「楽しさと満足感を保証」の線路上のレストラン、「2回目の朝食」も可能? 食堂車の料理も高評価、カナディアン乗車記③「鉄道なにコレ!?」【第59回】

By 大塚 圭一郎(おおつか・けいいちろう)

VIA鉄道カナダの夜行列車「カナディアン」に連結された食堂車の車内=2023年12月、カナダ中部サスカチワン州(筆者撮影)

 カナダ最大都市の東部オンタリオ州トロントと西部ブリティッシュコロンビア州バンクーバーの約4466キロを4泊5日、約97時間で結ぶVIA鉄道カナダの看板列車「カナディアン」が利用者向けのガイドで「楽しさと満足感を得られると保証する」と胸を張るのが食堂車での体験だ。乗り込んだシェフがカナダの食材を生かして腕を振るう料理は評価が高く、自慢のラムチョップは世界中で鉄道旅行を楽しんだ乗客が「最高だ」と絶賛した。中には大ヒット映画の台詞を教訓に「2回目の朝食」を堪能した猛者もいた―。(共同通信=大塚圭一郎)

※記者が音声でも解説しています。共同通信Podcastでお聴きください。

 【食堂車】主に長距離列車に乗客の食事用に連結している車両。乗客の食事用のテーブルと座席、調理用の台所と配ぜん設備を備えていることが多い。アメリカ(米国)の鉄道車両メーカーだった旧プルマンが1968年に製造した「デルモニコ」が、全室を食堂車にした客車の先駆けとされる。日本での最初の食堂車は1899年5月、旧山陽鉄道の京都―三田尻(現在の防府、山口県防府市)間の急行列車に連結された。第2次世界大戦が激化した1944年に3月で食堂車は全て廃止されたが、旧日本国有鉄道(現JR)が戦後の49年9月に運行を始めた急行「へいわ」(東京―大阪間)と急行「きりしま」(東京―鹿児島間)で復活。
 東海道・山陽新幹線では全線開業した1975年3月に本格的に導入されたが、2000年3月に全て消えた(本連載第31回「(22年)5月に死去したJR東海の葛西敬之氏、社長時代に明かしていた『新幹線食堂車を廃止した理由』」参照)。現在は豪華寝台列車のJR東日本「トランスイート四季島」、JR西日本「トワイライトエクスプレス瑞風(みずかぜ)」、JR九州「ななつ星in九州」などに連結している。VIA鉄道カナダは「カナディアン」の他にカナダ東部モントリオール―ハリファックス間の夜行列車「オーシャン」にも食堂車を連結している。

カナディアンに連結された食堂車の外観。左半分の横長の窓がある部分にテーブルが並んでいる=2023年12月、オンタリオ州(筆者撮影)

 ▽パーティーの来客のようにもてなす
 昨年12月の冬休みに高校生の息子とともに寝台車を予約して全区間乗ったカナディアン。2両のディーゼル機関車が旧型ステンレス製客車を引いており、後ろから3両目に連結されているのが1955年に製造された食堂車「8404号」だ。付けられている愛称の「アナポリス」は、カナダ東部ノバスコシア州の地名に由来する。
 食堂車はテーブルごとに4席、計48席を備えており、横長の窓からの風景を楽しみながらこだわりの料理に舌鼓を打つことができる。車両内には調理用の台所も備えている。
 寝台車の利用者は食事料金が含まれており、一緒に飲み物も注文できる。ただ、アルコール類は最上級クラス「プレスティージ寝台車クラス」(本連載第58回「『走るホテル』の最上級クラス、110万円払って乗り込むVIPたちの正体は…」参照)の利用者以外は別料金だ。夕食ではデザートにケーキが振る舞われる。
 食堂車を担当する勤務歴約27年のサービスコーディネーター、ショーン・ピジョンさんは「私は全ての利用者を、パーティーの来客のように歓迎してもてなしている」と打ち明ける。「食事の機会に新たな出会いが生まれるといいとの思いから、できるだけ同じテーブルに他の人と同席してもらっている」と気配りもぬかりなく、おかげで多くの乗客と会話を楽しむことができた。

カナディアンの食堂車から眺めたヒューロン湖=2023年12月、オンタリオ州(筆者撮影)

