「SBNR」って知ってる?急速に拡大する価値観の背景を聞いた【インタビュー前編】

欧米を中心に急速に拡大している「SBNR」を知っていますか?

特定の宗教を信仰しているわけではないけれど、精神的な豊かさを求める思想(spiritual but not religious=スピリチュアルだけれど宗教的ではない)を指す言葉です。

「SBNRの急速な広がりの背景には『世の中のいろいろな物差しが変化している』ことがあると思います。SBNR層の増加は、社会の価値観やインバウンド経済、地方創生を考える上でもキーワードになりそうです」

そう語るのは、価値デザイナーの渡邉賢一さん。インバウンド事業やクールジャパン、地方創生を通して、国内外の多様な価値観に触れてきた渡邉さんに、SBNRの拡大の背景や、日本で期待されるムーヴメントなどについて聞きました。

渡邉賢一さん

心のものさしの時代へ!「SBNR」は、どこからやってきた?

─── 今日はよろしくお願いします。早速ですが、SBNRの拡大にはどのような背景があるのでしょうか?

世の中のいろいろな物差しが変わってきたこと、ではないでしょうか。

多くの研究が進んでいますが、世の中で大きな変化が同時に起きてきていることが起因していると思います。天災、パンデミック、戦争など、社会全体の不安の種が極めて多い時代です。明るい話題でいえば、宇宙開発も進んでいますよね。社会の希望も不安も、一昔前とは違ったものになってきているわけです。

そういった変化の中で「人類は、私は、どこに行くんだろう?」と考えた先で辿り着くのが「自分が結局どうしていきたいのか、何を信じていきたいのか」なのだと思います。

SBNRの人たちは禅やマインドフルネス、菜食主義、自然との調和、精神文化や多様性社会など、宗教の垣根を超えて、多様な価値観に関心を強く持っています。「自分が結局どうしていきたいのか」を熟考するなかで「1つの考え方にとらわれない方がいいよね」という思想に辿り着くのではないでしょうか。

─── SBNRとは「戒律、経典を超えたスピリチュアリティー」、語弊を恐れない言葉を選べば「人間が本来持っている精神的な力」の見直しなのかもしれませんね。

そうですね。価値観のシフトという観点では、働き方や経済の形も大きく変化してきました。

これまでの経済資本主義では「人」「物」「金」「情報」を集中させて所有することが成功とされる傾向にありました。しかし今は「所有ファースト」から「共有ファースト」に移行しているように思います。

情報化社会において大切なことは、情報を拡散する「規模の経済学」ではなく、情報の密度や、つながりを創出していく「深さの経済学」です。最近では情報産業に関わるテクノロジストやAIエンジニアなども、自らの心の在り方と向き合う力を高めてゆく、マインドフルネス型の人材育成が重視されています。

例えば、Googleなど米国のデジタル企業の人材研修でよく使われているテキストブックで『サーチ・インサイド・ユアセルフ』というマインドフルネスに関する本があります。

Googleの「世の中の情報を整理する」という理念を支えるためには、まず働く個人が自分の価値観や思想、それに伴う情報リテラシーを育み、しっかりと自分で納得のいく情報を獲得する能力が求められます。情報リテラシーのない人間が、プロとして情報を扱うのは危ないことですからね。

─── 企業の中にいても、まず「個人」としての心の物差しを研ぎ澄ますこと、それに付随するスキルが求められている。

はい。「社会的に真っ当な人間を育てていきましょう」という考え方に価値の重心が変わってきていると思います。

日本で「風の時代」という言葉が聞こえてきたり、フリーランスという働き方が進んだりしている背景にも、情報リテラシーに富んだ「個人の価値」が評価されている実態があるのではないでしょうか。スキルのある人同士が知識や技を共有して、組織を構成していくわけです。

日本は世界最古級の国だからこそ、SBNR思考をリデザインできる

─── SBNRについて調べてみると、例えばサウナや旅行を楽しむ、神社仏閣に訪れるなど、マインドフルネスや「整う」に分類されることも、「SBNRな選択」に分類できるという記述を多く見つけました。そう思うと、私も知らず知らずのうちに「SBNRな選択」をしていたと言えそうです。

