お笑い芸人で絵本作家・たなかひかるの新作『そそそそ』に込められた思い「どういう部分を面白がるかの余白を作っておきたい」

“そそそそってなって、にゅーんってなるおはなしです”。

お笑い芸人やギャグ漫画家としても活動する、たなかひかるの新作絵本『そそそそ』(ポプラ社)の帯には、こんな摩訶不思議な紹介文が書かれている。読んでみると、まさにその通り。それ以上でも、それ以下でもない。シュールでおかしくて、一度読んだら忘れられない絵本。たなかは、本作に「あえて意味を持たせないようにした」と語る。その意図とは一体何か。

2012年から現在までXに投稿し続け、書籍化もされているギャグ漫画『サラリーマン山崎シゲル』シリーズや、「第16回MOE絵本屋さん大賞2023」第8位を受賞した絵本『すしん』などの人気作に関するエピソードも含め、創作の軸を語ってもらった。(南 明歩)

■気持ち悪さや不気味さをあえて入れる

――『そそそそ』は、たなかさんにとって6作目の絵本ですね。どんな作品になりましたか?

たなかひかる(以下、たなか):徐々に言葉や意味が減ってきていますね。まあ、『すしん』や『ねこいる!』とやっていることはあまり変わっていないですが、今まで不気味なものばかり描いていたので、そろそろ可愛らしいものを描いておこうと(笑)。結果的にはわりと不気味に仕上がってしまったんですけど。

――いろいろな動物の身体の一部が伸びていく、というシンプルな展開の連続ですが、強烈なインパクトを与えてくれる絵本ですよね。このアイデアはどう生まれたんですか?

たなか:元々は、嘘の動物図鑑を作りたいと思っていたんです。本当のことも書いてある中に、しれっと嘘が入っているような。パラレルワールドというか、ほんのちょっと違う道を進んだ、並行世界の動物図鑑を入手した……みたいなノリで作りたかったんですよね。

でも編集さんと話していく中で、子どもたちがこの嘘を本当のことだと思って育ってしまうのは問題かと思いはじめて。あと大人が読んだとしても、動物博士くらいの知識がないと嘘に気づかなくて面白さを感じてもらえないし、かといって動物博士が見たら怒るんじゃないか。そう考えると、どこにも需要がないかもしれないなと。

なので、元のアイデアをどんどんデフォルメさせていって、今の形になりました。“コアラ=おんぶ”という、みんなが持っているイメージの中に、身体の一部が伸びるという少しのズレを当たり前のように混ぜた形です。

――コアラの他にも、パンダ、ワニ、鳥など様々な動物が出てきますが、どんな基準で選んだのでしょう。

たなか:とりあえず思いつく動物を挙げていって、どこを伸ばしたら面白いか探していきました。その中で、シンプルに可愛らしいパンダや、コブという特徴があって触れたら面白そうなラクダを出したり、ワニの歯の隙間のゴミを鳥が食べるという共存関係がある動物をペアで出してみたり。いろいろな動物を伸ばして遊んでいたら、逆に既に長いものを縮めたい気持ちも出てきたのでキリンも登場させて。最初はゾウとキリンで迷ったんですが、キリンの首の方がゾウの鼻より太いから迫力が出るんじゃないかと思い、キリンを選んでみました。

――先ほどご自身でも仰っていましたが、可愛い動物でも身体が伸びると少し不気味さを感じますね。

たなか:気持ち悪さや不気味さって、『そそそそ』に限らず、僕の作品には全部入っているんですよね。意図的に入れている部分もあるんですけど。たとえば宇宙人みたいな変な見た目のやつの身体が伸びたとしても、「そらそうやろ」って感じじゃないですか。コアラっていう、よく知っていて可愛い見た目の動物が知らない形状になるからこそ驚くんです。

ギャグ漫画でも、なるべく変なやつには変なことをさせないようにしています。たとえば『サラリーマン山崎シゲル』も、THE・普通の人って感じのサラリーマンが淡々と奇妙な行動をとっているから不気味なわけで。僕はそのギャップみたいなものが好きなんですよね。そういう表現がしたいから、モチーフとして可愛いものを選んだりしています。『ねこいる!』に関しては、可愛くなりすぎないように調整したりもしました。

■特徴的な音はどのように選んだのか

――文章を見ると、今作も『すしん』と同じくオノマトペのみで構成されています。どんな風に言葉を選びましたか?

