大福の向こうには、アイツがいる【穴澤賢の犬のはなし】

先代犬の「富士丸」と犬との暮らしと別れを経験したライターの穴澤賢が、
数年を経て現在は「大吉」と「福助」(どちらもミックス)との暮らしで
感じた何気ないことを語ります。

大福を見ていると、たまに「実はお前らは恵まれているんだぞ」と思うことがある。これは犬や猫との別れを1度経験して、また新たな家族を迎えた人なら似たように感じたことがあるのではないだろうか。2代目はだいたい恵まれている。それは先代犬の影響が大きい。

いろいろ教わった富士丸との暮らし

私の場合、初めて一緒に暮らした犬が富士丸だった。子どもの頃から常に家には犬がいたが、遊ぶ以外はほとんど親に任せきりで、大人になって散歩からゴハンに至るまで全責任を追う立場になってみて、犬と暮らす大変さや、喜びを知った。

1DKの賃貸マンションで「ひとりと一匹」が暮らす中で、楽しい半面、どうして言うことを聞いてくれないのかと憤ったり、帰宅する度にビリビリに破られたトイレシートを見て落胆したり、悩んだことも多かった。

でもしばらくして、悪いのはすべて私の方だったと気がついた。散歩の時間が短くてストレスが溜まるとか、留守番が長くて寂しいとか、彼にも言い分があり、主張する方法がトイレシートを食いちぎるくらいしかなかったのだ。

それが分かってからはそれまでの行いを深く反省し、心を入れ替えて、何事も富士丸のことを考え、優先するようになった。仕事には行かないといけないが、なるべく留守番が短くなるよう努力して、休日は一緒に遊びに行ったり、たくさん旅行もした。

その関係は「犬と飼い主」というより、「同居人」に近く、お互い目を見ればだいたいのことは意思疎通できるようになっていった。5才くらいになる頃には精神年齢も追い越され、二日酔いで苦しんでると「まったく、何やってんだよ」と呆れた目で見られたりもした。

富士丸がいつかいなくなることは頭では分かっていたが、超暑がりの彼のために、クソ暑い都心を離れ、山へ移住しようと考えるようになった。そして、実行に移そうとしていた。それは3才頃までのお詫びと、私のところへ来てくれた御礼の気持ちだった。

何度も下見してようやく手頃な土地を見つけたが、その契約前夜に富士丸は急死して、すべては白紙になった。しばらく私は廃人のようになり、毎晩毎晩後悔の念に駆られて涙をこぼしていた。もっとこうすればよかった、ああしてあげればよかったと、そんなことばかりが頭をぐるぐる回り、もうこんな辛い思いをするくらいなら2度と犬は飼うまいとさえ考えていた。

大福と出会って思うこと

そこから2年半の空白を経て、ひょんなことから大吉がわが家にやって来た。さらに大吉が2才になった頃には福助が加わった。そのあたりは拙著『また、犬と暮らして。(世界文化社)』に書いたから割愛するが、犬と暮らすのはやっぱりいいと実感した。

そして、大福の向こうにはいつも富士丸の存在がある。富士丸に対して、反省したことや後悔したことは絶対やらない。富士丸にしてやれなかったことを、大福にはしてやりたいと思っている。

だからといって富士丸が特別な存在ではなく、大吉には大吉の、福助には福助の個性があり、みんな私にとってはかけがえのない存在である。

ただ、犬と暮らすうえでの心の持ちようや、尊重するべき点を学ばせてくれたのは富士丸なので、そいう意味では別格なのかもしれない。

その富士丸のおかげで、幼い頃の大福がちょっとやんちゃでも、何かを破壊してもきつくしかることはなく「はいはい、そんな時代もあるよね」と余裕でかまえられたし、彼らの主張もできるだけ認めて受け入れてきた。

仕事が立て込んで出かける頻度が落ちると露骨につまらないオーラを出してくるので、そいうときは早く終わらせて遊びに行く努力をする。

そして2017年には八ケ岳にボロ山小屋を手に入れ、少しずつ修繕して23年11月には山に完全移住した。それは大福のことを1番に考えたからだが、富士丸と果たせなかった夢を実現したい気持ちもあった。

大福は山の暮らしに慣れ始め、最近はいつもの散歩コースだとつまらなそうな顔をすることがあるが、そんなときに「プライベートドッグランまで持って、お前ら恵まれてるんだぞ」と思う。

それもこれも富士丸のおかげでもあるんだぞ、とも思うが、彼らはそんなことしるよしもないし、関係ない。大福にとってはこれが普通なんだろう。

2009年に富士丸が亡くなってから、もう15年も経つけど、今でも思い出さない日はない。なぜなら毎晩、仕事部屋にある写真の前にキャンドルに火を灯すのが日課になっているからだ。そのときに「今日も大吉と福ちゃんが元気でありがとう」と彼に語りかけている。

<お知らせ>

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※売り切れている場合は次回入荷までお待ちください。

プロフィール
穴澤 賢(あなざわ まさる)
1971年大阪生まれ。2005年、愛犬との日常をつづったブログ「富士丸な日々」が話題となり、その後エッセイやコラムを執筆するようになる。著書に『ひとりと一匹』(小学館文庫)、自ら選曲したコンピレーションアルバムとエッセイをまとめたCDブック『Another Side Of Music』(ワーナーミュージック・ジャパン)、愛犬の死から一年後の心境を語った『またね、富士丸。』(世界文化社)、本連載をまとめた『また、犬と暮らして』(世界文化社)などがある。2015年、長年犬と暮らした経験から「DeLoreans」というブランドを立ち上げる。

ブログ「Another Days」
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大吉(2011年8月17日生まれ・オス)
茨城県で放し飼いの白い犬(父)とある家庭の茶色い犬(母)の間に生まれる。飼い主募集サイトを経て穴澤家へ。敬語を話す小学生のように妙に大人びた性格。雷と花火と暴走族が苦手。せっかく海の近くに引っ越したのに、海も砂浜もそんなに好きではないもよう。

福助(2014年1月11日生まれ・オス)
千葉県の施設から保護団体を経て穴澤家へ。捕獲されたときのトラウマから当初は人間を怖がり逃げまどっていたが、約2カ月ほどでただの破壊王へ。ついでにデブになる。運動神経はかなりいいので、家では「動けるデブ」と呼ばれている。

引用元:「犬の笑顔が見たいから」(世界文化社)楽天ブックス

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