漫画『スーパースターを唄って。』の圧倒的リアリティと、“目”に宿る遊び心

筆者の中の「次にくるマンガ大賞」ぶっちぎりトップを快走している漫画を今日はご紹介。

年数百の漫画を読む筆者が、時事に沿った漫画を新作・旧作問わず取り上げる本連載「漫画百景」。

記念すべき第二十景目は、『スーパースターを唄って。』です!

本日3月27日に最新号が発売された掲載誌『月刊!スピリッツ』で、『週刊ビッグコミックスピリッツ』への移籍を発表。掲載ペースが早まり、今後の展開もますます期待される本作を、今読むべき作品として紹介します。

薄場圭の鮮烈デビュー作『スーパースターを唄って。』

『スーパースターを唄って。』は、作者・薄場圭(うすばけい)さんの連載デビュー作です。

2023年2月27日発売の『月刊!スピリッツ』で連載がスタート。1年弱が経過した現在までに、1巻と2巻が刊行済みで、共に重版を重ねています。

薄場圭さんのXの投稿によると、2024年2月までに1巻が4刷目、2巻が3刷目とのこと。

主人公は17歳、売人。人生の底から駆け上がる

『スーパースターを唄って。』の主人公は、17歳の青年・大路雪人(おおじゆきと)。薬物中毒だった母親が残していった借金を返済するために、いわゆる反社の下っ端として、薬物の売人を生業にしています。

最愛の姉にも先立たれ、家族はいない天涯孤独の身。10代にして行き詰まっている彼が、幼い頃からの親友で、“第二のNujabes”と評されるビートメイカー・益田メイジ(活動名はnervous rat/ナーバスラット)と共に、人生の底から這い上がろうと戦う物語になっています。

登場人物の初登場時は台詞に注目

『スーパースターを唄って。』が扱う題材はヒップホップに付随して、貧困、反社、薬物……とセンシティブなものが多いです。とはいえ、生半可な描写では白けてしまい、あっという間に世界観が瓦解してしまう難しい題材です。

ゆえに、徹底したリアリティが求められるわけですが、本作はむしろそこが最大の強みになっています。登場人物が全員紙の上で生きているのです。彼や彼女の言動は生々しく、表情は柔らかくも固く、言葉は重い。真に迫るモノがあります。

主要登場人物の初登場時の台詞を見るだけで、「ああ、なんとなくこういう人なんだろうな」と腑に落ちる感覚。台詞と人物の像が瞬間ぴたりと一致すると言いますか。それがある。

雪人なら1話冒頭で薬を買いに来た母親(後に名前は樹里と判明。1巻を通じて色々と活躍する)との会話劇で、芯がある人間であることが分かる。メイジなら同居人のオッサン(本名不明)と雪人に対する言葉遣いの違いで、2人との距離感と関係性が察せる。

2人に続く主人公格の金田硝子こと、ラッパー・Lil lily in the mirrorの初登場シーンも印象が強い。繊細だけど強気で勝ち気でスター然としている彼女の言動、スタイルの圧倒的なカッコよさに痺れました。

モブの何気ない会話にも注目すべき理由

加えて触れておきたいのが、主役だけでなく、モブを含めて全員にリアリティがあるということです。

例えば、2巻収録の7話「蓮の花 1」に登場する男女のモブキャラクター。前話で描かれた、雪人のライブデビュー戦に居合わせた2人です。

謎だらけの雪人のことがとにかく気になる女キャラと、そんな彼女の心情を察せずに家に行きたい男キャラの下心との対比を、簡潔なやり取りで表現しているシーンがあります。こういう何気ないモブキャラの会話にも逐一リアリティがあるのが、この漫画の凄いところです。

ページの隅から隅まで『スーパースターを唄って。』という物語が張り巡らされている。終始上滑りのない堅実なつくり込みに惚れ惚れしてしまいます。

登場人物の可愛らしさを演出する目の描き方

あともう一点言及しなければならないのが絵です。

というか多分、わざわざ言及までもなく、初めて本作を見た方は、フルアナログで描き込まれた、こちらに語りかけてくるような情感ある絵に圧倒されると思います。

絵に関しては上記のレビューでよく触れていることもあるので、ここでは簡単に、デフォルメのバランスについて。

先にも書いているように、本作は貧困や反社とセンシティブな話題も多く、そして暴力描写が克明です。雪人の顔にはだいたい生傷があります。暴力描写は絵柄によってはかなり痛々しく、それが読む際のハードルにもなり得ますが、本作はここのケアがしっかりしています。

どの登場人物も程よくデフォルメが効いていて、特に目の描き方から遊び心と可愛らしさを感じます。象徴的なのが、雪人たちが世話になるクラブの店長・孫慎太郎ですね明らかに『ザ・シンプソンズ』味を感じる。

一方で半グレの丸本はサングラスで目元が隠れ、同じく芦屋は他の人物よりも意図的に細く険しくなっており、目の描き分けにはかなり気を遣っていることが窺えます。

こういう細かな点も抜かりない。これが連載デビュー作だってんだから、驚きもひとしおです。今後も楽しみでなりません。

漫画好きなら問答無用で読むべきだし、特に漫画を読まない方にも手放しでオススメしたい。作者・薄場圭さんの本気、ガチで受け止めてください。

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