たなか:なるべくシンプルな言葉とか変な響きの言葉とか、子供たちが発してみたくなるような言葉を探しました。あと音楽に少し近づけたくて、「そそそそ」は1、2、3、4のリズムで進むイメージですね。そそそそ、ウン、そそそそ、ウンって感じで、タンバリンとか叩きながら山手線ゲームみたいなノリで読んでもらいたいです(笑)。

お遊戯会のようなイメージとも繋がるといいかなと。一度、五線譜に文字を書くアイデアも出したんですよね。でも絵もむちゃくちゃなのに、文章まで五線譜になっていたら情報量が多すぎて読者がついてこれないかと思ってやめました。いつかこのアイデアも消化してみたいです。

――コアラの歩く音が「そそそそ」だったり、鳥がコブに挟まる音が「はす」だったり、語感の面白さも本作の魅力だと思います。この音はどうやって見つけたんですか?

たなか:コアラの歩く音に関しては、飼っている猫からです。猫ってダンと体重を置かずに、そっ、そっ、て歩くじゃないですか。足が伸びたコアラもあんな感じでソフトに歩くイメージがありました。いっぱい足があるので体重も分散して、一本一本の足の圧力はそれほどないでしょう。あ、これは物理学の勉強にもなりますね(笑)。

鳥が挟まる音は、「は」でコブにくちばしの先が触れて、「す」で付け根に向かって広がっているくちばしの抵抗が増えるイメージですかね。一度コブに挟まってからも、さらに前に進んでいる感じが「はす」という音で表現できているような気がします。

■絵本には余白がいっぱいあった方がいい

――『すしん』に引き続き、本作にも“無意味を楽しむ絵本”というコピーがついていましたが、後半のキリンとコアラのやり取りなどは「何か深い意味があるのでは?」と考察したくなりました。何か意味が込められていたりは……?

たなか:いや、全くないです(笑)。むしろ制作の段階で変に意味が加わりそうになったら削っていました。

――そこまで無意味にこだわるのはなぜでしょうか?

たなか:僕は、絵本は楽しむ方向性を限定しすぎない方がいいと思っています。もちろん、いろんな本があっていいと思いますけどね。大人って子どもに対して、「ここがこういう風に面白いでしょ」って誘導したがるじゃないですか。僕も漫才やギャグ漫画を作るとき、「みんなはこういう風に思っているだろうから、それをこう裏切ろう」「このツッコミのセリフで面白がるんやで」みたいな誘導的な作り方をしていますし。

それ自体は悪いことじゃないけど、絵本が子どもたちの読み物だと考えると、どう見るか、どう楽しむかっていう余白はいっぱいあった方がいい。最初読んだときは何がなんだかよくわからなくても、もう一回読んだら面白いところを見つけられたり、子どもによって少しずつ楽しむ部分が違ったりしたらいいなと。勝手にセリフを付けて楽しんでくれてもいいですよね。そういう余白を作るために、極力説明や意味を持たせずに、ただ現象を描いているんです。

――読み手の考え方の幅を狭めないように意識されているんですね。

たなか:ここからは急に宗教みたいな話になるんですけど、宇宙だって何か意味があって発生したものじゃないですよね。いろいろな偶然が重なって生まれた宇宙の中に、たまたま地球があって、たまたま人間がいて、たまたま僕が生まれた。これは全部たまたま発生したもので、何の意味もないことです。ただそこに居るだけ。でも生きていく中で、家族がいたり会社に勤めたり結婚したり、いろいろな出来事を経験して、生きる意味とかやりたいことを発見していくじゃないですか。無意味な中でも、自力で楽しみ方を見つけていくんですよね。この作業って、生きる上で結構重要だと思っています。

だから絵本においても「これはこういう楽しみ方だ」って限定するんじゃなくて、どういう部分を面白がるかの余白をたくさん作っておきたい。そうすることで、幼少期の子どもの考える地盤を作る手助けができたらいいなと思っています。

――そういった考えを持つようになったきっかけはありましたか?

