相続発生後、親のそばにいる子どもが、親の資産を使い込んでいることが明らかに…。このような事例は枚挙にいとまがないと、司法書士法人永田町事務所の加陽麻里布氏はいいます。具体的な事例をもとに留意すべき点をみていきます。
高齢父、いよいよ老人ホームへ…「このお金を頼む」「わかったわ!」
都内在住の高山和子さん(43歳)。静岡県の実家では、父・幸雄さん(78歳)と妹の優子さん(37歳)が2人暮らしをしていましたが、高齢となった幸雄さんは足腰が弱って、自分で身の回りのことができなくなってしまったため、いよいよ実家近くの老人ホームへ入居することになりました。
和子さんは、日頃から優子さんに幸雄さんの世話をほぼ任せっきりにしていました。そのため、老人ホームの入居日くらいは手伝わなくてはと思い、仕事を休んで実家まで出向きました。
その日の夜は自宅での最後の晩餐です。妹と2人で手の込んだ料理を作り、3人でいろいろと語らいました。
「そうだ。これを渡しておかなきゃならないな」
父の幸雄さんが出してきたのは、幸雄さん名義の貯金通帳と印鑑、キャッシュカードでした。
「この先はいろいろとお金がかかるだろうからと思って、コツコツと貯金しておいたんだ。これを今後の費用に使ってくれ」
和子さんは自分が長女であるということと、また、長年経理部に勤務していることから、綿密なお金の管理には自信があり、ぜひとも自分に任せてほしいと思っていました。
「わかったわ!」
幸雄さんが差し出した貯金通帳類をパッとつかみ取り、目にもとまらぬ速さでバッグにしまったのは、妹の優子さんでした。
幸雄さんと和子さんは、思わず顔を見合わせました。
優子さんは仕事が不安定で、なにかというと幸雄さんの年金を頼りにしています。もっとも、いまとなっては介護が必要な状態ですから、幸雄さんも優子さんがいてくれることはありがたいのですが、正直、お金の管理に関しては、そこまで信用できないというのが本音なのでした。だからこそ、長女の和子さんがいるときに通帳を差し出したのでしょう。
「でも、ここで下手に口を出せば、妹との関係に亀裂が走ってしまう…」
そう思う和子さんは、なにも言い出せません。そのため、父の幸雄さんに必死で目配せをして、幸雄さんから話を切り出すように仕向けます。しかし、幸雄さんも幸雄さんで、
「優子には日頃から世話してもらっているのに、疑うようなことは言えない…」
との思いがあり、言葉を飲み込んでしまいました。
結局、2人とも本音を切り出せず、なし崩し的に優子さんにお金の管理を任せることになってしまいました。
預金残高1,200万円だったはずが…通帳を見た姉「なにこれ!」
幸雄さんの通帳の残高は1,200万円。老人ホームの入居費用100万円はすでに支払いずみで、月々の入居費用の18万円も幸雄さんの年金で十分賄える金額です。つまり、お葬式代を支払っても、十分すぎるゆとりがあったのです。
とはいえ、この先なにがあるかわかりません。もし大きな病気をすれば、手術や入院で費用がかかるでしょう。
「きっと優子だって、そのくらいのことはわかっているはず…」
和子さんは自分自身へそう言い聞かせつつ、後ろ髪をひかれる思いで東京へと戻りました。
* * * *
それから2年。幸雄さんは80歳の誕生日を迎えて間もなく、風邪をこじらせて亡くなってしまいました。
幸雄さんの訃報を聞きつけた和子さんは、老人ホームに隣接する病院へ直行しました。
そこには、病院と提携している葬儀会社の担当者もやってきて、和子さんと優子さんは2人、葬儀のプランの説明を受けました。和子さんは、葬儀にだいたいの予算の目安をつけており、その範囲内でできる限りよいお葬式にしてあげたいと思っていました。ところが優子さんは、お花から棺まで、すべて最安値のものを選ぼうとするのです。
和子さんは、優子さんの態度に不信感を抱き始め、幸雄さんが預けてある通帳が心配になってきました。葬儀のプランが決まったあと、和子さんは、優子さんに尋ねました。
「お葬式代は〈あの通帳のお金〉から出すよね? 一度、金額を確認させてもらえないかな」
和子さんがそう頼んでも、優子さんはなかなか見せようとしません。和子さんは「お金をおろしておかないと、銀行に口座が凍結されてしまう」と言って急かすと、優子さんは渋々通帳を差し出しました。
「何これ? どういうこと?」
通帳を見た和子さんは、思わず絶叫してしまいます。
「200万円しか残ってないじゃない!」
お金の使い込み、親族の場合は刑法では裁けない
このように、親と同居しているきょうだいが親のお金を使い込み、遺産相続時に発覚するという事件は少なくありません。ほとんどの場合、使い込みを認めない、証拠がないなどの理由から、なかなか解決の緒が見つからず、泥沼論争となってしまう場合が多いのです。
親が亡くなる前に資産の状況を確認しておけば、このようなトラブルは避けられますが、まさかの事態を予測するのは難しく、しばしば「あとの祭り」となってしまいます。
使い込みは、お金を勝手に引き出し、自分のために使ったという流れが認められる場合、窃盗罪・横領罪が成立します。
しかし、親子間の場合は、刑法244条1項によって配偶者、直系血族又は同居の親族との間で窃盗などの罪又はその未遂罪を犯した者については、刑を免除し、または親告罪として取り扱うとすると規定されています。したがって、原則は刑法で裁かれないため、和子さんは、優子さんの使い込みを自分で証明し、民法によって争わなければなりません。民法上の責任追及には、以下の2つが挙げられます。
①損害賠償請求
②不当利得返還請求権
これらの民法上の根拠条文は以下のとおりです。
民法第703条(不当利得の返還義務)
法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者(以下この章において「受益者」という。)は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。
民法第709条(不法行為による損害賠償)
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
しかし、本当に使い込まれたのかを証明するのは非常に困難だと言えます。金融機関に照会をかけたとしても、引き出して親に渡した、親の物を買ってあまりは手間賃としてもらったなど、いくらでも言い逃れはできてしまいます。では、どのような点を立証できれば使い込みが認められるのでしょうか?
それには、以下の点が挙げられます。
①預金を引き出した事実
②親の承諾がないこと
③引き出したお金を使い込んだ事実
しかし実際問題として、上記を立証するのは非常に困難です。
では、このような事態を防ぐには、どうしたらいいのでしょうか?
それは「親が亡くなる前に通帳の残高を確認しておく」ことです。和子さんの場合なら、優子さんが預かっているとしても、定期的に、通帳の残高と出費の目的を書いたものや領収書を確認するなど、きょうだいであっても、お金に関する管理は、証拠が残るように確実にしておくことが重要です。
親が生きているうちに使い込みが発覚した場合は、親が当事者となるので、問題を解決するのは、相続人が立証するよりも簡単になります。
また、すでに亡くなってしまったあとであれば、遺産相続分割前に解決するべきです。遺産分割調停であれば、裁判よりも簡易に争いを解決できるので、調停委員の第三者的立場から争いを解決するサポートをしてもらいましょう。
加陽 麻里布
司法書士法人永田町事務所
代表司法書士