“バウムクーヘンの島” で学ぶ戦争 似島がミュージカルに 日本初のバウムクーヘンが販売されたのは「原爆ドーム」だった・・・

今月16日、広島市の似島(にのしま)に東京からミュージカルの関係者が訪れました。「日本のバウムクーヘン発祥の地」といわれる似島。俳優たちが訪れたのは、お菓子の島にある「戦争の歴史」を学ぶためでした。

広島湾に浮かぶ似島。この日、東京からミュージカルの関係者が訪れました。

ミュージカル「バウムクーヘンとヒロシマ」に出演 俳優 石鍋多加史 さん
「とにかく海の空気がいいですね。本当にびっくりした。穏やかで」

俳優の石鍋多加史さんは今回、初めての訪問です。

石鍋さん演じる祖父役
♪「バウムクーヘン グレートジャニー・・・」

石鍋さんは「似島」を舞台にしたミュージカルに出演しています。原作は「バウムクーヘンとヒロシマ」。広島市の児童文学作家の作品です。東京でこの本に出会った劇団のプロデューサーが「平和を考えるきっかけにしてほしい」とミュージカルにしました。

主人公 颯太
「ぼく、この島がお菓子の島と思ってやって来ました。でもそうじゃなかった…」

今からおよそ100年前。日本で初めてバウムクーヘンが作られた場所が似島です。最初に焼いたのはドイツの菓子職人、カール・ユーハイム。ミュージカルは、この実話を元にしています。

主人公の颯太は、バウムクーヘンが作られた理由を知り、似島が戦争と深く関わってきたことを学んでいきます。石鍋さんは颯太の祖父役を演じています。

ユーハイムがこの地でバウムクーヘンを焼いた頃、広島は「軍都」と呼ばれ、似島は「軍の島」でした。

似島歴史ボランティアガイドの会 宮﨑佳都夫 会長
「1本の桟橋は、外地から帰ってきた兵隊が上陸する、いわゆる未消毒桟橋。こっちの桟橋は既消毒桟橋」

似島には陸軍の「検疫所」が置かれ、戦地から戻った兵士の消毒を行っていました。検疫所の一角にはドイツ人捕虜の収容所も…。そこに収容されていたのがカール・ユーハイムです。

ユーハイムは、収容所で焼いたバウムクーヘンを「広島県物産陳列館」で販売しました。現在の「原爆ドーム」です。

原爆が投下されると「軍の島」は臨時の野戦病院になりました。やけどを負った約1万人の被爆者が運び込まれ、多くが島で埋葬されました。

兵士が歩いた当時のままの桟橋の土台。「軍の島」の痕跡を訪ねながら、石鍋さんは、似島とバウムクーヘンの不思議なつながりを実感しました。

俳優 石鍋多加史 さん
「ずいぶん似島が戦争と関わりが深くて、そして原爆もあった。きょう、本当によくわかりました」

検疫所や収容所があった場所は、「ユーハイム似島歓迎交流センター」に生まれ変わっています。石鍋さんたちはリニューアルセレモニーにも出席しました。

原作を書いた広島市の児童文学作家、巣山ひろみ さんも一緒です。

俳優 石鍋多加史 さん
「この似島にまいりまして、海の香り、それからこの似島の風を感じました。また新しい舞台ができるのではないかと思っています」

センターの命名権を取得したのは、神戸の「ユーハイム」。カール・ユーハイムが創業した洋菓子メーカーです。

「ユーハイム」(創業者 カール・ユーハイム) 河本英雄 社長
「われわれユーハイムの原点は本当にこの似島。ミュージカルで戦争の裏にある友情や元気をすごくもらえました」

石鍋多加史 さん
「初めてです。こんな大きいと思わなかった」

交流センターにあるクスノキ。ミュージカルにも登場します。樹齢は120年。バウムクーヘンが初めて作られた日も、ここに立っていました。

演出家 磯村純 さん
「この木がずっとね。カール・ユーハイムの時代から見守っている、島を…」

原作を書いた児童文学作家 巣山ひろみ さん
「ミュージカル関係者のみなさんがこんなに強い思いを持って来てくださるなんて。世界って広がるんだなと思って」

俳優 石鍋多加史 さん
「似島の空気いっぱい入っています。あしたでも舞台やりたいです」

石鍋さん以外にも俳優たちはそれぞれが似島を訪れ、当時のユーハイムと同じやり方でバウムクーヘンを焼き、歴史を学んできました。

次の目標は、地元・広島でミュージカルを上演することです。

ミュージカルを企画 劇団「イッツフォーリーズ」
土屋友紀子 代表兼プロデューサー
「次の世代に伝えていこうという力がやっぱり広島にはあると思っていて。東京でもこういうことを思っている人間がいて、さらにこれが全国・世界につながっていけるといいなと。やはり広島で上演したいですね」

バウムクーヘンと「軍の島」の歴史ー。ミュージカルを通じて多くの人たちに伝えたいと思っています。

◇ ◇ ◇

平和の象徴であるお菓子バウムクーヘンが国内で最初に販売されたのが「原爆ドーム」。この不思議なつながりを伝えたいと本が生まれ、その歴史に心動かされた東京の劇団がミュージカルにしました。平和への思いが広がっています。

ミュージカル関係者それぞれが似島を訪れ、歴史を学んでいます。より深く正確に伝えたい、演じたいという情熱が伝わってきます。劇団によりますと、ミュージカルは2025年秋から全国での巡回公演を目指しています。広島でも上演できるよう準備を進めているということです。

ことし8月にはお隣り岡山市の岡山芸術創造劇場ハレノワで開催される「子どもと舞台芸術大博覧会」で、“朗読” という形で披露することが決まっています。

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