 ▽最初の食事「あれ?ホタテが見当たらない」
 乗車中の最初の食事となったのが、オンタリオ州を走行中の1日目の昼食だった。予約していた午前11時半に赴き、西部アルバータ州の息子さんの家へ向かうというトロント在住の女性らと同席した。日替わりスープに続いて提供されるメーン料理は「エビとホタテ」、ブタ肉を低温でじっくり火を通した後にソースをあえたプルドポークのサンドウィッチ、パスタ、ベジタリアン向けハンバーガーの4択だ。
 「ご注文の料理の『エビとホタテ』です」とウェイターが持ってきた皿には、エビを5つ刺した串焼きが2本載っていた。エビはかけられたバルサミコ酢がほどよい酸味を利かせており、五大湖の一つのヒューロン湖を見渡しながらの味は格別だ。
 ところが、エビとのハーモニーを楽しみにしていたホタテの貝柱は見当たらない。同じ料理を頼んだ女性に「ホタテはありますか?」と尋ねると、「私もないと思ったのよ」と首をかしげている。
 そこでウェイターに言うと、「あれ、串焼きに入っていませんでしたか?」と不思議がられた。私たちの会話を聞きつけた近くのウェイトレスが「納入業者が変わり、エビだけになったんですよ」と説明した。
 ウェイターは「今初めて気づいた」と苦笑い。次の日の昼食時にはメニューを配布後、「メニューにある『エビとホタテ』は、エビだけに変更されました」と口頭で注意を呼びかけられるようになった。

カナディアンの食堂車で1日目の昼食で出された料理の「エビとホタテ」=2023年12月、オンタリオ州(筆者撮影)

 ▽カナダの医療従事者不足は「もしトラ」ならぬ「ほぼトラ」が救う?
 3日目の朝食ではアルバータ州カルガリーの実家に帰省する東部ケベック州モントリオールに住む男子学生と、米国ニューヨークの看護師と同席になった。メニューの選択肢は五つあり、オムレツ、卵料理とベーコンなどのセット、ヨーグルトとトーストなどの盛り合わせ、ワッフル、ビーガン向けのハッシュブラウンがあった。私が頼んだのはオムレツで、チーズの味がよく利いていた。
 看護師の男性が「僕は(米国西部)カリフォルニア州の出身で、大陸横断列車に乗りたいと思っていたので今回この列車に全区間乗ることにしたんだ」と話したのに対し、学生は「僕の母親も看護師で、カナダでは地方での医療従事者の人手不足が深刻なんだ」と応じた。
 その上で「もしもドナルド・トランプ(前米国大統領)が米国大統領選で勝利すれば、前の在任中のようにカナダに移住希望者が押し寄せて医療従事者が増えるのかもしれないけれども」と冗談めかして語った。
 看護師は「看護師はともかく、医師は破格の待遇を受けているからトランプ氏が大統領に復帰しても自分の職位を捨てることはないんじゃないかな」と推察した。
 今や大統領選ではトランプ氏が野党共和党の指名を確実にし、民主党候補となるジョー・バイデン大統領を多くの世論調査でリードしている。もしかしたらトランプ氏が再選されるという「もしトラ」にとどまらず、ほぼトランプ氏が選ばれそうだとする「ほぼトラ」との予想も一部あるが、その場合には果たして人手不足にあえぐカナダの医療現場にとって干天の慈雨になるのだろうか。

カナディアンの食堂車で4日目のブランチに提供されたオムレツ=2023年12月、カナダ西部ブリティッシュコロンビア州(筆者撮影)

 ▽早めのブランチで空腹…余裕だった男性の秘訣は映画の台詞に
 「最後の晩餐」となる4日目の夕食は、不覚にも前の食事から半日空いた午後9時に予約していた。この日は朝食ではなく昼食を兼ねた「ブランチ」という設定で、午前9時半から午後1時までの好きな時間に訪れる仕組みだった。午前9時半のオープン直後に行って注文したオムレツは美味だったものの、量は朝食とは大差ないため夕食前には空腹になっていた。
 夕食のテーブルで一緒になったアルバータ州エドモントン在住の心理カウンセラーの女性が「朝食が早くて昼食はなかったので、展望車両に置いてあったビスケットを食べてしのいだわ」と打ち明け、息子と私も「私たちも同じ状況でした」とうなずいた。
 すると、同席したアルバータ州ジャスパーに住むカナダ国立公園局(パークス・カナダ)元職員の男性は「そうなんだ」と余裕の表情を浮かべている。「あなたはどうしたの?」と女性が質問すると、男性は「『ブランチ』と言っているのだから、そういう時はブレックファスト(朝食)とランチ(昼食)の2回行けばいいんだよ」と得意げに答えた。
 女性が「つまり朝と昼の2回食堂車に来て、どちらもブランチのメニューを注文したということ?」と確認すると、男性は「そういうこと。1回目は朝食のために午前9時半に来て、2回目は昼食を取るために午後1時に再訪したんだ」と説明した。
 男性は「別に注意されることもなかったよ。だって、映画『ロード・オブ・ザ・リング』では『2回目の朝食はないの?』という台詞が出てくるじゃないか!」と続けて笑った。確かにロード・オブ・ザ・リングでは道中にピピンがアラゴルンに「朝食は?」と尋ね、アラゴルンが「食べただろ?」と返すと、ピピンが「1回だけしか食べてない。2回目の朝食は?」と食い下がる場面がある。

