<ライブレポート>上野大樹 全員のこれからの暮らしに“喝采”を送りあった東名阪ワンマン【喝采 -kassai-】東京ファイナル

シンガー・ソングライターの上野大樹が、2024年2月から開催した東名阪ワンマンツアー【喝采 -kassai-】。情景やモチーフなどをツアータイトルに掲げてきた彼が、今回は人間のポジティブな行動を表す語句を選んでいるのは、今の彼を語るうえで象徴的な事象と言っていいだろう。昨年5月~8月に全14か所を回った【新緑 -Shinryoku-】でも光が燦々と注ぎ込み、葉が青々と茂る開放的なムードを見せたが、今ツアーのファイナルである3月23日の東京・恵比寿 ザ・ガーデンホール公演は、その空気感を踏襲しながら真摯に粛々と観客に向き合う姿が印象的だった。人との関わりが、彼の歌と音楽をさらに鮮やかに色づけていた。

開演前BGMのボリュームが徐々に上がり、曲が終わるやいなや観客が高らかなクラップを鳴らす。その音に呼ばれるように、上野とサポートメンバーである宮田'レフティ'リョウ(Key.)、香取真人(Gt.)、ICCHAN.(Dr.)、越智俊介(Ba.)が登場。「夏風を待って」で軽やかにツアーファイナルの幕を開けた。観客のクラップに宿ったエネルギーを受け取ってギターをかき鳴らしながら歌う上野は、まるで大きな青空の下で深呼吸をするようにすがすがしい。

アウトロの観客のシンガロングがさらに鮮やかな色を加えた「リジー」、リズムに合わせた照明演出が勇敢な佇まいをより引き立てた「航る」と、観客のクラップに乗せて爽やかで力強い演奏を届ける。上野は半年ぶりのツアーについて「ああ、これが楽しくて音楽やってるんだよな……と噛み締めた」と充実を語り、「バンドメンバーのみんなが大きな音を出してくれるので、一緒に喝采しましょう」と晴れやかな表情を浮かべた。

なかなか伝えられない愛おしい気持ちをワルツに乗せたミドルナンバー「遠い国」は、やわらかい音色と歌声でありながらも胸の奥を目掛けて刺さる感覚がある。「朝が来る」の喜怒哀楽の感情がゆっくりと混ざり合う歌と音は、夜と朝が溶け合う空のように曖昧で生々しい。上野はMCで自身の曲を「悲しい曲、寂しい曲が多め」と話していたが、それは彼が感情の根幹を曲にすることが多いからなのではないかと推測する。どうしても人は痛みに弱いがゆえに、悲しみに蓋をして茶を濁すこともしばしばだ。痛みから目を背けない彼の歌は隅々までリアリティに富んでおり、その実直さがあるからこそ、聴き手一人ひとりの心の奥にじっくりと染み込んでゆくのだろう。この日の「新緑」の歌と演奏には、感傷性がもたらす繊細な美が煌めいていた。

「際会と鍵」の後はバンドメンバーが袖へ下がり、ステージは上野のみになる。上京して9年目になると話す彼は「まさかここまで音楽を続けてくるとは」と遠くを見つめるように零し、いま書いている曲たちは誰かに向けて半分、自分に向けて半分の割合で書いていることが多いと述べた。年始の能登半島地震を受けて「もっと歌わないとだめだ」「時にはすべてを置いてギター1本で勝負しないといけない」と決意を新たにしたと続け、東日本大震災への思いを綴った「おぼせ」を弾き語りで届ける。優しいアルペジオや歌声から、彼が音楽を始めてからの人生が波打つように広がり、観客もその揺らぎに身を委ねて聴き入った。

その後はベースとピアノの3人編成で浮遊感のあるサウンドスケープを作り出して「ざわめき」を、ピアノとの2人編成で「て」を、マイクを手に取りピアノの伴奏で「ラブソング」と、アコースティックセットで3曲を披露する。気分が最高潮であってもどん底であってもなるべく“真ん中”にいたいと話す彼ならではの、静かな情熱がほとばしっていた。彼から観客に向けられた喝采と感じるほどに、切実な歌声だった。

バンドメンバーと和やかにトークを繰り広げると、「盛り上がる準備できてますか? 末っ子で一人暮らしなので愛が足りないんです!(笑)」と告げ披露したのは「面影」。序盤ではギターを抱えながらハンドマイクでステージぎりぎりまで乗り出して並々ならぬ思いを言葉とメロディに込め、観客に語り掛けるように歌う。ドラムのつなぎで客席からクラップが沸くと「ランタナ」ではバンドとのグルーヴで会場を揺らし、本編ラストの「海街ち」と「予感」の畳み掛けは新しい季節を自ら掴みに行くような迫力に満ちていた。

アンコールで単身ステージに登場した上野は、4月4日に開催されるメジャーデビュー1周年記念【「メジャーデビュー記念ライブin Tokyo」上映会】の話題に触れながら「まだ今日言えないことがあるんです。でも何かが始まる予感がみんなにビシバシ伝わって、4月が楽しみになってもらえると思う」と近日中に何らかの発表があることをほのめかせた。

「ライクユー」の弾き語りの後にバンドメンバーをステージへ呼び込むと、上野は世代の近いメンバーとツアーをまわれた喜びを語る。そして「これからも、もっともっといろんなミュージシャンと出会っていろいろ吸収して、変わっていきたいです。変わらない部分ももちろん持っていたいけど、みんなから上野大樹すごいなあ……と思ってもらえるようなかっこいいミュージシャンを目指して、真摯に頑張っていきたいと思います」と意欲を見せた。

観客のクラップに乗せて「素顔」を披露すると、「みんなのこれからの暮らしが良いものになるように祈っています」と深々と頭を下げ、彼がツアーの締めくくりとして選んだのは「暮らし」。明日へのささやかな希望に胸が高鳴るような、穏やかな夜の空気感が会場を包み込む。「皆さんの声が聴きたいです」とシンガロングを促す彼の表情は明るく、ステージと客席で一斉に喝采を巻き起こす様子は、花吹雪のように麗しかった。

喝采とは、人々が一丸となって生み出す熱意のうねりであり、それは誰かを新しいフィールドへと送り出す風ともなり得る。冬の寒さが残る3月の終わりに、あの場所だけ一足早い春が来ていた。これまで彼を支えてきたファンやチーム、新たな仲間、そしてこれまで歩んできた人生とともに新しい一歩を踏み出した上野大樹。彼の新しい生活が、またここから始まる。

Text by 沖さやこ
Photo by 河村美貴(田中聖太郎写真事務所)

◎公演情報
【喝采 -kassai-】
2024年3月23日(土) 東京・恵比寿 ザ・ガーデンホール

▼セットリスト
1. 夏風を待って
2. リジー
3. 航る
4. 遠い国
5. 朝が来る
6. 新緑
7. 際会と鍵
8. おぼせ
9. ざわめき
10. て
11. ラブソング
12. 面影
13. ランタナ
14. 海街ち
15. 予感
En1 ライクユー
En2 素顔
En3 暮らし

▼プレイリスト
https://open.spotify.com/playlist/0JKItL81dzke1OKdqSTFHJ

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