たなか:僕の父親がそういう教育方針だったんです。僕は子どもの頃にファミコンが欲しかったけど、「遊び方が限定されているものは与えたくない」と言われて。当時は意味がわからなかったですが、今思えば確かにゲームって遊び方がわりと決まっていますよね。

――こうすればクリアできるという正解があるものも多いですよね。その教育方針が、たなかさんが創作活動を始めることに繋がったのでしょうか。

たなか:そうだと思います。小さい頃は、ずっと砂場で遊んでいるような少年でしたね。母親が油絵のセットを持っていたので、小学校のときに半ば無理やり油絵を始めさせられて、最初は友達と遊びたいから嫌だったんですけど、やっていくうちに「むっちゃ面白いな!」みたいな瞬間が出てきて、そこから「俺は絵で食っていくかもしれん」と思いました。

――小学生のときから将来像が見えていたんですね。当時はどんな絵を描いていたんですか?

たなか:風景や建物を描くことが多かったです。水彩絵の具の滲む感じとかが好きで。あとは美術大学を受験するために静物デッサンを教えてもらったりしました。

――『すしん』の絵はリアルで生っぽさを感じましたが、当時のデッサンや風景模写の影響はありますか?

たなか:あると思います。でも『すしん』の絵は、あまりリアルにしすぎずに生っぽさを残したくて。寿司ってよく考えると変なものじゃないですか。米の上に魚の死骸が乗っているという。そんな元生き物だった感じをちょっと出しつつも、線の情報量はなるべく減らすことを意識しました。

――そのバランス感覚にはどんな意図があるんでしょう。

たなか:ギャグ漫画を描き始めたとき、張り切って背景もしっかり描いていたんですよ。でも編集さんに「ギャグ漫画ってただでさえ情報量が多いから、もう少し絵の情報量を減らした方がいいですよ」と言われて、確かになと。見せたい部分は風景じゃないから、見てほしいギャグをちゃんと見てもらえるように、それ以外の情報量は減らそうと思ったんです。

■発想を世に出す機材や道具が増えた

――たなかさんは、元々お笑い芸人兼ギャグ漫画家として活動されていて、2019年にさらに絵本作家としてのキャリアをスタートされました。絵本を作ろうと思ったきっかけは何だったんですか?

たなか:すべてお笑いをベースに発想しているので、根本は同じなんですよね。そもそも最初は漫才とコントだけで食べていくと思っていたんですけど、僕は人前が得意じゃないし、芸能人になりたいっていう気持ちもなかった。でもお笑いを続けていると、どうしてもテレビに出るための努力や番組オーディションに受かるためのネタ作りをしなきゃいけなくなって、やりたいこととのギャップが大きくなっていたんです。

それで苦しくなってきたときに、ギャグ漫画を描き始めてすごく救われたんですよ。コントを作るような感じで絵に落とし込めばいいので、「テレビに出ようとしなくていいんだ、すげえ楽!」って。それでずっと描いていたんですけど、ギャグ漫画の方でも、商業誌が求めているものが自分の描きたいこととズレてきたりして、やっぱり段々と窮屈に思うところが出てきたときにポプラ社の編集さんと出会って、「絵本描いてみます?」って言われたから「はい、描いてみます」って感じで始めました。

ギャグ漫画で表現しづらい部分を全部落とし込めるので、絵本は絵本ですごく救われましたね。こうやって経緯だけ話すと、なんか逃げ続けている感じもしますけど、どれも好きで全部真剣にやっているつもりですし、自分にとっては発想を世に出す機材や道具が増えたっていう感覚ですね。

――表現するための選択肢が増えたんですね。漫画や絵本は作品を通して伝えるものなので、目の前にお客さんがいるお笑いと比べて、どうしてもリアクションにラグが出ると思いますが、そういった部分で物足りなさを感じることはなかったのでしょうか。

たなか:自分の言葉でバーンって笑いが起こったときの高揚感ってすごいんですよ。あれはものすごく上位の快感だと思います。だから最初はなかなか離れられない気持ちもありました。でも漫画をSNSで出せば、いいねの数などで反応が見えやすいので、ちょっとタイムラグがあるとはいえ、そこまで寂しくはなかったです。漫画も絵本も、ちゃんと自分の名前で発表できていますしね。

――漫画と絵本はどんな風に違いを感じていますか?

