Vol.2 フェムテックが進化する一方で、日本の性教育は後退?【「性を語る会」代表 北沢杏子さんインタビュー】

By 北沢 杏子

世界的に広がるフェムテックに対する動きを一過性のブームに終わらせずに、そしてより身近に、自分ごととしてとらえていくためにも、FYTTEでは、2024年のヘルスケアトレンドとして、フェムテックの知識や実践を重ねるフェム・トレーニング、「みんなのフェムトレ」を提唱。「フェムトレ」の原点でもある自分の体を知る学びのひとつに「性教育」があると考えています。性教育実践者として長年活躍している北沢杏子さんにお話を伺う第2回目は、日本の性教育が世界的に遅れている事実から、私たち大人がいま、性教育を学ぶ意義について考えます。

「性交」について指導をしない、日本の教育現場

日本の性教育は、世界に大きくおくれをとっていることを知っていますか? 文科省の小学校学習指導要領には小学校5年生の理科で「人の受精に至るまでの過程(性交)」、中学校の保健体育で「妊娠の過程」はとり扱わないものとする――となっています。これが性教育の「はどめ規定」です。

「国際的な性教育の指針となるガイダンスとして世界70か国で採用されているのが、ユネスコなどの国際機関から発表された『国際セクシュアリティ教育ガイダンス』です。しかし日本は、中学校の保健体育でも妊娠の過程、つまり性交は、とり扱わないことになっているのです」と。
「私は『性交』について、愛しあうふたり(LGBTQも含めて)の最高の到達地点と思っている!」と北沢さん。

精子と卵子が結びつく「受精」は小学5年生の理科のメダカの誕生の過程で解説。人間の受精(性交)についてはカットされ、次の項には子宮内の胎児のイラストで示されているのみです。
日本では、正しい性交や避妊の知識が十分に得られていないのが現状です。正しい避妊法を知らなければ、望まない妊娠を招くことになります。性教育の知識があれば、パートナーから性行為を持ちかけられたとき、避妊して自分の体を守ることだってできるのです」(北沢さん)

人工妊娠中絶が可能な期間は法律で決められており、21週6日目までとなっています。性交後、月経が遅れていることを親にも誰にも相談できず、「どうしようか?」と迷っている間に中絶できる期間が過ぎてしまったというケースもあるのではないでしょうか。

「妊娠を相手の男性に告げたら逃げられ、妊娠したことを家族にも告げられず、学校に妊娠を知られたら自主退学の勧告を受ける…。社会的孤立に立たされるのが10代の女の子です。こうした現状が孤立出産を招き、さらにそれが死体遺棄・母子心中といった社会問題にも連鎖します。こうした問題を防ぐためにも、若いうちから性教育が必要なのです」(北沢さん)

『あなたとわたしと性』は「性を語る会」(1987年発足・代表北沢杏子氏)の機関誌。性に関するシンポジウムを開催して新しい情報を会員に配布。現在124号発行。

性教育は誰のため? ズレている日本の「性教育」の歴史

「はどめ規定」については、教育現場からも疑問視する声が挙がっていて、現在も議論が続けられています。しかし、そんな”遅れた”日本でも性教育が一時期ブームになったことがありました。それが1992年のこと。世界的にHIVウイルスが広まり、AIDS(エイズ)患者が増えていた時代です。

「1992年が世界中にHIVが拡大し、日本でも問題視されるようになりました。性的な接触でHIVに感染することから、日本でも性教育に力を入れようという考えが広まりました」(北沢さん)

しかし、HIVを蔓延させないための性教育は、本来の「生殖・妊娠・出産」を目的とした内容からずれたもの。そこでも「性交」の内容は避けられるものでした。やがてAIDS の治療薬が生まれ、感染者数の減少にともない性教育の熱も下火に…。
「近年では(児童・生徒の)性暴力防止法のために性教育を学ぼう、という動きが出ていますが、それも性被害や性暴力にあわないように教育しよう、というもの。性交、避妊、妊娠、出産などを学ぶ本来の意味での性教育とは目的が違うのです」(北沢さん)