カナディアンの食堂車で4日の夕食に出されたラムチョップ=2023年12月、カナダ西部ブリティッシュコロンビア州(筆者撮影)

 ▽絶品のラムチョップは「世界中の食堂車で最高」
 ただ、夕食のメーンディッシュで食した生後12カ月未満の仔羊の骨付きのロース肉を調理したラムチョップは、空腹で待ち焦がれただけの甲斐があったと思わせるほどの絶品だった。世界中で鉄道旅行を楽しんできたという男性も「カナディアンのラムチョップは食堂車で食べた中で最高だった」と絶賛した。
 ラムチョップの他には鶏肉、ベジタリアン用料理、スパイスを利かせた焼きサーモンも選択でき、サーモンを選んだ女性も「実に素晴らしいわ」と称賛していた。
 後日、米国ニューヨーク中心部マンハッタンを訪れた際に息子が「おいしいラムチョップを再び食べたい」と言ったため、1984年に公開された人気映画「ゴーストバスターズ」に登場する高級レストラン「タバーン・オン・ザ・グリーン」で56米ドル(約8500円、税金など別)のラムチョップを注文した。美味だったものの、息子の判定は「カナディアンで食べた味の方が上だった」。
 高級レストランを凌駕する評価を受けるとは、〝カナディアン亭〟恐るべし…。

タバーン・オン・ザ・グリーンのラムチョップ=2024年2月、米国ニューヨーク(筆者撮影)

 ▽「2回目」を皮肉ったウェイターの正体は…
 さて、同じテーブルの男性が「2回目の朝食」を味わったとの〝告白〟は思わぬ人に聞かれていた。隣のテーブルの乗客が平らげたケーキの皿を下げようとしていたウェイターが、こちらに視線を送りながら「よろしければ2個目のケーキはいかがですか?」と声を張り上げたのだ。
 すると、皮肉られたことに気づいた男性はすかさず「それは僕のアイデアだぞ!」と返し、皆で大笑いした。
 このウェイターのトーマスさんとは今回初対面だったが、奇遇にもご家族と会ったのは「2回目」だった。本連載第37~42回でご紹介したVIA鉄道の中部マニトバ州ウィニペグ―チャーチル間の夜行列車を往復した旅行記で、「対応が素晴らしく、おもてなし精神がにじみ出ていた」と賛辞を贈らせていただいたサービスマネージャー(客室責任者)のジェニファー・ロイさんのパートナーだったのだ。
 そこで終点のバンクーバー駅に到着後、トーマスさんとサービスコーディネーターのピジョンさんを撮影した画像を添付して「カナディアンに乗って素晴らしい方と出会いました」とジェニファーさんに電子メールで報告した。
 ジェニファーさんからは「それは良かったわ!」と返信があり、末尾には「ウィニペグ―チャーチル間の列車には次はいつ乗りますか?ご乗車をお待ちしています」とのメッセージが添えられていた。カナディアンの乗車も、ウィニペグ―チャーチル間の往復も「2回目」を心待ちにしている。

カナディアンの食堂車のテーブル=2023年12月、オンタリオ州(筆者撮影)

 ※「鉄道なにコレ!?」とは:鉄道と旅行が好きで、鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」の執筆者でもある筆者が、鉄道に関して「なにコレ!?」と驚いた体験や、意外に思われそうな話題をご紹介する連載。2019年8月に始まり、ほぼ月に1回お届けしています。ぜひご愛読ください!

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