「DART」の衝突で「ディモルフォス」の形は大幅に変わった可能性

ディモルフォス」は、NASA(アメリカ航空宇宙局)の小惑星軌道変更ミッション「DART(Double Asteroid Redirection Test)」のターゲットになった天体です。探査機本体が高速で衝突したディモルフォスから大量の岩石が飛び出している様子は、宇宙と地上の両方で観測されました。衝突後のディモルフォスの様子は、ESA(欧州宇宙機関)の小惑星探査機「ヘラ(Hera)」によって詳細に観測される予定です。

ベルン大学のS. D. Raducan氏などの研究チームは、ディモルフォスをモデル化し、DARTが衝突した後のディモルフォスの形状変化を予測しました。その結果、DARTの衝突で生じたクレーターは極めて平たい形状をしているため、見た目には分からなくなっている可能性があることが分かりました。また、ディモルフォスの形状自体が大幅に変更された可能性もあります。

【▲図1: DARTがディモルフォスに衝突したシミュレーションの一例(Credit: S. D. Raducan, et al.)】

■小惑星の軌道を変更させる実験「DART」

今から約6600万年前、地球に小惑星が衝突し、恐竜を初めとして多くの生物が絶滅しました。このような大衝突は近い将来には起こらないと予測されていますが、遠い将来には起こるかもしれません。この場合、小惑星の軌道を変更して衝突を回避する方法は有望な選択肢となります。

【▲図2: 衝突直前のDARTによって撮影されたディモルフォスの表面 (補正画像) (Credit: DART, NASA / Edit: Eydeet)】

65803番小惑星「ディディモス」を公転する衛星「ディモルフォス」は、まさにこの手段が有効かをテストするために選ばれた天体です。NASAの小惑星軌道変更ミッション「DART」では、約500kgの質量を持つ探査機本体を約400万トン (クフ王のピラミッドとほぼ同じ) と推定されるディモルフォスに衝突させて、ディディモスを公転するディモルフォスの軌道を変更することを目指しました。衝突実験は2022年に行われ、その様子は宇宙と地上の両方で観測されました。

関連記事: 「ディモルフォス」から飛び出した幅数メートルの岩を複数観測 衝突実験「DART」の目標天体 (2023年8月8日)

DARTの衝突によってディモルフォスの公転周期は約33分短縮されましたが、これは事前の予想を上回っていました。そして、変化した表面の様子は2026年の到達を予定しているESAの探査機「ヘラ」によって撮影される予定です。

■細かな岩石の集合体をシミュレーション

Raducan氏らの研究チームは、DART衝突後のディモルフォスがどのような状況になっているのかをモデル計算で予測することを試みました。ディモルフォスは大小さまざまな岩石が緩く結合した天体であり、衝突時の力の伝わり方はかなり複雑で予測困難です。例えばJAXA (宇宙航空研究開発機構) の「はやぶさ2」が訪れた小惑星「リュウグウ」は、ディモルフォスと同じく岩石が緩く結合した天体です。2019年に行われた「はやぶさ2」による人工クレーター形成実験では、事前に予測された直径2mを大幅に上回る直径14.5mのクレーターが生じました。

Raducan氏らは今回、DARTの観測データによる実際の形状を元にディモルフォスをモデル化しました。その上でディモルフォスのかさ密度 (空隙を含めた密度) やDARTの衝突角度など、未知の要素についてパラメーターを変更した約250通りのシミュレーションを実行し、衝突から2時間の岩石の移動を計算しました。そして、衝突後に宇宙や地上で撮影された岩石の大きさ・量・角度などと比較することで、どのシミュレーションが一番妥当なのかを検証しました。1回のシミュレーションを行うのに約1週間半かかることを考えると、これは途方もない作業です。

【▲図3: 衝突から約178秒後の撮影画像とシミュレーションの比較。撮影画像の噴出した岩石の根元が見えないのは、本体の影になって光が届かないことによるものです(Credit: S. D. Raducan, et al. Fig 7よりトリミング、加筆)】

シミュレーションの結果、ディモルフォスのかさ密度は本体のディディモスとほぼ同じであり、岩石同士の結合は相当に弱いと仮定したパラメーターで実行したものが、最も観測結果と一致することが分かりました。これは、ディモルフォスを構成する岩石同士の結合力はとても小さく、ほぼ弱い重力のみで一塊となっていることを示しています。

DARTの衝突は、脱出速度がわずか秒速10cmしかないディモルフォスから大量の岩石を放出、または移動させました。その結果、全体の質量の約1%が宇宙へと飛び出し、約8%は大幅に場所を移しました。さらに、衝突現場はディモルフォス本体の丸みの影響をうけ、約160度の角度で岩石が噴出することも分かりました。通常のクレーターから噴出する岩石は約90度の角度を持つことを考えると、これはかなり平たい数値です。

これらを考慮すると、2026年にヘラが撮影するであろうディディモスの形状が予測できます。DARTはディディモス本体の一部を平らにえぐり取ってしまったため、普通に思い浮かぶようなクレーターの形状をしておらず、クレーターであると認識できないかもしれません。むしろ、衝突前のディディモスがまるでマーブルチョコのような形状をしていたと考えると、ヘラが撮影するディディモスは、一部が齧られたか潰れたかのように見えるでしょう。DARTの衝突は、ディディモスという天体そのものの形を大幅に変えてしまった可能性があります。

■ “本番” に生かされる成果

今回の研究で最も大きな発見は、ディディモス本体を構成する岩石同士の結合が、これまでの予想よりもずっと緩かったことです。DARTの衝突によって公転軌道の変更度合いが予想よりも大きかったのは、この結合の緩さが関係している可能性が大いに考えられます。

関連記事: 予想以上の結果を改めて確認 NASAの小惑星軌道変更ミッション「DART」を検証 (2023年3月15日)

今回のモデル計算が正しいかどうかは、予定通りならば2026年にヘラの撮影によって検証することができます。そしてこれが正しい場合、将来的に起こる “本番” のシミュレーションの改善にもつながるでしょう。

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文/彩恵りり

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