『ひらかれた性教育』(アーニ出版)は、北沢杏子氏が実践してきた全国の小・中・高校・特別支援学校の児童・生徒・学生が対象の性教育の記録。学習に適した年齢に分かれた内容で1~5巻まであります。1巻は3歳から9歳まで、2巻は9歳から12歳まで、3巻は12歳から15歳まで、4巻は15歳から18歳まで学べる内容。5巻は18歳以上の大人向けに書かれています。

「性交」――隠せば隠すほどわからないことを知りたいと、興味本位で騒ぎ立てる人が出てくるのも自然な流れです。性にまつわる話題は、下ネタとして「からかい」の対象になりがちです。「『どうして性交が嫌なの? ダメなの?』って私の講義の学生たちに聞いたら『お金で取引するから』って。トー横キッズ(新宿・歌舞伎町の一角、通称「トー横」に家庭での虐待や学校でのいじめなどの問題を抱えた10代の子どもたちが集まり、通称トー横キッズと呼ばれている)のように居場所がない子どもたちの中には、援助交際をする子たちもいると聞きます。性行為はお金で取引できるもの。だから性交は悪いこと、嫌なこと、恥ずかしいこと、気持ちが悪いことだ、と考える人もいるのです」(北沢さん)

赤ちゃんと母親はお腹の中でへその緒でつながり、出産と同時に赤ちゃんと胎盤が外に出てくることを説明する際に使われる人形。腟から赤ちゃんが出てくる仕組みになっている。

小学校3年生向けの性教育を受けた子から届いた感想文には、こんなことが書いてあったそうです。
「精子と卵子が合体すると赤ちゃんになるってことを知りました。ありがとう。僕も大人になったら結婚してお父さんになりたい! そして子どもが2人欲しい」と。

デンマークで使われている性教育の本。リアルな出産シーンに、命の尊さについて考えさせられます。

「性交」は、性的に交わる、恋愛の到達点。さらに生殖に結びつく、人間の営みとして大切なものと北沢さんはくり返して訴えます。

大人になってからでも性教育は学びなおせる!

1955年に性教育が必修科目になっているスウェーデン。教科書ではジェンダー平等を小学1~3年生の授業で学びます。写真は父親が赤ちゃんのおむつを代えているかたわらで、母親が新聞を読んでいます。

取材の日は、看護学生を対象に北沢さんが担当の授業が開かれていました。「性的社会問題に対する看護師の役割」をテーマに、日本の性教育の歩みと諸外国から遅れている現状の話から、看護師や助産師ができることについて考える内容です。話を聞く看護学生の中には男性の姿も。性教育はこの日のように男女共修が望ましいと北沢さんは話します。

「男女一緒に性教育を学ぶと、クラスの雰囲気が変わり、思いやりの行動が見られるようになるんです。男子が『月経って大変だな』と、女子に給食を運んであげるようになったりしてね。いっぱいそういう体験を目にしました。男女で体のしくみが違い、月経や精通が起こるのは全くおかしいことではないし、いやらしいことでもなんでもない。生理現象のひとつとしてとらえられるんです。お互いを知れば、思いやれる。だから性教育を学ぶのは男女一緒がいいのです」(北沢さん)

『あかちゃんはこうしてできる』は、世界35ヵ国で翻訳出版された代表的な性教育絵本。性教育に関する洋書を北沢さんが日本語訳にして出版。奥にある『パパとママがりこんしたとき』のような子どもの人権を考える本も出版しています。

今は、フェムテックのブームから、性教育について学び直そうという動きも増えてきています。WEBや書籍のほか、北沢さんが代表を務める「性を語る会」など、大人が学びやすいシンポジウムも開かれています。

北沢さんも「大人からでも間に合う」と話す性教育。

幼いころから性教育やジェンダー平等を学ぶ福祉国スウェーデンやデンマークは、国民の幸福度が高い国として知られています。性教育に能動的にアクセスすることは、自身にとってもパートナーにとっても、お互いの心と体について深く理解することにもなり、幸福度を高めることにつながるかもしれません。フェムテックの話をきっかけに、パートナーと一緒に性について学んでみてはいかがでしょうか。

次のvol3では、これまでのお話ではとり上げられなかった、大人女性でもまだまだ悩む性行為の悩みや、フェムテックについての北沢さんの考え方など、さまざまな内容でお話を伺います。

撮影/我妻慶一
取材・文/平川 恵

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