料理研究家・枝元なほみさん「子どもたちに安心してご飯を食べられる未来を渡したい」【後編】

50代でホームレス支援、60代でフードロス削減に取り組み始めた料理研究家の枝元なほみさん。「世間的なことを気にしたら、やってこられなかったかもしれない。人と比べないと心に決め行動するうちに、いつしか人にどう言われるかなんて一切考えなくなって。これからはもっと好き勝手にやっていきます」と枝元さんは笑顔で言い切ります。

前編はこちら。

お話を伺ったのは
料理研究家 枝元なほみさん

えだもと・なほみ●1955年神奈川県生まれ。
明治大学卒業後、「転形劇場」劇団員、無国籍レストランのシェフを経て87年に料理研究家として活動開始。自由な発想で次々にオリジナルレシピを生み出すと同時に、気さくで芯の通った人柄で人気を博す。
ビッグイシュー基金共同代表。農業支援団体チームむかご代表理事。

「社会的弱者を飢えさせない」を目指して

「誰も飢えさせないということが私のテーマになってきました。日本の食糧自給率が38%にすぎないって知っていますか」

食糧自給率(カロリーベース)に関しては、カナダとオーストラリアは200%以上、アメリカ、フランスは120%以上、ドイツ80%以上と、先進国の多くは農業を大事にしている。自国で自国民の食料を賄うことを考えている。だが日本の自給率は先進国の中で最低水準だ。

「日本では、高度成長期の頃からずっと飢えることを考えずにすんできたので、食べ物がない状況は想像しにくいけれど、遠い世界の話ではないんです。最近では、コロナの影響もあって日本に向けた一部の食料の輸出がストップしたりもしましたよね」

ファストフード店から一時期、フライドポテトが消えたのはその一例だ。作業員の新型コロナウイルス感染などによって輸送する船に遅れが生じ、世界的な品薄になったといわれる。

「もしかしたら、経済や外交政策の失敗で、食べ物の値段がものすごく高くなるかもしれないし、農薬や遺伝子組み換えが心配で食べたくないけど、買えるのはそれだけで選びようがないとか、他国に買い負けて食料が入ってこないとか、どれもありうる未来なんです。人が生きるうえで一番大切な食を、お金に換算し、車や機械と同じように経済の論理だけ考えて儲かるかどうかで動いていては、食は支えられない。人に食べてって言うのは、その人に生きてって言うことですよね」

農業を一般の消費者の立場から応援できないかと思い、「チームむかご」の活動も続けている。

むかごは、山いもの球芽。収穫する手間が面倒なため、これまでほとんど捨てられていた。でも食べればおいしく、食物繊維もたっぷり。これはもったいないと、収穫と販売を始めたのだ。

「規格外でも、よいものをきちんと食べつなぎたい。畑には規格品だけでなく、大きいものも小さいものも実っているでしょ。それを当たり前に買えるようでありたいですよね」

若い人によい土や食物を残したい

フードロスにも強い危機感をもっている。

「世界には全人口を賄うだけの食料があるのに、食料生産量の三分の一は捨てられて、9人に1人は飢えに苦しんでいるなんて変ですよね」

まだ食べられるものを廃棄したくないという思いから始めたのが、「夜のパン屋さん」だ。

「夜のパン屋さんをやっている母体は、『ビッグイシュー』なんです」

ビッグイシューは、ホームレス状態にある人や、生活困窮者に路上で「雑誌販売」という仕事をしてもらい、売り上げの半分以上を収入としてもらうことで自立を援助する、という活動を行っている組織だ。

「このシステムはいいなぁと、ずっと魅力を感じていたので、ビッグイシューのインタビューを受けたときに『私にも何かやらせてください』と言ったんです。それで『ホームレス人生相談』のページに『悩みに効く料理』を連載することになって……これ、ホームレスの人が読者の悩みに、限りなく下から目線で答える人気企画なんですよ」

枝元さんはビッグイシューの活動を続ける中で、ある篤志家のビッグイシューへの寄付をもとに「夜のパン屋さん」という活動を仲間とともに実現させた。パン屋さんで余ってしまいそうなパンを預かって販売するという、仕事づくりを考えたもの。

「販売する人の自立支援とフードロスの削減にもつながっています」

現在は、東京・神楽坂のかもめブックス軒下で毎週3回、その他、大手町や田町などで移動販売車で販売している。

「私がやっているのは、雨に濡れた布の洗濯など、もっぱら見えないところのフォローかな。ときどき、女将な感じで、どうしているかなと顔を出したり」

コロナ禍でアルバイトがなくなり、収入源を失った若者たちも、夜のパン屋さんに参加している。

「ひとつひとつは小さなことかもしれないけれど、子どもたちに安心してご飯を食べられる未来を渡せるように、キッチンの窓を開けて社会とつながりたい。人を大事にする世の中に変えていきたいです。だからといって、それを押しつける気はなくて。こっちのほうがいいと思うよって、おすすめするスタンス」

枝元さんの社会的活動「ビッグイシュー」と「夜のパン屋さん」

イギリス発祥の『ビッグイシュー』の日本版は2003年創刊。顔写真とナンバー入りのIDカードを交付されたホームレスの販売者が通行人などに販売する。社会的に弱い立場にある人々の社会問題や地域づくり、国内外のアーティストのインタビューの記事も。フードロスを減らし、販売者の自立を助ける夜のパン屋さんもビッグイシューの寄付から生まれた。いずれも詳細はビッグイシューホームページで。https://www.bigissue.jp/

『クッキングと人生相談 悩みこそ究極のスパイス』(ビッグイシュー日本)。
月に2回発行される『ビッグイシュー』。

大学在学中に劇団の手伝いをしたのがきっかけで、卒業後は別の劇団に入った。同時に無国籍レストランでも働き始めたが、後に雑誌編集者となったバイト仲間から、レシピを作る仕事を頼まれ、いつしか料理研究家と呼ばれるようになっていた。

「芝居も、アルバイトも、料理の仕事も、全部、偶然、誘われて始めたことなんです。だからいつも、できないことやわからないことだらけで、どうすればできるんだろうと試行錯誤してばかり。正解を習っていないから、無駄なことも遠回りもいっぱいしたし、失敗も数え切れません。でもその時々に楽しさを見いだして面白がって、それで今につながったのかなと思うと……結構、しぶといかも、私」

※この記事は「ゆうゆう」2022年1月号(主婦の友社)の内容をWEB掲載のために再編集しています。


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