サイレントシフトとでも言うのでしょうか。多くの人が気持ち良い、心地良いと思って知らず知らずに選択していること。それをどうやって科学してエビデンスを求めながら、どんな仕掛けをしていくのかを考えることも、僕ら価値デザイナーの仕事です。

元々、米国でSBNRという考え方が生まれた背景には、宗教離れという社会現象を研究する必要性があり、そこで誕生した言葉でした。しかし日本の場合は、そもそも既存の社会的な価値観が、いろいろな文化をミックスさせて発展してきた側面があります。多様性が共存することが文化の特徴になっているんですね。

SBNR層といわれる人々の多くが、宗教の垣根を超えて、多様な価値観に強い関心を持っています。日本文化は八百万の神々をはじめ、多様な価値観が組み合わさり構成されています。私は世界のSBNR化に対応をした新しい「軸」での日本文化の編集力が必要だと考えています。

───SBNRシフトする時代における日本文化をどう編集すれば良いのか。

SBNRの価値観が世界的に普及しているわけですから、国際社会で日本の強みをデザインしていくために「日本版SBNR」という考え方があっても良いと考えています。

私の視点では「S:Spirituality 心のものさし」「B:Body 身体的な調和」「N:Nature 自然との共生」「R:Relationship つながり価値」がこれからの時代の価値デザインの在り方だと思います。日本の有形無形の文化を世界に発信し、共感を得ていく上での指標としてぜひ「日本版SBNR」を活用してみて下さい。

─── 渡邉さんは最近、よくインドネシアに行っていると聞いています。

はい。月1回のペースでインドネシアに出張しています。人口2.8億人、世界最大級のイスラム教の国で、平均年齢29歳、毎年350万人が生まれる国です。

日本との共通点は島が多いことですね。日本は14125島、インドネシアは13466島あります。「ネシア」とは「島々」という意味で、近くにはミクロネシア、メラネシアなど島をベースとした国々があります。

これら「ネシア」という名がつく国々の多くは、島独自の多様な価値観が共存していて、SBNR的なダイバーシティが存在しているように思います。

地政学的にランドパワー(国家が支配下に置く陸地を整備、活用する潜在的、顕在的な能力の総称)とシーパワー(国家が海洋を支配し、潜在的、顕在的に活用する能力の総称)という対極の言葉があるように、大陸では陸地を統治しないといけないので、宗教をはじめとした固定の思想がないと統治が難しい側面もあります。

しかし、島国ではそれぞれの独立した文化が保たれやすいため、それに伴って複数の思想が共存しやすい地形になっているのかもしれません。例えば、インドネシアの国家宗教はイスラム教ですが、同時にバリ島の宗教や仏教の存在も大きいです。生活の知恵として「お互いの信じているものを理解しよう」という考え方が根付いているのだと思います。

世界最大級の島国である日本も、既に実現されている多様な価値の共存する国という側面を活かして、SBNRやこれからの社会に対応した、いろいろなものをリデザインできるんじゃないかなと考えています。

─── 渡邊さんは地方創生にも注力されています。SBNRは地方でも活きてくる価値観なのでしょうか?

大いに紐づいていると思います。例えば僕の出身地、栃木県は、東北と東京に挟まれて独自の文化を発展させた地域です。

小さなコミュニティがたくさんあって、かつてはとてもユニークな地域性を持っていたのですが、高度経済社会の後に生まれた僕は、その栃木県独自の文化がどんどんと失われていくのを見て育ちました。

その光景を見て「なぜなんだろう」「どうにか出来ないのかな」と漠然と感じていましたが、当時はうまく言語化出来なかったんですね。

それが今、価値デザイナーとして様々な経験を積み重ねていく中で、「元々、それぞれの地域に存在していた独自の文化を、世界の潮流に合わせて再編集してデザインしていくことによって、地域が本来持っている力を活かして元気を取り戻すことが出来るのではないか」と考え始め、いまでは確信を持って活動をしています。

外国からのインバウンド需要の伸びや、輸出拡大など、これまで内需型だった日本経済が次第に外需型に変化しています。

クールジャパン戦略も12年目を迎え官民が一丸となって日本のソフトパワーを活性化しています。こうした大きな潮流を地域の活性化にダイレクトに繋げてゆきたいと考えています。地域文化をリデザインするためのヒントとして、僕はSBNRに注目しています。

インタビュー後編に続く

(ウェルなわたし/ 中村 梢)

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