どの程度親しければオッパ/ヌナ呼びOK? 『Eye Love You』でも話題の韓国の年齢観

サブスクの台頭により、すっかり身近な存在になった韓国ドラマ。その魅力の一つに、日本とは異なる文化様式を知る楽しみがある。

ライターの荒井南が、韓国ドラマに頻出するワードから韓国独自のカルチャーを分析・解説する連載「韓ドラ広辞苑を作ろう!」。第1回は、韓ドラ好きにはおなじみの「オッパ/ヌナ」について。

■「オッパ/ヌナ」

いつもは配信で韓国ドラマ専門という方々も、今冬の火曜22時はTBSに夢中なのではないだろうか。かくゆう筆者も、久々に日本の地上波のテレビ番組をウォッチしている。恋愛ドラマ『Eye Love You』(TBS系)のことだ。

主人公は、相手の隠れた心の声が聞こえてしまう特殊能力を持つがゆえ、誰にも心を開けず生きてきたキャリア女子の侑里(二階堂ふみ)。ある日、ひょんなことから韓国人留学生テオ(チョ・ジョンヒョプ)と知り合う。裏表のない年下のテオから真っ直ぐな愛を向けられ、戸惑いながらも徐々に愛を育んでいくストーリーは、大人だからこそ恋愛に踏み出すことにためらいがちな現代女性の共感を呼んだ。

見どころなのは、どんなに相手の心が読める侑里でも、話す言葉も文化も異なるテオと気持ちを分かち合う難しさだ。特に第5話は、韓国ドラマファンも大いにうなずけるものがあったのではないだろうか。バレンタインのチョコレートを受け取ってくれたテオから「ヌナ」と呼ばれた侑里が、“ヌナ”は「お姉さん」という意味であると知り、「テオ君は率直にアプローチしてくるけど、私はただの“お姉さん”なの?」と、モヤモヤした気持ちを抱えることになるエピソードだ。

言語について韓国で最も権威と信頼のある国立国語院(※)で、“ヌナ”を検索してみた。

1. あね【姉】 男の人がきょうだいや親戚のきょうだいのうち、自分より年上の女の人を指したり呼ぶ語。
2. 男の人が自分より年上の女の人を親しみをこめて指したり呼ぶ語。

そして“ヌナ”と対になる言葉である“オッパ”というのは、

1. おにいさん【お兄さん】。あに【兄】女の人がきょうだいや親戚のきょうだいのうち、自分より年上の男の人を指したり呼ぶ語。
2. 女の人が自分より年上の男の人を親しみをこめて指したり呼ぶ語。

と説明されている。

このように、どちらの言葉も家族関係において使うこともあれば、精神的に近しい相手に対しても使う。年齢を基準に人間関係を作り上げ、年上は年上らしく、年下も年下らしく役割を果たすことこそ円滑なコミュニケーションができるという認識が浸透している韓国社会。

一方、ひとたび仲良くなると、年上や年下であってもグンと心の距離が近くなるのも事実だ。筆者の知る例だと、語学スクールの先生と生徒という関係から友人になり、今では先生ではなく「○○(先生の名前)ヌナ!」と呼んでいる間柄だ。ある程度打ち解けたなら、年上/年下であることを明確にした上で晴れて“ヌナ”あるいは“オッパ”と呼べるわけだ。

問題は、その“親しみ”の程度だ。血の繋がった家族関係でも使用するという点が、“ヌナ”もしくは“オッパ”の意味合いをやや難しくしている。ドラマ『よくおごってくれる綺麗なお姉さん』で、キャリアウーマンのジナ(ソン・イェジン)が恋に落ちるのは、幼い頃からの大親友ギョンソン(チャン・ソヨン)の弟ジュニ(チョン・ヘイン)。「ヌナ、ご飯おごって」とねだるチョン・ヘインのような年下男子に憧れ、「私も“ヌナ”と呼ばれたい!」と夢想する女子が急増した本作だが、注意深く見てみると、ジュニは付き合い始めるとすぐ「ジナ」と本名で呼んでいる。実の姉であるギョンソンも“ヌナ”と呼ぶから……ということだろうが、ある会話の最中で「ヌナに向かって生意気ね」とたしなめるジナに、ジュニが「もう恋人だろ?」と得意そうな顔をするシーンから推察すると、彼の「年下男子だけど、恋人からは弟みたいに見られたくない」というちょっとしたプライドも表現されているのではないだろうか。

