『ブギウギ』趣里と草彅剛の魂がぶつかり合う “絶縁”の言葉に垣間見える羽鳥の業

「もしも君が本当に歌手を辞めるというなら、僕は君と絶縁します」

ついに最終週を迎えたNHK連続テレビ小説『ブギウギ』。初日の放送となる第122話では、歌手引退を決意したスズ子(趣里)に羽鳥善一(草彅剛)が絶縁を言い渡す。魂と魂がぶつかり合うかのような2人の演技に、思わず息をするのも忘れてしまった。

オールスター男女歌合戦での福来スズ子と水城アユミ(吉柳咲良)による新旧対決は、スズ子が圧勝したように見えた。公演後、タケシ(三浦獠太)は「福来スズ子第2章の始まり!」とはしゃぎ、股野(森永悠希)と共に楽屋を訪れたアユミはスズ子の曲を歌いたいと言った自分の非礼を詫びる。圧巻のステージを見せつけられ、スズ子には到底力が及ばぬことを実感したのだろう。アユミの瞳には、スズ子への尊敬の念と悔しさが滲んでいた。

スズ子の勇姿を新聞社も大々的に報じた。そこには「福来スズ子 完全復活」の文字が。けれど、スズ子の肉体は確実に衰えている。久しぶりに全身全霊をかけたパフォーマンスだったとはいえ、たった1曲でしばらく楽屋で動けなくなるなんて以前のスズ子だったら考えられないことだっただろう。

その1曲だって、アユミの若いエネルギーと彼女の歌が持つ力に当てられ、アドレナリンが出ていたからこそ、最後まで全盛期のように歌い切ることができた。アユミの存在がなかったら、そうはいかない。それは、世間的に見たらスズ子の勝ちでも、スズ子にとっては負けを意味するのではないか。何よりスズ子自身が、あの日の自分をもう超えられる自信がなかった。

スズ子は神妙な面持ちで、愛する人たちの遺影の前に立つ。歌手になりたいという夢を応援してくれた梅吉(柳葉敏郎)やツヤ(水川あさみ)、思うように歌えなくなった自分の背中押すように亡霊となって現れてくれた六郎(黒崎煌代)、そしてどんな時も歌い続ける理由をくれた愛助(水上恒司)。彼らに支えられてきた歌手人生にスズ子は思いを馳せると、もう十分やりきった、という清々しさがスズ子を包み込んだ。

スズ子は善一の家を訪ね、歌手を引退しようと思っていることを伝える。善一は歌合戦のステージに立ったスズ子から何らかの強い決意を感じ取っていた。けれど、まさかそれが引退とは思わなかったのだろう。善一は普段通りの冷静さを装うが、明らかに動揺の色が見て取れる。それは、長年彼に寄り添ってきた麻里(市川実和子)が固唾を呑むくらいに。どんな状況であってもひょうひょうとしていた善一のスタンスが崩れるのは初めてのこと。

いや、でも思えば、ここのところずっと様子がおかしかった。今も音楽業界の第一線で活躍し、スズ子の曲以外にも多くの楽曲を手がけてきた善一。けれど、彼にはスズ子と世に送り出してきたブギに並々ならぬ思い入れがある。そのブギがもう終わりと世間で囁かれ始め、どこか焦る気持ちがあったのだろう。だからこそ、歌合戦でのスズ子のパフォーマンスに背中を押されたところもあったのかもしれない。それなのにスズ子が自分の歌手人生に見切りをつけたことで、善一まで引導を渡された気になったのではないか。

「君が引退するということは今まで作った歌をすべて葬り去ることになる。歌を殺すことになる。そんなことは絶対に僕は許さないよ(中略)君は死ぬまで歌手なんだ」

そんな強い言葉とは裏腹に、怒ってるようにも笑っているようにも見える善一の表情に全身が粟立つ。福来スズ子という歌手の魅力に取り憑かれた彼の業のようなものが見えた気がした。反対されるだろうと思いつつも絶縁とまで言われて驚いたのか、そこまで歌手である自分に思い入れを持ってくれていることが嬉しかったのか、それともある種の恐ろしさを感じたのか。わからないけれど、善一の言葉を受けて呆然とするスズ子の涙にも心を打たれた。

それでもなお、揺らがないほどに彼女の決意は固い。スズ子は自宅に戻り、家族にも引退の意向を伝える。タケシは大きなショックを受け、「僕は認めない」と家を飛び出していった。本人が辞めると言ったって、周りがそれを認めてくれないほどに歌手・福来スズ子の存在は大きなものになっている。そんな彼女の意志を唯一尊重する姿勢を見せるのが、愛子(このか)だ。足の早い転校生とかけっこで競争をすることになった時、スズ子は愛子に逃げる選択肢も与えてくれた。義理と人情の精神は確実に愛子にも受け継がれている。今度は自分の番と言わんばかりに、自分の味方でいてくれようとする愛子をスズ子は抱きしめた。

これまでの人生になくてはならなかった歌との別れ。最終週にして、スズ子にとっては苦しい展開だ。
(文=苫とり子)

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