宮藤官九郎が描き続けてきた分類できない人間の複雑さ 『ふてほど』が突きつけた“限界”

いよいよ残り1回となった宮藤官九郎が脚本を手がける連続ドラマ『不適切にもほどがある!』(TBS系)。

本作は、昭和から令和にやってきた不適切な発言と行動を行う体育教師の小川市郎(阿部サダヲ)が巻き起こす騒動を描いた意識低い系タイムスリップコメディだが、最新話となる第9話は、第8話に続き苦いエピソードとなった。

今回は、EBSテレビでカウンセラーとして働く市郎の元にAP(アシスタント・プロデューサー)の杉山ひろ美(円井わん)が訪問し、プロデューサーの犬島渚(仲里依紗)が社内報で発言した「妊活している後輩の女子社員」とは私のことで、本人の性的嗜好やプライバシーを暴露するアウティングに当たり、マタハラではないかと言う場面から始まる。

この話を市郎から聞いた渚は、特定の誰かについて話をしたわけではないと言い、今度会ったら謝っておこうと思う。しかし、それだと市郎が渚にカウンセリングの内容を話したことが守秘義務に反したことになり、逆に市郎が訴えられてしまうことに渚は気づく。プライバシーに対する考え方が昭和と大きく違うことに市郎は困惑する。

その後、杉山は妊活していることを積極的に言っていく形に方針転換。妊活の予定が詰まっていて仕事に入れない杉山に対して、渚は「いないものとしてシフトを組んどくから、これたら顔出して」と発言。その言葉を杉山がハラスメントだと受け取り、会社に訴えたことで、渚は1カ月の謹慎処分となってしまう。

今回の第9話は、アプリ開発会社で働く秋津真彦(磯村勇斗)が部下からハラスメントで訴えられるかもしれないと上司から言われる第1話と、育児をしながらバラエティ番組のプロデューサーとして働く渚が働き方改革の影響で思うように仕事ができずに苦悩する様子を描いた第2話の発展形だが、物語から受ける印象は大きく異なる。

そう感じるのはミュージカルシーンを通してお互いの主張をぶつけ合うことで話し合うという解決策が話数が進むごとに機能しなくなり、逆に令和という時代に「話し合う」ことがいかに難しいことかが、炙り出されているからだろう。

会社の先輩をパワハラで訴える後輩と言うと、宮藤が2016年に手がけた連続ドラマ『ゆとりですがなにか』(日本テレビ系)に登場する「ゆとりモンスター」と劇中で呼ばれた山岸ひろむ(仲野太賀)のことを真っ先に思い出す。しかし、ギリギリのところで対話が成立していた『ゆとりですがなにか』の山岸と比較すると、『不適切にもほどがある!』の杉山との間には対話がまったく成立しておらず、これが平成後期と令和の違いなのかと思い知らされた。

第9話のタイトルは「分類しなきゃダメですか?」で、渚のハラスメント問題と並行して3組のカップルの恋愛が描かれた。

属性を細かく記入できるマッチングアプリで知り合った真彦と矢野恭子(守屋麗奈)、令和の価値観から見ればモラハラにあたる熱烈な求愛行動を繰り返す教師の安森(中島歩)の本当の姿がわからず分類できないのになぜか惹かれてしまう令和から昭和にやってきたフェミニストの社会学者・向坂サカエ(吉田羊)、令和に行ったことで価値観が変わり真面目に勉強をするようになった小川純子(河合優実)と令和の世界を見ても自分を貫くムッチ先輩(磯村勇斗)。この3組の恋愛の顛末は、描き方こそ異なるものの、恋愛相手に求める細かい属性のマッチングと実際の意識のズレが描かれていた。

タイトルの「分類」には、マッチングアプリのプロフィール欄からペットボトルの捨て方まで、さまざまな状況と重ねられている。そして、渚の父・ゆずる(古田新太)が渚の噂話をする団地の住人に「俺の娘を社会の基準で分類するな」という台詞に、作り手のメッセージが最も強く表れていると感じた。

市郎と渚たちが純子の墓参りをしている場面で、娘、母親、先輩、妻といった異なる立場で純子と自分たちは繋がっていると、それぞれが自覚するシーンがある。つまり、純子のことがそれぞれの立場から多面的に描かれ、属性で括れない一人の人間として示されている。

渚の描き方にしても同様で、属性で簡単に切り分けることのできない人間の複雑さこそが、宮藤がこれまでドラマで描いてきたことで、彼の作家性が強く表れた回だったと言える。だが同時に、家族や友人という身近な存在とは言えない杉山の複雑な心情に寄り添うことは難しいという限界を示した回でもあった。

渚を心配する市郎が彼女を連れて昭和に向かう場面で第9話は終了したが、最終話では昭和という時代に触れた渚が元気になって令和に帰ってくるのではないかと予感させる。対して杉山の描写はブツ切れとなっており、第8話と同じく苦い後味を残した。

あえて物語の中で彼女の問題が解決されなかったからこそ、どうして彼女はあそこまで追い詰められてしまったのか? そして、渚たち社員は彼女とどう向き合えばよかったのか? と悶々と考えてしまう回である。
(文=成馬零一)

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