もうすぐ満開…「桜」の柄の着物は、春先しか着れないの?【呉服店経営者が正式回答】

(※写真はイメージです/PIXTA)

毎年この時期に美しい花をつける「桜」。日本の国花であり、日本を象徴するシンボルとして多くの人から愛されていますが、なぜ日本人は桜に心惹かれるのでしょうか? 山陰地方で呉服店を経営する、日本文化にも詳しい池田訓之氏が、桜の豆知識を紹介します。

儚いものほど惹かれる日本の心

花見はもともとは桜ではなく、梅見をしていたといわれています。平安時代以降、花見の対象はそれまでの梅から桜へと変わり、その後1,000年以上にわたり桜を愛で続けています。今回は、なぜ日本人はこれほど桜に惹かれるのかを、考えてみましょう。

日本人は儚いものを好む傾向にあります。日本は四季の変化に富んでおり、さらに台風や地震が重なり、我々の目に映る風景は、どんどん変化していきます。そこから日本人は、刹那に輝き、次の瞬間には消えていく、束の間の美しさを儚く美しいものとして崇めるようになりました。

この美的感覚に、桜は見事に一致するため、桜が大好きなのでしょう。長い冬を耐え、桜の芽が出て、花が咲く、それが春の到来ですね。ただ、春の到来を告げた桜の花は、どれだけ美しく咲き誇っていようと、風が強く吹き付けると、翌日には、その美しい花を地面に落とし輝きを失う。

古くは、平安時代に書かれた古今和歌集のなかで在原業平(ありわらのなりひら)が、

世の中にたえて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし

という歌を詠んでいます。これは「本来春はのどかな季節であるはずなのに、人は桜の花が咲くのを心待ちにし、咲いたと思えば、花が散るのが気になり落ち着きません」と、まさに桜は儚いゆえに魅力的である旨をつづっています。

日本人の命「お米」と桜の深い関係

また、日本人の桜好きは、生きていくうえで最も大切なものである命綱を連想させるからでもあります。

日本人の命綱といえば米です。さ神さまの「さ」とは「神霊」を現すと前回述べましたが、農家の人々のなかでは、「さ」は神霊のなかでも特に「早苗」つまり「稲の苗の神様」を現すといわれているのです。 農家では、稲の苗の神様である「さ神様」が宿るから、「さ座(くら)」と呼んできたのです。

そして、稲作の始まった弥生時代から、桜が花をつけると、農家の人は、桜に日ごろの感謝と豊作への願いを込めて、酒とお供えを捧げてきました、と同時に田植えを始めました。桜の花がやがて散ると、「さ神様」は、苗に憑依し、秋の豊作をもたらしてくださると信じて、田植えを始めるのでした。

たとえば、奈良県の吉野山、この山には古来からやまざくらが日本一数多く茂り、また最も人気のある桜の種であるソメイヨシノも吉野山にちなんで「ヨシノ」と名付けられているように、最も有名な桜の名所のひとつです。

この吉野山には古来よりたくさんの桜が咲き誇ってきましたが、同時に稲の苗の神である「さ神様」が宿る霊山として山岳信仰の拠点にもなってきたのです。七世紀には金峯山寺が建立されますが、ご本尊である金剛蔵王権現も桜の木に彫られています。

桜は日本人の生きざまそのもの

このように、桜はたんに儚いだけではなく、実は我々の命を支える命綱として強さの象徴でもあるのです。

最近の例だと、アカデミー賞などに複数ノミネートされた、トム・クルーズ主演の映画「ラストサムライ」(2003年)のなかで桜の美しさと日本人の人生感が見事に重ねて表現されていました。元米国軍人オルグレーン(トム・クルーズ)の武士道の師匠であった、武将勝元(渡辺謙)が切腹するシーンで、満開の桜が散っていく絵が同時に映し出されます。それにより、勝元の力強く、しかし時代の波に飲み込まれていく儚い人生が、スクリーン上に凝縮されていました。

桜柄の着物と季節

強く儚い桜は、筆者が日々扱っている着物の柄としても、もちろん大人気です。そしてお客様からよく「桜の柄の着物は、春先しか、着れないのですか?」と、着る季節についての質問を頂きます。

着物や帯に描かれている桜に、葉に枝や幹があり写実的なものであれば、そこに桜が存在しているようなものですから、桜が散り始めたら着ることを控えましょう、儚さが魅力の桜には似合いません。

具体的にはいつごろ着てもよいのでしょうか。着る季節は先取りで構いません。人は後ろ向きじゃなくて、前向きに生きたいもの、だから着る着物の柄も、季節先取りで着るのが、着る人も周りの人の気分も高揚させてくれるからです。地域によって差はあると思いますが、ざっくりといえば、1月から満開時の4月ごろまででしょうね、散り始めたら控えたほうがよいかと思います。

しかし、桜の花びらだけが描かれているものなら、ロゴマークなどと同じで草木を離れたひとつのデザインなので季節は選びません。また写実的な柄であっても、ほかの季節を感じさせる草花が描かれていれば、季節の幅は広がります。実際、桜という木だけが枝や幹までも描かれている着物というのはあまり見かけません、多くの着物には、季節を選ばないようにいろんな季節の柄が意図的に描かれているものです。

春先の小旅行には、箪笥のなかの、桜柄の入った着物で出かけましょう。着物は、重ねた年輪を美しさとして表現してくれます。子育てに費やした何十年を終えて、再び自分を見つめる余裕ができたこれからを、着物で楽しみたいと、弊店の開催する小旅行には、笑顔で活き活きとした人生経験豊かな着物美人が、毎回たくさん参加されています。

儚いだけではなく、命綱として生きる力を満たしてくれる桜柄の着物で、いつまでも、明るく元気に人生を謳歌いたしましょう!

池田 訓之
株式会社和想 代表取締役社長

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