国立西洋美術館初の現代美術展『ここは未来のアーティストたちが眠る部屋となりえてきたか?』展示の模様をレポート

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小田原のどかの展示より、奥に五輪塔、床にオーギュスト・ロダン《青銅時代》1877年(原型)、西光万吉《毀釈》1960年代、床にオーギュスト・ロダン《考える人》1881-82年

20世紀前半までの西洋美術を収蔵・展示してきた国立西洋美術館で、現代アーティストとの初の大規模なコラボレーション展『ここは未来のアーティストたちが眠る部屋となりえてきたか?——国立西洋美術館65年目の自問 | 現代美術家たちへの問いかけ』が3月12日(火) に開幕した。小沢剛、長島有里枝、ミヤギフトシら21組が参加し、5月12日(日) まで開かれている。

国立西洋美術館は、第二次世界大戦後にフランス政府から寄贈返還されることになった松方コレクションを収蔵、展示する施設として1959年に設立された。実業家・松方幸次郎が日本の若い画家たちに「本物の西洋美術を見せたい」と収集された西洋美術コレクション。戦後に国立西洋美術館の創設に協力した当時の美術家連盟会長の安井曾太郎は〔松方コレクションの〕「絵がもし返ってきた時、誰が一番これの恩恵を受けるんですかと、それは日本国民全部かもしれんけども直接的には我々美術家じゃありませんか」との思いを表明していた。つまり、未来を生きるアーティストに資するためにこの美術館ができたのではないか。開館から65年目を迎え、「国立西洋美術館は、未来のアーティストたちが生まれ育つ場所となりえてきたのか」という自問を込めてこの展覧会はつくられた。3月11日に開かれた記者内覧会で、同展を企画した国立西洋美術館主任研究員の新藤 淳は「作家の皆さんの熱量を持った反応によってこの展覧会は成り立っています」と感謝を述べた。

記者内覧会。国立西洋美術館主任研究員の新藤 淳(中央)と出展作家たち

展覧会は0章〜7章と「反-幕間劇」で構成。同館設立の資料を展示した0章をはじめ、多大な文脈から編まれている。印象に残る作品をいくつか紹介したい。第1章「ここはいかなる記憶の磁場となってきたか?」は、所蔵作品と現代作家の対話のような展示だ。同館が所蔵するポール・セザンヌの油彩画と、その作品を見た内藤礼の新作絵画。一見、白い色面のような内藤作品はじっと見ていると色彩が浮かんでくる。また、同館で開催された1974年の「セザンヌ展」や1981年の「モーリス・ドニ展」に触発されたという批評家で画家の松浦寿夫も独自の絵画で応答している。

左から、ポール・セザンヌ《葉を落としたジャ・ド・ブッファンの木々》1885-86年、内藤礼《color beginning》2022-23年
左から、ポール・セザンヌ《ポントワーズの橋と堰》1881年、松浦寿夫《キプロス》2022年

続く第2章「日本に『西洋美術館』があることをどう考えるか?」では、日本の近代彫刻史を研究する彫刻家・美術評論家の小田原のどかが、新作インスタレーションの中でロダンの彫刻を横倒しにして展示。実際に美術館の収蔵庫で、地震対策も兼ねて横倒しで保管されているのを見て発想したという。併せて、部落解放運動の出発点であるとともに日本最初の人権宣言といわれる「水平社宣言」を起草した画家・西光万吉の掛け軸を展示。「転倒」に「転向」を重ねて複層的な問題提起がなされている。

小田原のどかの展示より、奥に五輪塔、床にオーギュスト・ロダン《青銅時代》1877年(原型)、西光万吉《毀釈》1960年代、床にオーギュスト・ロダン《考える人》1881-82年

また、第4章「ここは多種の生/性の場となりうるか?」では、写真家・鷹野隆大が、「国立西洋美術館の所蔵品がもし現代の一般的な部屋に並んでいたらどう見えるか」と考え、展示室にIKEAの家具を並べ、その中に所蔵作品と自身の写真作品を配置した。また、飯山由貴は松方コレクションの成り立ちを批判的に読み解く展示壁を制作し、鑑賞者の声も拾えるように仕立てた。

鷹野隆大の展示より、壁面にはギュスターヴ・クールベ《眠れる裸婦》1858年、鷹野隆大《kikuo(1999.09.17.Lbw#16)「ヨコたわるラフ」シリーズより》1999年
飯山由貴《この島の歴史と物語と私・私たち自身——松方幸次郎コレクション》(2024年)より

階段から続く「反-幕間劇——」と称した弓指寛治のインスタレーションも胸に残る。近年の上野公園整備に伴い、あまり姿が見えなくなった路上生活者を山谷地区に訪ねて描いた肖像画などを展示。もとは新藤のリクエストから始まったため、新藤を誘って山谷に出かけ、路上生活者をケアする看護師たちにも出会っていく。亡くなった路上生活者がつくりためた作品群が異彩を放つ。

弓指寛治の展示より
弓指寛治の展示より。路上生活者に出会っていく様子やそれぞれの人生の物語などが描かれている

ところで、行方不明だった松方コレクションのクロード・モネ《睡蓮、柳の反映》が2016年にルーヴル美術館で発見されたのち、国立西洋美術館に所蔵となったニュースをご記憶だろうか。第5章「ここは作品たちが生きる場か?」では、竹村京が、この絵画の欠損部分を補完するように大きな布に絹糸を刺し、モネ作品にベールを重ねるようにインスタレーションした。残っていたモノクロ写真をもとに、色彩や筆跡を推察してつくりあげたという。「モネの眼になってつくるのが楽しかった」と竹村が語る、時空を超えたコラボレーションだ。

竹村京《修復されたC.M.の1916年の睡蓮》2023-24年 釡糸、絹オーガンジー作家蔵 裏側にクロード・モネ《睡蓮、柳の反映》(1916年)が展示されている

さらに最終章では、梅津庸一、坂本夏子、杉戸洋に物故作家の辰野登恵子を加え、日本の現代作品がポロックら同館所蔵作品といかに拮抗しうるかを見せる。

左から、辰野登恵子《Work 85-P-5》1985年、ジャクソン・ポロック《ナンバー8、1951 黒い流れ》1951年、坂本夏子《Tiles》2006年
左壁面は杉戸洋作品、右壁面と手前の立体は梅津庸一作品

ほかに、常設展の絵画を子どもや車椅子の目線に下げて展示することなどを提案した田中功起作品ほか、さまざまな方向から美術館に問いかけがなされている。なお、飯山由貴は記者内覧会の最後、国立西洋美術館はオフィシャルパートナーを務める企業にイスラエルと武器貿易をしないよう働きかけてほしいと有志とともに訴えた。開会式終了後には、同じく出品作家の遠藤麻衣も、作家の百瀬文とともにアクションを行った。今、主にヨーロッパのミュージアムでは、現代の問題に応答すると同時に、過去の歴史とどう向き合うかを検証し始めている。そうした世界の動きに連なる行為ともいえるだろう。

取材・文・撮影:白坂由里

<開催概要>
『ここは未来のアーティストたちが眠る部屋となりえてきたか? ──国立西洋美術館65年目の自問|現代美術家たちへの問いかけ』

2024年3月12日(火)~5月12日(日)、国立西洋美術館にて開催

公式サイト:
https://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/2023revisiting.html

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