロライブのオーディションを受験。2019年5月にホロライブプロダクション内の音楽レーベル「イノナカミュージック」に所属することとなる。その半年後に転籍したことで、当初志望していた「ホロライブ」に所属することができたという“シンデレラ”ストーリーを持つ。

そんな星街すいせいは6周年を迎えた同日に、6周年記念ライブ『SheenderellaDay』をYouTubeにて開催。そこで彼女は、本人にとってはもちろん、それを見守るファンにとっても大きな出来事を成し遂げる。

ライブ中盤、時計が回り、背景が変わる演出から高垣楓の名曲「こいかぜ」(ショートバージョン)のイントロが流れる。明転し、ステージが緑色に照らされると、画面には星街すいせいのバストショットが映し出される。間もなく、星街すいせいから画面がパンすると、そこには高垣楓が立っていた。そして、まず歌い始めたのは高垣楓。ついで星街すいせいと共にコーラスをしたのだ。

そう、星街すいせいは6年の時を経て“担当とデュエット”することができたのだ。これは「アイドルマスター」の歴史においても特異な出来事だろう。

2023年に「アイドルマスター」と「ラブライブ!」のコラボイベント『異次元フェス アイドルマスター ラブライブ!歌合戦』が開催されていた。たしかに、このライブも前例のないイベントではあった。しかし、こちらはあくまで「キャラクターが登場するライブ」ではなく、「キャラクターを演じる声優が登場するライブ」だった。

今回の星街すいせいのように、キャラクター本人が登場して他IPとコラボするというのは、あまり例にないのではないだろうか。

さらに今回のライブで星街すいせいは高垣楓とのコラボ曲「ジュビリー」を歌っている。『デレステ』では3月23日からこの楽曲を使ったイベントを開催しており、ガチャ(ガシャ)で引くことのできる期間限定SSレアアイドルとして、星街すいせいと高垣楓が登場する。

作中において高垣楓が発するセリフの一つに、「私たち、いつも一緒にいますよね。オフでもお仕事でも。いい関係です」という言葉がある。今回の一連のコラボによって、星街すいせいと高垣楓は真に「オフでも仕事でも一緒」の関係になったともいえる。VTuberならではのユニークな現象だろう。

■「vα-liv」から見るVTuber――VTuberとアイマスが横並びになる時代に?

今回の星街すいせいのコラボには、現在「アイドルマスター」シリーズが掲げる「PROJECT IM@S 3.0 VISION」なるコンセプトが大きく関わっていると思われる。これは2025年で20周年を迎える「アイドルマスター」シリーズが、その先の未来を見据えた更なる進化を目指して策定した新事業戦略のことだ。

これまで「アイドルマスター」シリーズでは、2018年にDMM VR THEATERでMRライブを開催して以降、映像配信プラットフォーム・SHOWROOMで「アイドルマスター」の登場アイドル・星井美希が生配信を行うなど、アイドルたちがゲームの中から飛び出して、現実の世界で活躍するような取り組みを行ってきた。

バンダイナムコは「PROJECT IM@S 3.0 VISION」において「CRE@TE POWER WITH YOU! あなたらしさが、きっと誰かの力になる。」をスローガンに掲げており、「アイドルプロデュース体験と複合現実を組み合わせた取り組みを強化する」と発表している。

この新事業戦略の取り組みのひとつとして発表されたのが、2023年に始動した新プロジェクト「vα-liv」だ。同プロジェクトでは3人のアイドル候補生がYouTubeのライブ配信を通じて歌のレッスンやゲーム実況などに取り組む様子を届けている。

3人の候補生たちは「アイマス」シリーズに登場するアイドルたちを「○○先輩」と呼ぶなど、同プロジェクトは一貫して「アイドルマスターの世界観」のうえで成り立っており、こうした要素が一部のプロデューサーの間で話題となり、注目を集めている。

はじめこそ候補生たちを競わせ、オーディションで支持が得られなかったら活動を終了させる――いわゆる「サバイバルオーディション」形式を採用したことが物議を醸していた。しかし、1年を通して彼女たちの成長や涙、笑顔が交錯する様子を見てきたことで、熱意を持って応援するプロデューサーも少なくない。

そして、「vα-liv」は世界観こそ「アイマス」シリーズとリンクしているが、そのコンテンツの供給方法は“VTuber的”であるといえる。

「VTuber」として活動する者の多くは、雑談やゲーム実況、歌枠をライブ配信したり、動画を投稿し、X(Twitter)などで発信を行うのが一般的だ。節目においては3Dモデルや「新衣装」としてビジュアルの異なるアバターを公開する「お披露目」配信を行うこともある。

「vα-liv」の候補生たちも、そんなVTuberたちと同様の配信をこれまで行ってきており、「現実に存在しながら、アイマスの世界観にいる」という、現実とゲームの世界が交錯する様子をうまく演出できていたように思う。

またこうした動向の中で、星街すいせいと同じくホロライブに所属する鷹嶺ルイは『東京ゲームショウ2023』のステージイベントで候補生たちと共演しており、すでにこの時には「vα-liv」のプロモーションとしてVTuberを活用する動きは存在していた。

今回の星街すいせいとのコラボも、共通して20~30代に支持層を持つ「アイマス」コミュニティと「VTuber」コミュニティを接続させ、新規層を獲得する狙いがあるのではないだろうか。

VTuberの特徴は、現実とフィクションに対してグラデーションを持っているということにあると筆者は考える。活動にストーリー性をくわえて展開すればフィクション的な存在にみせられる一方で、実際に起きた出来事(たとえば現実で開催されるイベントや天気、社会情勢など)をリスナーと分かち合うことで現実的、少なくともフィクションではない感覚を覚えることが出来る。

こうした特徴を踏まえれば、“現実”と“アイマスの世界観”を交錯させるためのハブとしてVTuberは適役であるといえるのではないだろうか。

■プロモーションの成功事例も後押しか?

こうしたVTuberとゲームIPの接近については、過去の成功事例もその動きを後押ししているだろう。VTuberが「アイマス」のプロモーションをおこなう事例は2020年のVTuber事務所・にじさんじに所属する月ノ美兎、樋口楓によるライブ配信を皮切りに、これまで幾度と行われてきた。

なかでも2023年の「シャニマス歌ってみたキャンペーン」では、壱百満天原サロメがバンダイナムコエンターテインメント提供のもと「SOS」を歌った動画が再生数360万回を越え、同キャンペーンに多くの歌ってみた動画が投稿されるきっかけとなっていた。

■“これからもアイマスですよっ! アイマスッッ!”

過去、2011年発売のプレイステーション3版『アイドルマスター2』のダウンロードコンテンツとしてVOCALOIDの初音ミクが登場したことがある。

その際はライバルキャラクターという登場のため、直接の操作はできない形だった(PV閲覧などは可能だった)。そのため、扱いとしては今回の星街すいせいとのコラボ事例のような環境からは一歩引いた状況にあったといえる。

当時からすでに動画投稿プラットフォームにゲーム実況を投稿する文化はあったが、今や一定の基準やガイドラインを守ることで個別の許諾を取らずに実況動画を投稿できる環境になっている。ゲーム業界の常識やIPビジネスの宣伝手法も時代と共に次第に変化している。今回の星街すいせいコラボはそんな時代の変化を思わせる出来事だったように思う。

(文=古月)

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