映画『コール・ジェーン』監督インタビュー。「人間はお互いに衝突を繰り返す中で成長していく」

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エリザベス・バンクスが主演を務める映画『コール・ジェーン -女性たちの秘密の電話-』が公開されている。本作は、1960年代のアメリカを舞台に、人工中絶を希望する女性たちを救う団体“ジェーン”に集った女性たちの物語を描いているが、監督を務めたフィリス・ナジーは単なるサクセスストーリーや、特定の主張のための映画にならないよう時間をかけて制作にあたったようだ。監督に話を聞いた。

先ほど本作の概要を紹介したが、映画は意表を突く幕開けだ。カメラが映し出すのは豪華なホテルの廊下を歩く女性の姿。とても静かで穏やかな空間だ。しかし、エリザベス・バンクス演じるこの女性=主人公のジョイが、建物の外で鳴っている音が気になり屋外を覗き込むと、ストリートではデモ隊と警察が一触即発状態! 物語の舞台は1968年だ。

「まだ小さかったのですが、1960年代に私はニューヨークのセント・マークス・プレイスというヒッピー運動が盛んな地域に住んでいたのです」とナジー監督は語る。

「ですから、幼いながらに政治の力を肌で感じていましたし、この映画ではそれを注入したいと思ったのです。伝統と格式のあるホテルの廊下をヒッチコックの映画に出てきそうな金髪の美女が歩いていると、屋外からノイズが襲いかかってくるイメージです。あの当時はすぐそこに危険があり、緊張感のある時代でした」

当時のアメリカはベトナム戦争に対する反戦運動が激化し、若者も女性も自ら声をあげて社会を変えようとしていた。そんな団体のひとつが本作が描く“ジェーン”だ。主人公のジョイはふたり目の子どもを妊娠するが、心臓の病が判明し、自分の命をとるか出産をとるかの選択を迫られる。しかし、中絶は違法のため医師には断られ、彼女は途方に暮れる。そんなある日、ジョイは秘密裏に中絶を手助けする組織”ジェーン”の存在を知る。

映画はジョイが“ジェーン”に接触するだけでなく、そこに集う女性たちと共に行動する様が描かれるが、中絶反対論者や男性を敵として描くようなことをしていない。ナジー監督は「描きたかったのは、ジョイの内なる戦いです」と宣言する。

「私はハリウッド映画のような展開を信じてないのです。どんな物語であれ、真の戦いがあるとすれば、それは自分の精神との戦い、葛藤だと思います。

この映画でジョイは“家庭内で何かしらの役に立っている自分”から“世の中に何かを還元する自分”へと変身しようとしています。そこでは怠惰な自分に打ち勝つ必要があるでしょう。さらに彼女はリアルに自分の命を守るための戦いをしています。中絶をしなければ自分の命に危険がおよぶわけですから。

警察が絡む捜査ドラマやマーベル映画にはわかりやすい悪役がいた方が良いと思いますが、この映画ではそういう存在は避けました」

監督の“わかりやすい図式を避けたい”という意図は、女性団体“ジェーン”に集うメンバーの表現にも貫かれている。彼女たちは人工中絶を手助けし、地下組織的に活動している集団だが、決して一枚岩ではない。そこに集う人々の境遇や環境、人種はさまざま。ある問題では団結するが、別の問題ではジェーン内部でも激しい論争が巻き起こる。

「通常の映画ですと、何かに対して怒りを抱えている人たちが、情熱を注ぎ込むものを見つけて連帯しますよね。でも私はそれは違うと思うんです。私は人間はお互いに衝突を繰り返す中で成長していくものだと思っているので、この映画でもその点は意図して描きました。

キャスティングする上では、エキストラも撮影したコネチカット州で実際に活躍している女性たちを起用しました。弁護士だったり、医師だったり、実際に中絶手術を手配している女性たちを起用したのです。彼女たちはそれぞれに意見も違えば、立場も違う。ですから、撮影中はカメラがまわっていない時でも常にいろんな議論が巻き起こっていました。もちろん、そこで衝突が起こるわけですけど、私はそれをあえて抑えることはしないで、映画づくりにいかしたのです」

本作は人工中絶についての物語を、事実に基づいて描いた作品だが、その根本には監督の“さまざまな意見を衝突させながら、前進していこう”とする強い意志がある。中絶が賛成か? 反対か? どちらかに加担する人間が理解があって、そうでない人間は許せない、そんな単純な話ではない。

映画が終わる瞬間まで、ここにいる女性たちは時に衝突し、時に助け合い、時に同じ時間と場所を共有する。その緊張感と、言葉にならない優しさが作品全体にみなぎっている。

『コール・ジェーン -女性たちの秘密の電話-』
公開中
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