【書方箋 この本、効キマス】第59回 『仕事と江戸時代』 戸森 麻衣子 著/濱口 桂一郎

馬の世話役もジョブ型!?

この書評も2021年から始めたのでもう4年目になるが、その初めの頃に十川陽一『人事の古代史』(ちくま新書)を取り上げたことがある(関連記事=【GoTo書店!!わたしの一冊】第17回『人事の古代史―律令官人制からみた古代日本』十川 陽一 著/濱口 桂一郎)。古代から戦乱に明け暮れた中世を経て、平和な時代となった近世には、再び「働き方」が社会の重要な問題となった。本書は、戦士のはずだったのに官僚の道を歩まざるを得なくなった武士をはじめ、武家奉公人、商家の奉公人、職人、百姓に至るまでの、江戸時代の「働き方」万華鏡を垣間見せてくれる。

まず武士だが、そもそも主君のために戦うことの対価であった知行が俸禄化するが、それは「家」に与えられるいわば武家ベーシックインカムであって、実際の役職とは関係がない。俸禄は役職に就いていない武士にも支給される。こういう社内失業者を「小普請組」といい、江戸の旗本の約4割は、そういう近世版「働かないおじさん」であったらしい。

一方で、社会の複雑化に対応して武士のやるべき仕事も高度化・専門化していく。剣術や四書五経ばかり学んできた「長期蓄積能力活用型」の武士は実務能力に乏しい。そこで、「高度専門能力活用型」の非正規武士の登用と「役職手当」で調整する。下級武士に一代限りの俸禄上乗せ(「足高」)をして財務経営などの仕事をやらせるに留まらず、実務的な知識を身に着けた町人・百姓を召し抱えて専門的な仕事をやらせる。伊能忠敬とか二宮尊徳はこの類いだ。

幕末には、近代軍事技術に対応するために、各藩の藩士を幕府に「在籍出向」(「出役」)させることもみられた。長州藩の村田蔵六もその一人だが、出向元の長州藩から帰藩を命じられれば戻らざるを得ない。彼はその後大村益次郎と名乗って、出向先だった幕府を倒す立役者となった。中津藩から出向して幕臣に移籍した福沢諭吉は、こういう身分制度を「親の仇」と呼んだのである。

一方、武士の家でさまざまな労務に従事するのは、武士ではなく町人・百姓身分の武家奉公人だ。彼らは江戸のハローワークたる口入屋からの紹介で、通常1年契約で住み込みで働く「雇用柔軟型」非正規労働者である。また、殿様の駕籠を担ぐ「陸尺」、馬の世話をする「別当」など、細かな職務ごとに雇われる近世版ジョブ型雇用であった。驚いたことに、江戸城の大手門の門番役もこうした短期雇用の町人・百姓であったという。

商家の奉公人も営業経理を担当する大企業正社員タイプと雑用に従事する非正規労働者タイプに分かれる。三井越後屋をはじめ、江戸の大店はほぼ上方に本店があり、子供(丁稚)は本店で(新卒ではないが)一括採用して、江戸の出店に配転される。彼らは手代、番頭、支配人と出世していく近世版メンバーシップ型雇用だが、落ちこぼれるものも多い。一方、下男下女は現地採用であり、口入屋経由の年季奉公であった。さらにその日その日で働いて賃銭を受け取る日雇労働者(「日傭取」)というのもいた。

このように、見れば見るほど現代と通じるものが感じられる江戸時代の働き方だが、女性の働き方は大きく変わった。武家屋敷の奥女中奉公というのは、今日ではドラマのなかでしか想像できない。一方、吉原などの遊女屋奉公は、かなり形を変えながら生き残っているようでもある。

(戸森麻衣子著、ちくま新書刊、税込1012円)

選者:JIL―PT労働政策研究所長 濱口 桂一郎

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