そもそも、日本と韓国では年齢の数え方が異なる。現在、日本で使われている年齢の計算方法は「満年齢」だ。自分の誕生日から数えてどのくらい経過したかで年齢を決める考え方で、私たちが日常的に年齢を聞かれて答えているものを言う。また、一般的に、日本では年齢と学年の区切りが同じではない。たとえば小学校の新1年生は、「4月2日~翌年の4月1日生まれの子」と決まっている。同じ年に生まれても、誕生日が4月1日より早い子どもは、1つ上の学年となる。

他方、韓国では長らく「数え年」で年齢を表してきた。誕生日がいつであろうと関係なく、1月1日の元日を迎えると一斉に歳を重ねる。ちなみに2022年12月、ユン・ソンニョル政権で法案が通過し、2023年6月28日から”満年齢”の表記に統一されたため、日本と同じ数え方となった。

また早生まれの概念も、韓国は少し違う。新学期が3月から始まる韓国では、1月、2月生まれはその前年生まれの子と同じ学年で入学できるのだ。それゆえ、同じ学年の中でも3月~12月生まれの子は、1月~2月生まれの子より常に1歳年上という状態になる。しかし、日本よりも年齢の上下関係が厳しいため、同い年と人間関係が構築しづらい早生まれの学生は苦労するという。それほどまでに、韓国では年齢による区分けがシビアで、それを明確にするために特有の呼称があるのだ。

侑里が“ヌナ”という呼び名に惑わされてしまうように、男性もまた“オッパ”と呼ばれると有頂天になるという。『キム秘書はいったい、なぜ?』では、秘書であるミソ(パク・ミニョン)がペットボトルを開けて欲しいと頼むシーンで「オッパ、これ開けてください」と言ったため、ヨンジュン(パク・ソジュン)はあふれ出る喜びを抑えきれない。財閥の御曹司で会社の副会長、おまけに超ナルシストな割に恋愛経験の浅いヨンジュンが、恋するミソからの“オッパ”の一言に喜んでしまう姿が滑稽かつキュートだ。

『トッケビ~君がくれた愛しい日々~』にも、“オッパ”にまつわる面白いシーンがある。トッケビ(コン・ユ)が罰として与えられた永遠に死ぬことができない命を終わらせられる出来る唯一の存在、“トッケビの花嫁”であるウンタク(キム・ゴウン)だが、トッケビのことをずっと“アジョシ”(中高年のおじさん)と呼んでいる。だからこそ、ウンタクが初恋の男性テヒ(チョン・ヘイン)に「オッパ!」と目を輝かせた瞬間、「俺はおじさんで、あいつはオッパ!?」と、トッケビは嫉妬心をメラメラと燃やす。どんなに親しくても、900歳以上も年齢差のあるトッケビアジョシに対し、ウンタクが“オッパ”と呼ばないのは至極当然なのだ。それでもジェラシーをむき出しにするトッケビが何だか可愛らしく、二人の恋愛感情の温度差もまたラブストーリーを盛り上げている。だからこそ、トッケビが目の前から消えてしまう瞬間、自分の本心に気づいたウンタクの「愛してる」という号泣が一層切ない。

ちなみにその後、現世でトッケビと再会したウンタクの「呼び名だけど、おじさんはやめない? オッパはちょっとアレだし……10年後には同い年だから“ノ”(あんた)はどう?」という提案が興味深い。「オッパ」を通り越して年季の入った夫婦のような「あんた」と選ぶあたりに、恋愛とはまた違う深い絆で結ばれているのを感じる。

絶妙なニュアンスを持つ“ヌナ”も“オッパ”も、恋の駆け引きに効果的に使われたりもするのだろう。『Eye Love You』では、異なる文化と恋愛の始まり特有の不安定さ、さらに持ち前の不器用さで侑里がモヤモヤする姿は、何だか身につまされてしまう。韓国ドラマのような恋愛に憧れる私たちにとって、好きな人を感情を込めて“オッパ”と呼びたくもなり、またもし彼が年下なら“ヌナ”と甘えて呼ばれることを夢想するのだ。何事もファジーな日本文化に比べてはっきりさせたがるとされている韓国文化だが、一方で感情さえも透かしてしまうこの言葉に至っては、微笑んでしまうような奥ゆかしさがある。

参照
※ https://krdict.korean.go.kr/jpn/mainAction

(文=荒井南)

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