トム・ブラウン「漫才が弱くなったら終わり」ネタを覚えていなかった単独ライブ、M-1決勝進出で自覚した「自分たちの軸」

トム・ブラウン(左から布川ひろき、みちお) 撮影/三浦龍司

「しょうゆにしょうゆをかけて、飲みます」唐突にもほどがあるつかみからの、『サザエさん』の中島くんが合体する合体漫才へ。文字にすると意味が分からないが、実際に見ると強烈なパワーに巻き込まれ、思わず笑い声をあげてしまっている。その特異すぎるスタイルは、どうやって生み出されたのか? コンビ名を「少年ジャンプ」の野球漫画『ペナントレース やまだたいちの奇蹟』の選手名からとったという、お笑い芸人トム・ブラウンの現在に至る転機、「CHANGE」に迫った――。【第4回/全4回】

相方に逃げられ続けた

素手で果物を握りつぶす怪力の持ち主でありながら、執筆した小説が受賞してコミック化されるという、振り幅の激しい個性を持つトム・ブラウンのみちおさん。その個性は、布川ひろきさんとコンビを結成する前から発揮されていた。

布川「当時は僕が札幌吉本に所属してピンで活動していまして、オーディションライブにみちおがコンビで出ていたんです。ただ、それから毎月のようにコンビを解散していた。だったら俺とコンビでどう? って誘ったんです」

布川さんとみちおさんは高校時代、柔道部の先輩後輩の関係。布川さんは卒業後にみちおさんをお笑いの道に誘ったが、そのときは断られている。念願かなってのコンビ結成だったが、解散を繰り返していたみちおさんに不安はなかったのだろうか。

布川「やばいやつなんだなとは思いました。みちおとコンビ組んでいたけれど、飛んで(逃げて)しまった人に連絡して、なんで解散したのか聞いたんですよ。そうしたら、“みちおがネタを持ってくるんだけど意味がわからない、それがつらくていやで飛んでしまった”と。

今の僕らのネタもわけがわからないですから、みちおのネタに“よくOK出すね”って言われるんですけど、まぁ、そういうことなんだろうなと思います」

2人がコンビを組むのは、必然だったのかもしれない。

ネタを覚えていなかった単独ライブ

その後、トム・ブラウンは早々に単独ライブを決行。これを上京前の節目としたのだが、かなりのドタバタ劇があったという。

布川「みちおが本番の前日まで、ネタ8本のうち7本を覚えていなかったんですよ」

みちお「単独の夜に泊まり込みで練習して、ギリギリでした」

みちお 撮影/三浦龍司

布川「当時は僕がネタを作っていたんですけど、どうにかしないとって。そのころ、コミュニティFMで番組をやらせてもらっていて、夜中は録音した音楽を流すだけだったから、放送局の空いている部屋を使わせてもらったんです。

ただ、みちおは誰かが見ていないとやろうとしない。なおかつ、男性より女性のほうがいい。しょうがないから知り合いのファニーリボンっていう女性芸人に来てもらって、ちゃんと練習しているかどうか見てもらっていたんですよ」

布川ひろき 撮影/三浦龍司

布川「なんとなくできる感じにはなりましたけど……。本番、みちおが1本目でちょっと間違えて、“まぁ大丈夫”と思って。そしたら、2本目と3本目でも間違えたんですけど、“オーケーオーケー”って言っていて。

7本目ぐらいで、僕が軽く噛んだんです。そうしたらみちおが寄ってきて、“噛んじゃダメでしょ”って。マジ、張り倒そうかと思いましたね」

「お笑いをやるなら東京で勝負するしかない」と、勢い込んで上京。みちおさんも「すぐ売れると思っていた」ようだが、現実は甘くなかった。最初こそオーディションライブに合格していたが、その後は落ち続ける毎日が続いた。

M-1決勝進出でネタがおろそかに

どうすればいいのか模索する日々。やがて、コントから漫才にスタイルを変え、2016年にやり始めた合体漫才に手応えを感じ、内容を徐々にブラッシュアップ。ついに18年の『M-1グランプリ』で決勝に進出し、一気に全国区の存在となったのだが、2人には“売れた”こと以上に得るものがあったようだ。

みちお「テレビ番組に出させてもらえるようになって、気持ち的にネタがおろそかになる瞬間が、1、2年続いたんです。テレビのほうを頑張ろうとしたんですが、そもそも慣れていないのでネタがおろそかになってしまったんです。ただ、ちょっとずつネタをやっているときのほうが楽しく思え始めて、今はネタをやっているときが一番楽しいって感じになりましたね」

布川「僕はネタはちゃんとやっていないとダメだと思っていたので、変化はなかったですね。ほかのMCがうまい方々は、そっちでうまくやっていけますけど、僕はそういうタイプではないので。漫才が僕らのメインの活動ですし、もし漫才が弱くなったら、もう終わりかなと思っています」

ほかでは取り替えのきかない2人が、地道に作りあげてきたからこそ、その漫才は強烈な個性を持つのだろう。

最後に、将来の夢を聞いてみた。

みちお「『探偵ナイトスクープ(朝日放送テレビ)の探偵になりたいです」

布川「ちょくちょく言っているんですけど、シャンプーのCMにどうにかして出たいです」

布川ひろき 撮影/三浦龍司

みちおさん、布川さんが大切にし続ける「漫才」を軸に、トム・ブラウンはこれからも飛躍し続けることだろう。

トム・ブラウン
布川ひろき(ぬのかわひろき)/1984年北海道生まれ
みちお/1984年北海道生まれ
2009年に結成。高校時代に柔道部の先輩だった布川がみちおを誘ってコンビ結成。同年に上京するが、しばらく自分たちの芸を模索する時期が続く。18年に『M-1グランプリ』の決勝に進出すると、そこで披露した合体漫才が話題となり、一躍脚光を浴びた。テレビ番組への出演が増える中、単独ライブツアーをほぼ毎年行っていて24年も北海道、東名阪、福岡でのライブが予定されている。

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