補助金停止で苦境に立つ朝鮮学校、ひねり出した意外な対策が大人気 日本人ボランティアも次々応募、でも「美談じゃない」学校なのに保健室の先生すらいなかった

朝鮮学校の授業風景

 さいたま市の埼玉朝鮮初中級学校には、朝鮮半島にルーツを持つ子どもたちが通う。公立、私立の学校に通う子どもと大きな差はないが、埼玉県は1982年以降支給されてきた補助金を、2010年に停止した。北朝鮮の拉致問題やミサイル発射が理由とされた。
 そのせいで学校の財政状況は苦しい。子どもの健康を守るための「保健室の先生」さえ2022年まで置けなかった。
 停止は子どもたちに直接関係のない政治事情によるもの。ただ、埼玉県は抗議の声に耳を傾けようとしない。県の人権・男女共同参画課の担当者でさえ、学校側に「不支給は人権の問題ではない」と発言する始末だ。学校側は「他の外国人学校は支給されるのに、朝鮮学校だけ不支給とするのは差別的だ」と主張しているが、県は応じていない。
 苦境に立つ学校が、運営費や先生の給料に充てるため定期的に開催しているのがキムチを販売するイベント「埼愛キムチ」だ。本場の味だけに評判は高く、注文が全国各地から寄せられる人気ぶり。さらに、運営には外部からボランティアも集まってきた。朝鮮学校と交流しようとしているのは、どんな人たちなのだろうか。(共同通信=赤坂知美)

ビニール袋に詰められたキムチ

 ▽盛況のイベント、でも「美談じゃない」
 「埼愛キムチ」は2カ月ごとの開催。サキイカやレンコン、ネギなどキムチの種類は多彩で、ユッケジャンうどんや冷麺も季節ごとに販売する。
 交流サイト(SNS)や口コミで話題となり、全国各地から注文が寄せられる。3月は約2500個を発送した。多いときには3千個を超えることもある。
 イベント当日は多くの人が集まり、明るい雰囲気だ。ただ、学校関係者は「決して美談じゃないんですよ」とつぶやく。補助金の不支給という問題が背景にあるからだ。

キムチの発送作業をする保護者ら

 ▽補助金停止、子どもの学びに影
 政治的判断が学校生活に落とす影を実感している人に話を聞いた。この学校で「保健室の先生」を務める裵佳音(ペ・カノン)さん(31)だ。
 裵さんは日本人だが、夫は在日韓国人。ルーツを学んでほしいと思い、息子の通学先に朝鮮学校を選択した。入学手続きで学校を訪問した際、校長からこんな相談を受けた。
 「保健室で働いてくれる人を探している」
 学校は前身時代から70年以上、保健室の先生がいなかった。裵さんが現役の看護師だと知っての依頼だった。

子どもの手当をする裵さん

 日本で学校に通った裵さんにとって、保健室の先生が不在という現実は驚きだった。少し迷ったが、依頼を受けることに。「医療知識のある大人がおらず、けがや病気の子どもが1人で寝ていると思うと居ても立ってもいられなかった」
 着任当初、保健室には古いベッドが2台あるだけでスペースの半分は物置になっていた。消毒液やばんそうこうは数点のみ。まずは机、タオル、新しい布団などを購入してもらった。
 仕事を始めてから、自らの知る学校との格差に気付かされた。朝鮮学校には給食、図書室、プールの授業がない。健康診断や保健・衛生教育も自助努力だった。
 子どもたちは保健室に来る前に傷を水で洗うことも知らなかった。この学校ではそれまで「保健室の先生がいない」ことが当たり前。学校に何が不足しているのか、気づけない状況だったことにも衝撃を受けた。
 朝鮮語がわからず苦労することもあるが、仕事にはやりがいを感じている。それだけに、経営難で設備が十分に整わないことには不安がある。
 「朝鮮語を話せる以外、子どもたちに違いはない。国は子どもたちの未来をきちんと考えてほしい」

授業を受ける子どもたち

 ▽「学校の属性に注目した差別だ」
 不支給を続ける埼玉県の姿勢には、学校外からも批判の声が上がる。埼玉県弁護士連合会は2013年、子どもの権利条約に反するとして、支給を求める会長声明を出した。15年には県に「警告」を突き付けている。
 補助金問題に取り組む「有志の会」共同代表を務めている明治学院大学の猪瀬浩平教授は県の姿勢を批判する。
 「属性だけに注目し、学校の補助金支給に差をつけることは明らかな差別だ」
 猪瀬教授は文化人類学とボランティア学が専門だ。埼玉県が姿勢を変えようとしない中、個人でもできることを聞くと、「インターネットが普及した今だからこそ、同じ場を共有し、対話を大切にしてほしい」と提案してくれた。猪瀬教授自身、さいたま市内の農園で朝鮮学校の関係者と知り合った。その後、学校訪問や対話を重ねて歴史を学んだ。
 猪瀬教授は強調する。「顔の見える人々が差別的な扱いを受けていると知ったとき、どう思うか。まずは、個人個人でつながり、関係を築くことが重要だ」

農作業をする猪瀬先生。この田んぼで学校関係者と出会った

 ▽ボランティアは「推しに恥じない行動したいから」
 キムチ販売は今年で7年目を迎える。販売数は増えたが、購入者と学校が、支援する側、される側の関係が固定化されていた。
 外部の人が朝鮮学校に関わることは少ない。補助金問題で抗議運動を行っても参加者は関係者ばかりで、高齢化も課題だった。外部の人々と補助金問題を考える機会になればと、学校は今年からボランティアの募集を開始した。
 告知に20~50代の男女10人が手を挙げた。みんな日本人で、きっかけは人それぞれ。近くに住む50代の女性は「購入するだけでなく、学校のために何かできないかと思って」と話す。Kポップファンだという30代女性は、「韓国にいる『推し』に恥じないことをしたいと思った」と明かしてくれた。

キムチを手渡すボランティア

 ▽「また来たい」後日届いたメッセージ
 ボランティアは保護者らとキムチの箱詰めや発送作業を行い、イベントに来た客に商品を手渡した。休憩時には好きなキムチや韓国ドラマの話で盛り上がり、学校に関する質問も相次いだ。
 後日、ボランティアからこんなメッセージが学校に届いた。
 「キムチの発送作業以外にも何かあれば声をかけてほしい」「また来たい」
 ある学校関係者は「募集前は緊張したが、すてきな縁にめぐまれた」と笑顔を見せた。

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