たなか:読み手の姿勢というか、何を求めて本を開いているかが違うと思います。なので「こういう面白さはギャグ漫画の方がいいかな」「これは絵本で表現したいな」と使い分けている感じですね。絵本はわりとまだ芸術に近いものを見る姿勢だと思うんです。でもギャグ漫画では、そういうのはもう苦しいと思います。

本当はギャグ漫画の方でも抽象的なものや不条理なものを作っていきたいんですけど、商業誌ではそういうものの需要がなくなりました。イケメンを出してくれとか、描きたくもない要素を入れなければならなくなりました。不純物が増えていきました。

SNSに上げるにしても、どうしてもパーって流して見られちゃうので、一度深く考えたり頭の中で転がすような笑いは、意味がわかる前に飛ばされてしまうと思うんですよね。もちろん中にはじっくり読んでくれる人もいるんですけど、あまり望めない。だからもう、そういうものは絵本で出した方がいいかなと。

――SNSでギャグ漫画を発表する上では、キャッチーさやわかりやすさが求められるんですね。

たなか:SNSはもう10年くらいやっています。フォロワーが増えやすいSNSギャグの傾向っていうのは、何となく見えてきました。SNSはすごい速度で新しい情報が流れてくるものなので、たとえば、かなり薄いあるあるなんかがちょうどいいように思えます。

ただ鼻からそういうSNSでウケるものを作ろうとし出すと、作り手としては先が見えなくなると思うので、それは絶対しないようにしていますね。僕がやっているのは「SNSでウケるものを作る」ではなく「SNSでも伝わるようにする」です。発想までつまらなくするとたぶん終わります。

――そういう葛藤をしながらも、『サラリーマン山崎シゲル』の制作やSNSへの投稿を長年続けられているのはなぜですか?

たなか:『サラリーマン山崎シゲル』は、僕の中ではトレーニングみたいなもの。フォロワーの方からお題になる単語をいただいて作るので、そのお題をどう面白くするか。フォロワーを増やそうとかお金を儲けようとかは思っていなくて、筋トレみたいなイメージです。あとは表現をいろいろ試したりもしています。何か面白い表現が思いついたときに、『サラリーマン山崎シゲル』で一度出してみて、「あ、これめっちゃ引かれたな」とか「良い感じだな」とか反応を見て、絵本や違う漫画に落とし込んだりもできるので。

――創作のアイデアはどんな風に出していますか?

たなか:僕は意識的に考えて出していますね。たまに、歩いていたらおじいちゃんの変な動きを見てしまったとかで生まれることもありますけど、基本的にはノートを前にして「今から1時間考えよう」みたいな。いわゆる“降ってきた”みたいなものはあまりないです。でもそうやって考える時間が僕は好きなので苦しくないんですよ。考えるのは別に嫌じゃない。だから続けられているんだと思います。

――今後はどんな作品を作りたいと思っていますか?

たなか:一回、お笑いの型を外してみたらどうなるのかな、ということは考えますね。僕の絵本は、まだお笑いの作り方をしているんです。「こういう状況ってなんかおもろいよな」からスタートして、ページをめくったらバーン! みたいな。“いないいないばあ”のような感じですね。そういう風にお笑いの型を少し意識して入れているんですけど、それを一度なくしてみたいとは思っています。ただ、全くおもんないって言われる可能性もあるので、何かと同時発売で出したいですね(笑)。

――そうすると、シュールさを突き詰めたようなものになるんでしょうか。

たなか:そうですね、やっぱり恐怖とかを少し出していきたいです。子どものときって、訳もなく不安な気持ちや恐怖を感じることがあったじゃないですか。あの感じを何とか落とし込めないかと思っています。お笑いにはしつつも、あのときの感覚をちょっと出せたらいいなって。そもそも僕はハッピーエンドに向かうようなものがあまり得意じゃないので、不気味さとかは残したい。その方がたぶん、大人になってから思い出してもらえると思うんです。僕自身も良い話は全然覚えていなくて、怖い話や狂気を感じさせるような話が記憶に残っているので。

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