【処理水の波紋】逆風こそチャンスに 販路拡大へ奮闘

水揚げされたヒラメを手にする久仁彦さん(左)と弟の由樹さん。逆境を好機と捉え始めている

 東京電力福島第1原発で発生する処理水の海洋放出開始後、全国に県産水産物支援の動きが広がった。今も各地で販売支援のイベントが相次ぐ。風評への不安を抱えてきた県内事業者は、逆境の中で吹き始めた追い風を新たな需要や販路開拓につなげようと奮闘する。

 「本当に売れるのか」

 「本当に売れるのだろうか」。相馬市で海産物の販売や加工などを手がける中沢水産社員の中沢久仁彦(34)は、処理水が放出される中で販売を控えた新商品の行方が気がかりだった。

 父が社長を務める中沢水産に入社し2年目。同社は、震災前まで相馬で水揚げされた活魚を首都圏などに卸し、震災後は加工品にも手を広げて事業を続けてきた。昨年、弟由樹(30)と初めて挑んだのが個人向けの商品開発だった。相馬産ヒラメとアオサを使ったパック入りの「海鮮ぶっかけ丼」。その企画を進めていたさなかの昨年8月、処理水の放出が始まった。

 不安は大きかった。しかし12月に販売を始めると、ネット販売を中心に「月1000パックぐらい」だった販売目標を大きく上回る販売数を記録した。本県水産物応援の後押しもあり、首都圏や関西圏のフェアに参加した際には、持ち込んだ商品が売り切れることもあった。「『福島産だから』という声は耳にしなかった。処理水への不安を逆にチャンスと考えるようになった」。今年も新たな商品の開発に取り組む予定だ。

 「自分たちも変わる」

 「『応援してくれるから頑張ろう』と考える事業者が増えている」。被災事業者などの支援に取り組む福島相双復興推進機構(官民合同チーム)で水産物の販路など支援に取り組むプロジェクトチーム長の大友誠(59)は、処理水放出を機に広がった支援に伴う県内事業者の変化を感じている。県内には震災後に就業した若い担い手も多く「応援の動きをチャンスと感じ、変わろうとしている事業者は少なくない」という。

 ただ、商機拡大には課題も多い。販路を広げるには商品の安定供給が不可欠だが、本格操業に向けた途上にある本県漁業の水揚げ量は震災前には戻っておらず、商品を届けるための物流の確保なども簡単ではない。

 それでも、相馬市で息子たちの商品開発を見守ってきた中沢水産社長の中沢正英(58)は処理水放出を機に事業者も変わる必要があると話す。「外国人向けの取引では止まったものもあり風評はゼロではない。相馬では水揚げされる魚種も変化している。今、自分たちも対応を変えていく時期に来ている」(文中敬称略)

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