【検証】 モスクワ・コンサートホール襲撃事件、ロシアの主張の誤りを暴く

オルガ・ロビンソン、シャヤン・サルダリザデ、ポール・ブラウン、BBCヴェリファイ(検証チーム)

ロシアの首都モスクワ郊外のコンサートホールで先週起きた襲撃事件について、ウラジーミル・プーチン大統領が「イスラム過激派」の犯行だと認めた。

この事件では、武装勢力「イスラム国(IS)」が犯行声明を出している。しかしプーチン氏は、ウクライナの関与を主張し続けている。

ウクライナに責任があるとするキャンペーンはどのように展開されたのか。ロシア当局の声明、メディア報道、ソーシャルメディアへの投稿をもとに、BBCヴェリファイが検証した。

最初の非難

モスクワ郊外の「クロクス・シティー・ホール」襲撃の第一報がソーシャルメディアに流れたのは、22日午後10時15分(現地時間)だった。そのほぼ直後から、ウクライナを非難する声が上がった。

親ロシア政府のブロガーや当局者らは、事件発生から1時間もしないうちに、メッセージアプリ・テレグラムへの投稿でウクライナを批判した。

政権寄りの政治アナリストのセルゲイ・マルコフ氏は午後11時25分、襲撃者は「イスラム過激派」のようだとした。そして根拠を示さず、攻撃は「キーウから組織された可能性が高い」と付け加えた。

それから約40分後、タブロイド紙「モスコフスキー・コムソモレツ」が軍事専門家ロマン・シュクルラトフ氏の発言として、襲撃はウクライナの治安部隊と軍情報機関の支援を受けて組織されたかもしれないと報じた。

23日午前0時27分には、ドミトリー・メドヴェージェフ前大統領が、ウクライナが関与していれば報復すると述べた。

責任を示す偽の主張

さらに数時間たった23日午前3時13分、ロシアの主要テレビ局NTVは、ウクライナ高官が関与を認めたとする映像を放送した。

映像では、ウクライナのオレクシー・ダニロフ国家安全保障・国防会議書記が、「今日のモスクワは楽しい。楽しみがたくさんあったと思う。このような楽しみを、もっと頻繁に用意してあげられると信じたい」と述べているように見える。

しかしBBCヴェリファイは、この映像について、ウクライナのテレビ局が1週間前に行った2本のインタビュー映像を加工したものだと突き止めた。

そのどちらの映像もユーチューブで見ることができる。一つは3月19日、ダニロフ氏へのインタビュー。もう一つはその3日前に公開されたもので、ウクライナの軍事情報長官キリロ・ブダノフ氏が登場する。

NTVが放送した映像でのダニロフ氏の発言は、元のインタビューでは聞き取れない。

英リヴァプール・ジョン・ムーア大学の先端法医学技術調査グループがBBCヴェリファイの委託を受けて行った音声分析では、NTVの映像の音声が加工されていることが示唆された。

音声の周波数データに見られる溝が、音声が編集されたことを示している。一方で、音声が人工知能(AI)で生成されたとは断定できなかった。

BBCヴェリファイはまた、音声ファイルに埋め込まれている情報から、この音声が編集ソフトを通したものだと突き止めた。

越境のための「隙間」

ロシアのプーチン大統領は24日に公の場でウクライナを非難した。

プーチン大統領は、襲撃者がウクライナへ逃亡しようとするところを拘束したと述べ、「そこには国境を越えるための隙間が用意されていた」と主張した。

しかし、ロシアはこの「隙間」に関する証拠を示していない。

BBCヴェリファイは、容疑者らがどこに向かっていたかを独自に確認することはできない。しかし、彼らが逮捕される様子を撮影した映像や写真をいくつか検証・確認した。プーチン氏の主張とは裏腹に、逮捕はウクライナ国境から遠く離れた場所で行われていた。

