坂本龍一【80年代の歌謡曲仕事】岡田有希子、荻野目洋子、伊藤つかさ、前川清まで!  3月28日は教授こと坂本龍一さんの命日です

テクノ歌謡の名曲、伊藤つかさ「恋はルンルン」

「恋はルンルン」ってさぁ、作曲が坂本龍一なんだよ! どおりでテクノなわけだよ!

1982年、伊藤つかさのセカンドアルバム『さよなら こんにちは』を買った高校の同級生、Aくんが興奮して私に教えてくれたのを、42年経った今もよく覚えている。「エ、教授ってアイドルにも曲書くんだ?」と私も驚いた。

伊藤つかさは当時、冨田勲が社長を務めたジャパンレコード所属で、矢野顕子も在籍していた。名盤『ただいま。』と『愛がなくちゃね。』はジャパンレコード時代の作品で、教授は共同プロデュースで参加している。そんな縁もあってか、この『さよなら こんにちは』には矢野と教授が作家として参加。それぞれ別個に曲を提供している。

Aくんが大興奮したテクノ歌謡「恋はルンルン」は、作曲・編曲が坂本龍一。作詞はコピーライター・仲畑貴志というと、いかにも80年代なタイトルも納得だろう。ロリ成分満載の伊藤つかさの歌声に対して、曲はもろYMO風で、アイドル曲だからといって安易に歌謡曲に寄せてないところがいかにも教授らしい。どんな仕事でも手を抜かず、安易な妥協は一切しない人だったことがよくわかる。

教授の歌謡曲仕事を堪能いただきたい

そんな、音楽に関してはつねにガチンコだった教授が逝って、早いものでちょうど1年になる。あのとき追悼特集がいろいろ組まれたけれど、こういう “歌謡曲仕事” にももう少しスポットが当たってもいいんじゃないか? ちょうど教授関連の原稿依頼をいただいたので、この機会にちょっとまとめてみたい。

といっても、編曲だけ手掛けた歌謡曲は、わらべ「めだかの兄妹」や三田寛子「夏の雫」ほかあまりに多いので、今回は “教授が自分で作曲した作品” に絞らせてもらった。ぜひ、サブスクなどで曲を聴きながら、教授の確かな仕事ぶりを堪能していただきたい。

雪列車(1982)/ 前川清

前川清のソロデビュー曲。作詞は糸井重里。新たな門出の曲を教授に頼むとはずいぶん思い切ったなと当時思ったが、教授も妥協のない “大人のテクノ歌謡” を書き、傑作が誕生した。和のテイストも入っていて、ドラムは教授自身が叩いている。前川によると教授はレコーディングの際、納得の行く音が出るまで1日中ドラムを叩いていたそうで、スタジオ代がエラいことになったらしい。

前川が「教授はなんでそんなに一所懸命叩くんですか?」と聞いたところ、坂本いわく「和太鼓の音をドラムの中で出したいけど、その響きがなかなか出ないんですよ」ーー 何事にも妥協しない教授の仕事ぶりを物語るエピソードだ。

「TAKESHIの、たかをくくろうか」(1983)/ ビートたけし

ビートたけしが「オールナイトニッポン」のエンディングテーマに一時使っていた曲。作詞が詩人の谷川俊太郎で、作曲は教授が起用された。教授とたけしはご存じのとおり、大島渚監督の映画『戦場のメリークリスマス』で共演した間柄で、お互い活動ジャンルは違えど、触発し合える関係だった。

 雲のさけめから 陽がさして  小鳥たちが 空に散らばる  きれいな歌が 聞きたいな  世の中って こんなところだよ  たかを くくろうか

教授は、谷川のピュアで澄みきった詩に、美しいピアノの調べを乗せた。ビブラートのかかった、たけし独特の歌声を引き立たせるには、余分な装飾など不要。それを教授はよくわかっていた。ゆったりした3拍子で、聴く人に語りかけるようなこの曲は、木曜深夜、ラジオを聴いていてもスッと入って来た。「たけしなら、この曲を名曲にしてくれるだろう」と “たかをくくって” いたに違いない。

「無国籍ロマンス」(1985)/ 荻野目洋子

オギノメちゃん4枚目のシングル。作詞は岡田冨美子、編曲は入江純で、教授は作曲だけ担当した。この曲にも「雪列車」と似たエピソードがあって、教授はビクターのスタジオに2日ほどこもって、オケまできっちり作り上げたという。アイドルが歌うんだから適当にやっとけ、じゃないのだ。

サビの「♪あなたの腕の中で 教えてここはどこ?」のところで、急に一段ポーンと音が上がるところは、荻野目の歌唱力を認めていたからこそだろう。「私はマイナーなほうの目立ちたがり屋。ふわって感じで目立つのが好き」と当時語っていた彼女の魅力を、みごとに引き出している。

「くちびるNetwork」(1986)/ 岡田有希子

岡田有希子、初のオリコン1位曲。作詞は事務所(サンミュージック)の先輩・松田聖子で、作曲が教授だった。私は同郷・同世代なので応援していたが、残念なことにこの曲はユッコの “遺作” になってしまった。

聖子の詞がけっこう大胆なのに、ユッコが歌うとソフトで可愛らしく聴こえるのは、彼女の声質と歌唱力もあるが、曲のおかげもあると思う。教授は彼女の歌声がどうしたらよりキュートに聴こえるのか、きちんと計算してこの曲を書いたのだ。あの日、テレビから何度も何度もこの曲が流れてきたけれど、「教授はユッコに素敵な曲を書いてくれたんだな」と私はあらためて感謝した。

「もしもタヌキが世界にいたら」(1983)/ ユミ

忘れちゃいけない、最後にこの曲も紹介しておこう。フジテレビ系『なるほど!ザ・ワールド』のエンディングテーマ。1983年、番組が通算100回となるのを記念して作られた曲で、作詞は荒木とよひさ。作曲・編曲は教授だ。

歌っている “ユミ” は、3人組アイドルグループ、ソフトクリームのセンター・遠藤由美子。八重歯がカワイかったのでご記憶の方も多いだろう。実はこの曲、歌詞が10番まであるのだ(笑)。

(1番)  もしもアメリカにタヌキがいたら   カーボーイタヌキになるでしょう  ハロー ハロー タヌキさん 首都はどこ?  ハロー ハロー それはね ワシントン

(3番)  もしもブラジルにタヌキがいたら   サンバタヌキになるでしょう  ボンディア ボンディア タヌキさん  首都はどこ?  ボンディア ボンディア それはね ブラジリア

こんなふうに、各国の名物と挨拶と首都が自然と覚えられるという画期的な歌だ(ブラジルの首都はリオじゃないんだぞ!)。普通10回も同じフレーズを繰り返せば途中で飽きるが、この曲は飽きが来ない。なぜなら教授のアレンジが秀逸で、各パートごとにその国にちなんだ “音” が仕込んであるからだ。

たとえばブラジルの場合、クインシー・ジョーンズの「ソウル・ボサ・ノヴァ」でもおなじみのクイーカ(あのウホウホという楽器)が入っているという具合だ。これを10ヵ国分作るのってかなり大変だったと思うが、教授はここでも全力投球。いま40代からアラフィフで、子どもの頃『なるほど!ザ・ワールド』を観ていたあなた!もし今でも各国の首都をスラスラ言えたとしたら、それは坂本龍一のお陰だ。あらためて、教授のガチンコな姿勢に敬礼!

カタリベ: チャッピー加藤

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