露のイスラム国テロ 震撼する中国  

宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2024#13

2024年3月25-31日

【まとめ】

・ロシアのイスラム国テロ。プーチン以上に驚愕しているのは中国の指導者たちだ。

・イスラム国は、ウイグルに対する中国の弾圧を厳しく批判している

・中国国内でテロを起こすのは容易ではないだろうが、油断は禁物だ。

先週は嫌な事件が続いた。まずは現地時間22日夜に起きたモスクワ郊外コンサート会場での「イスラム国」系と思われる武装グループによる銃乱射事件だ。ロシア当局によれば150人以上が死亡、FSB(連邦保安局)はタジキスタン人の実行犯4人を含む容疑者11人を拘束した。この非道な攻撃による犠牲者に対し心から哀悼の意を表したい。

プーチン大統領は23日、襲撃を「血塗られた野蛮なテロ行為」と批判しつつ、事件とウクライナとの関係をも示唆したが、当然、ゼレンスキー大統領は全面的に否定している。もしISISの犯行声明が正しければ、ウクライナの関与はまずあり得ないだろう。これまた、当然ながら、プーチンの対応を批判する声も出始めているそうだ。

プーチンは事件発生から19時間も公に姿を見せなかった。BBCは同大統領の「対応の遅れ」を批判する声が一部にあると報じている。恐らく情報収集が必要だったのだろう。3日昼までベラルーシなどの首脳と電話会談していたというが、驚くには当たらない。さすがのプーチンもこの事件の大きさには驚愕したのではなかろうか。

このように内外の報道はロシアの対応を批判するものが多いのだが、筆者の見立ては違う。恐らくこの事件を見てプーチン以上に驚愕しているのは中国の指導者たちだと思うからだ。イスラム教徒に対する弾圧では中国もロシア以上に悪名高い。ISISはウイグルに対する中国の弾圧を厳しく批判しているのだ。

日本ではあまり大きく報じられていないが、2022年12月にアフガニスタンでISIS-K(イスラム国ホラサン)によるホテル襲撃事件が起きた。宿泊者の多くは中国人であり、当時中国政府は中国人に対しアフガニスタンからの出国を呼び掛けていた。中国はとうの昔からISISの敵になっているのだ。

モスクワでの事件の詳細は不明だが、一般論としては、タジク人は中国よりもロシアの方が入国し易いだろう。しかも、中国には強力な顔認証システムがあり、いくらISIS-Kでも中国国内でこうした事件を起こすのは容易ではなかろう。しかし、今のISISの最大の目的は「大きな事件」を起こすことだから、油断は禁物だ。

中国といえば、先週二つ目の嫌な事件が香港で起きた。19日夜、香港立法会は、香港での破壊行為や外国勢力による干渉などを取り締まる「国家安全条例案」を極短期間で可決した。これが施行されれば香港市民の自由が一層侵害される、と恐れる声は少なくない。

これまたBBCによれば、この条例は「香港での反政府的な動きを取り締まる中国の「香港国家安全維持法」(国安法、2020年6月施行)を補完するもの」で、「国安法ではすでに、香港の分離独立や破壊活動、テロ行為、外国勢力との共謀など」が犯罪とされている。

特に、筆者が気になるのは外国政府や政治組織、個人などの外国勢力から財政支援あるいは支持を受ける「外国勢力による干渉」「国家機密の漏洩」といった新たな犯罪類型だ。この規定を厳格に適用すれば、多くの外国の投資銀行・企業やその関係者も刑罰の対象となりかねない。これでは誰も香港で商売したくないだろう。

これに対し、香港当局はBBCに対し「法を順守する市民が不用意に法に引っかかることはない。・・・一般市民に国家安全保障を脅かそうという意図がなければ、法に触れることはない」と説明したそうだが、その「意図」を判断するのはあくまで中国側だ。これで筆者が香港を訪れることは当分、というか永久にないだろう。

本日は海外出張中につき、今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真:テロが起きたモスクワ郊外のコンサート会場の外で犠牲者を悼む市民。2024年3月23日。出典:Photo by Contributor/Getty Images

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