逮捕された容疑者のうち2人は、背景の状況などから、ウクライナ国境から約145キロメートルの地点で撮影されたことが分かった。

ウクライナは襲撃への関与を否定している。一方、武装勢力「イスラム国(IS)」が、メッセージアプリ「テレグラム」上のチャンネル「アマク」を通じ、犯行声明を発表した。

ISが公表した証拠の中には、顔をぼかされた襲撃者4人の写真や、加害者の一人の視点から撮影された非常に生々しい映像が含まれていた。

コンサートホールの特徴や攻撃者が使用した銃といった複数の詳細が、攻撃当時にインターネットに投稿された動画と一致している。

しかし、こうした証拠にもかかわらず、ロシアはウクライナを非難し続けている。

ロシアのテレビ局RTのマルガリータ・シモニャン編集長はソーシャルメディアで、襲撃者らが自爆ベストを着ておらず、「死ぬ意図がなかった」として、ISに所属していないと指摘した。

ISは攻撃者に生きたまま拘束されないよう繰り返し警告しているが、これまでに逃走した例もある。

例えば、BBCモニタリングが視聴したISのメディアによると、2022年末、アフガニスタンの首都カブールのホテル攻撃に関与した武装勢力の1人が逃走に成功し、後に自爆攻撃を行った。

容疑者について分かっていること

襲撃者らは逮捕されるまで、白のルノー車に乗っていた。これは、別の映像に映っていた、コンサートホールからの逃走に使われた車両と一致している。

ロシア国家院(下院)のアレクサンドル・キンシュタイン議員は、ソーシャルメディアで、1人は車両の近くで拘束されたと説明。他の3人は近くの森の中へ逃げ込み、捜索の末に逮捕されたとした。

車両の中からは、武器とタジキスタンのパスポートが押収されたという。

24日には、逮捕された4人がモスクワの法廷に出廷する様子が公表された。ロシア当局はこの4人を、ダレルジョン・ミルゾエフ容疑者、サイダクラミ・ムロダリ・ラチャバリゾダ容疑者、シャムシディン・ファリドゥニ容疑者、ムハマドソビル・ファイゾフ容疑者としている。

ISが公表した写真には、容疑者のうち3人が薄い茶色のTシャツ、薄い緑色のTシャツ、そして灰色のポロシャツを着て写っている。

これらの服装は、拘束時に容疑者3人が着ていたものと一致しているように見える。

たとえば、ラチャバリゾダ容疑者が着ている薄茶のTシャツのロゴは、ISの映像でも確認できる。この人物は、その後の取り調べでも同じ名前を名乗っている。

他の2人の容疑者のシャツも、ISが公開した映像で着用していたものと一致するようだ。

ミルゾエフ容疑者の服装はISの写真には写っていないが、拘束時には長袖の緑色のシャツに青いジーンズ、黒いベルトを着ていた。ISの映像に映っている銃撃者の1人が、この三つのアイテムを身に着けていた。

ISの犯行声明の信憑性(しんぴょうせい)は?

襲撃者らが殺害状況の非常に生々しい映像を撮影していること、その映像でISの襲撃者に共通するスローガンが唱えられていること、ISの公式メディア・チャンネルが映像を配信していることは、ISのこれまでの手口と一致している。

また、襲撃の2週間以上前に、襲撃者の1人がクロクス・シティ・ホールにいた画像がロシアのメディアによって公開された。これは、襲撃が事前に計画されていたことを示唆している。

ISはしばしば、声明を発表する前に襲撃者の生死確認を待つ。死亡すれば、情報機関が尋問や拷問で情報を引き出すことができなくなるからだ。

そのため、犯人が逃亡している間に犯行声明を出したことは異例であり、ISが自らの役割を表明することに熱心なことを示している。

ISがロシアを標的にしたのは今回が初めてではない。2015年と2018年にも大規模な攻撃を実行しており、ここ数年でも規模の小さな攻撃があった。

追加取材:ミナ・アル・ラミ、ベネディクト・ガーマン、アダム・ロビンソン

(英語記事 Moscow attack: Debunking the false claims

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