【韓国ドラマ】拍子抜けするほどの薄味が魅力!韓国人の味覚を変える!?『タッカンジョン』『恋愛体質』に登場する「平壌冷麺」はどんな料理?〈後編〉

ソウルの老舗のひとつ「平壌麺屋」(東大門歴史文化公園)の平壌冷麺

タッカンジョン(フライドチキンの一種)に変身してしまった娘(キム・ユジョン)を人間に戻すため、娘の父親(リュ・スンリョン)とともに青年(アン・ジェホン)が奮闘するNetflixドラマ「タッカンジョン」。第3話のアン・ジェホン扮する青年の回想シーンに登場したのが、朝鮮民主主義人民共和国(通称:北朝鮮)発祥の平壌冷麺店だ。

『タッカンジョン』のイ・ビョンホン監督がアン・ジェホンと組んだドラマ『恋愛体質~30歳になれば大丈夫~』でも、主人公カップル(チョン・ウヒ、アン・ジェホン)が平壌冷麺店でデートする場面があった。

ここでは、朝鮮戦争(1950年~1953年)のとき北側からの避難民によって南側にもたらされ、今やソウルの名物料理と言ってもいい平壌冷麺について見てみよう。(記事全2回のうち後編)

■昔ながらの平壌冷麺はどこにある?

平壌冷麺の発祥は北朝鮮だが、かの国は慢性的な食糧不足なので、いま、平壌の冷麺専門店や高級ホテルのレストランで提供されているものが昔ながらの平壌冷麺かというとそれは疑問だ。

2015年、韓国人である筆者は自分が行けない北朝鮮の旅行記出版のため、代わりに日本人ライターに平壌・開城・元山・咸興の5泊6日パッケージツアーに参加してもらった。そのときのライターの平壌冷麺の感想と、2001年にツアーで北朝鮮に行き平壌冷麺を食べた別の日本人編集スタッフの感想がずいぶん違った。

2001年のものは麺に蕎麦粉の香りがあり、スープは拍子抜けするほどあっさりしていたが、2015年のものは麺が黒っぽく、スープは唐辛子が多く用いられてかなり辛かったというのだ。

平壌「玉流館」の平壌冷麺は、チェンバンと呼ばれるお盆で供された(2015年)

ごく最近、日本の千葉市で平壌冷麺の店「ソルヌン」をオープンした平壌出身の脱北者、ムン・ヨンヒさんの話によれば、「麺が黒っぽいのは、食糧難で確保しにくくなった蕎麦粉より、北朝鮮北端で大量に収穫できるジャガイモを冷凍保存したものの割合が大きくなっているからでしょう」とのことだった。

高麗ホテルの平壌冷麺を再現した「ソルヌン」の平壌冷麺は、日本で食べられるもののなかでもっとも本場に近いと思われる。

今、ソウルの専門店で出されている冷麺のほうが昔ながらの平壌冷麺に近いのかもしれない。食べ物が昔ながらの姿を保つには、材料の安定供給が不可欠だからだ。これらの店の多くは朝鮮戦争のとき北側から南側にやってきた避難民が始めた店だ。

平壌観光で外国人旅行者が泊まることの多い高麗ホテルのレストランの平壌冷麺は、「玉流館」と比べると辛くなく、あっさりしていたという
高麗ホテルの平壌冷麺を再現した千葉の新店「ソルヌン」の平壌冷麺

■淡白な平壌冷麺が韓国人の味覚を変える?

本家を差し置いて我が国の平壌冷麺自慢をしてしまったが、じつは韓国の幅広い層が平壌冷麺の魅力を知ったのはこの十年くらいのことだ。それ以前は、土日に平壌冷麺の店に行くと、北朝鮮訛りの韓国語で酒とスユクと冷麺を楽しむお年寄りが目立っていた。北側から避難してきたものの南北分断の固定化で故郷に帰れなくなった人たち、いわゆる失郷民である。

それが変わったのはグルメ番組が平壌冷麺の店を取り上げるようになってからだ。テレビの影響でソウルの有名店には行列ができるようになった。

しかし、その頃、初めて平壌冷麺を食べた人の感想には、「味がしない」「あっさりし過ぎ」「辛いピビムネンミョンのほうが冷麺を食べたって気がする」という言葉が多かった。

甘くて辛い薬念ソースの刺激に慣れた者には、繊細な薄味は理解しにくかったのだろう。かくいう私も、ムルネンミョンとピビムネンミョンの二択ならピビムネンミョンを選ぶことが多い。

ソウルの「筆洞麺屋」や「乙支麺屋」の源流、議政府「平壌麺屋」のピビムネンミョン

私たち韓国人は、「辛いものがないと食べた気がしない」とか「辛さの中に味がある」などと言いつつ、辛い物に依存している食生活にどこかコンプレックスを抱いている。

とくにSNSの発達で誰もがモクパン(食レポ)をするようになると、平壌冷麺の洗練された薄味がわからないと食通とはいえないような空気になった。

平壌冷麺は韓国人の味覚と食文化を変えるといわれるくらい、影響力のある食べ物なのだ。

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