原イズムの継承と独自色のトレード…阿部新監督は「原巨人を終わらせる」ことができるのか?

「やっぱりキャッチャーをやらせてください!」(週刊ベースボール2005年11月23日号)

19年前、阿部慎之助は携帯電話を握りしめ、そう宣言したという。電話の相手は2005年秋に巨人監督に復帰したばかりの原辰徳だった。05年シーズンの阿部は打率.300、26本塁打をマークも右肩痛に悩まされ、守備面では盗塁阻止率.264と低迷。一時は本人も打撃に専念するための野手転向へ前向きな発言をしていた。原監督は一塁ならばもっと打てるとも考えたが、「最終決断はもう一度、話し合って決めよう」と阿部の答えを待ったのだ。

前任者の堀内恒夫監督も、阿部をアマ時代に経験のある三塁へ転向させ、小久保裕紀(現ソフトバンク監督)を一塁で起用するプランを温めていたが、それが実現する前に05年のリーグ5位という成績不振により退任した。

そして、年間80敗を喫したチームの再建を託され3年ぶりに戻ってきた原監督のチームは、ベテランの清原和博とタフィ・ローズを放出し、オフに野口茂樹(中日)、豊田清(西武)、ジェレミー・パウエル(オリックス)らを獲得して投手整備をする一方で、イ・スンヨプ(ロッテ)を加入させ、当時若手だった内海哲也や亀井善行らを積極的に起用する。

勘のいい読者の方はすでに気づいていると思うが、06年の第二次原政権の始まりは、2年連続Bクラスに低迷中で、阿部慎之助監督が就任した2024年の巨人とチーム状況が非常に似ているのだ。阿部巨人は、オフに中田翔やウォーカーを放出して、昨季リーグ5位のチーム防御率3.39に終わった投手陣の再編をすべく、高橋礼、泉圭輔、近藤大亮、馬場皐輔、ケラーらを立て続けに補強。オープン戦では新人選手の西舘勇陽や佐々木俊輔らを積極的に起用している。

◆ 阿部新監督から漂う“タツノリイズム”

振り返れば、05年にチーム最多の70試合に登板したブライアン・シコースキーを解雇する最終決断をオフに下した原監督は、「あのポジションを若手が競って奪い取ってほしい」とその理由を明かしていた。

「選手を起用していくときにポジションを空けて、“さあどうぞ”ということはしない。でも、若い選手がポジションを奪って育っていける環境を作ることは大事だと思っている。(中略)いきなり先発というのではなく、中継ぎのポジションを実力で勝ち取って実績を作り、結果を残して、次の階段を上がっていく。若手の中からそういう投手が出てこない限り、優勝争いに加わっていくことはできない」(週刊ベースボール2005年11月30日号)

この原コメントに既視感を覚えるファンは多いのではないだろうか。そう、阿部監督は昨季73試合にセンターとして先発出場したルイス・ブリンソンと契約更新せずに、「外野の司令塔になってほしいので若い日本人センターを育てたい」(報知プロ野球チャンネル)と明言。さらに「ファームで好投しても一軍でいきなり先発させない」という発言も話題になった。

まさに阿部新監督から漂うタツノリイズム。だからキャンプでもう獅子舞芸が見たいなんて言わないよ絶対。かと思えば、先日は第三次原政権で多くのチャンスを与えられた若林晃弘を放出。自身の二軍監督時代に対戦経験のある、複数ポシションをこなせるユーティリティー捕手・郡拓也を日本ハムからトレードで獲得といった独自色も打ち出すしたたかさも併せ持つ。阿部采配は、さっそくオープン戦で試合中に郡の守備位置を捕手から三塁へ変更させる起用法を試してみせた。

さらに開幕直前の26日夜、球団は新外国人選手のルーグネッド・オドーアの退団を発表。メジャー178発男もオープン戦は打率.176と低迷しており、開幕二軍調整を伝えられると、本人から帰国の申し出があり、退団となった。ちなみに05年に巨人が抑え候補で獲得したダン・ミセリは、開幕戦でセーブ失敗後も二軍に落とせない契約が足枷となり、防御率23.63とまったく戦力にならず、4月中に退団した。この時、正捕手として一部始終を見ていたのが現役時代の阿部監督である。過去の苦い経験が、元大物メジャーリーガーに対しても特別扱いしないスタンスへと繋がっているのではないだろうか。当時のチーム状況をのちに、阿部本人はこう振り返っている。

「そのときも錚々たるメンバーがいたんですけどね。そういう個々に力のあるメンバーがいたとしても、まとまりのあるチームにならなければ勝てないんだな、と痛感しました」(「ジャイアンツ80年史 PART.4」ベースボール・マガジン社)

◆ 原巨人の次の時代へチームを導くことを求められる

2006年、47歳の原辰徳は27歳の阿部慎之助を中心にチーム再建に乗り出そうとしていたが、2024年、45歳になった阿部新監督は27歳の岡本和真を軸としたチームで新シーズンを戦おうとしている。

なお、第二次政権が始まった06年の原巨人はリーグ4位に低迷するも、翌07年からリーグV3を達成した。歴史は繰り返されるのか、それとも———。今季の巨人はオープン戦を7勝8敗1分で終えたが、まずはAクラス復帰が現実的なノルマになるだろう。10数年前とは巨人を取り巻く球界の環境も大きく変わった。あの頃のように小笠原道大やアレックス・ラミレスら超大物選手を立て続けに獲得して、チームを一気に再構築する手法を現代で再現するのは難しい。

だが、それでも阿部巨人に懸かる期待は大きい。巨人は2012年以来、日本一から遠ざかっているが、当時まさにキャッチャーとして全盛期を迎えていたのが選手・阿部だった。12年の阿部はチーム防御率2.16の強力投手陣をリードする絶対的捕手の役割に加えて、四番としても首位打者や打点王に輝き、MVPを獲得。02年オフの松井秀喜の渡米以降、巨人関係者やファンに根強く残っていた日本人四番打者の待望論にピリオドを打った。いわば、阿部慎之助は松井最強論を終わらせたのだ。

そして、今度は在任17年間でリーグ優勝9回、日本一3回という圧倒的な成績を残した、原巨人の次の時代へチームを導くことを求められるだろう。そのためには数年かかろうが、とにかく勝って、チームの歴史を更新していくしかない。

阿部新監督は、名実ともに偉大な「原巨人を終わらせる」ことができるのか———。3月29日、球団創設90周年を迎えた巨人軍にとっても、ターニングポイントになるであろう新シーズンが幕を開ける。

文=中溝康隆(なかみぞ・やすたか)

© 株式会社シーソーゲーム