森山直太朗にとっての“素晴らしい世界”とは? 20周年ツアー番外篇を観て

2024年3月16日、両国国技館。1年半で101公演を記録した森山直太朗20thアニバーサリーツアー『素晴らしい世界』の、今日は〈番外篇〉と題した特別メニューだ。中央には土俵の代わりに階段ピラミッド状のステージが組まれ、砂かぶり席から2階のてっぺんまで360度が人で埋まり、歴代力士の優勝額がぐるりと取り囲む。見慣れぬ光景が新鮮な心の昂ぶりを運んでくる。素晴らしいライブにきっとなる。

場内の灯りはついたまま。ステージ脇に控えるメンバーと、客席の間を抜けてきたメンバーが合流し、合奏の音がゆっくりと高まる。みな赤い服だ。やがて暗転、鳴り渡る寄せ太鼓、扉の向こうのまばゆい逆光。真っ赤な旗を掲げた森山直太朗が、ステージに上がると旗を一振り。「闘牛士の歌」をBGMに、旗竿をステージに突き刺すと、それがマイクスタンドであることに初めて気づく。ここまでおよそ12分間。劇的な、あまりに劇的なオープニング。

しかしここから先は、歌うこと以外のギミックはない。ただひたすら、デビュー20周年を迎えた現代の吟遊詩人・森山直太朗の人生をかけた歌を堪能できる。スポットライトが照らす小さな円の中、アカペラで歌い切る「生きてることが辛いなら」。語りかけるような親密な歌と、ガットギターの乾いた音色がよく似合う「青い瞳の恋人さん」「花」。フォークギターに持ち替えて湿り気を加えた「ラクダのラッパ」。1曲ごとにマイクの向きを変え、正面から向正面、西へ東へ。咳払いもできない緊張感とは裏腹に、一対一で歌われているような距離感、あたたかい連帯感。美しいファルセットの伸びは今日も完璧だ。

「今日はおいでいただきまして、まことにありがとうございます。旅の集大成として、未来への布石として、1曲1曲を噛みしめながら、歌っていけたらと思います」

昨年暮れに他界した父に捧げる「papa」は、“感謝と祝福の気持ちを添えて”という紹介の通り、悲しみを底に沈めながらも前を向く愛の歌。スライドギターと二人で奏でる「アルデバラン」の、高まるリズムに合わせて自然発生で手拍子が湧き、「することないから」ではフィドルが加わり、ダークで気だるい世界観をド煽情的に盛り上げる。「愛し君へ」はピアノとチェロのクラシカルな伴奏を得て、稀代のバラードシンガー・森山直太朗の本領発揮だ。1曲ごとにアンサンブルが変わり、フォーク、カントリー、ブルース、ジャズなどが自然に溶け合う。すべてがハンドメイドでヒューマン、シンプルだがとても豊かな音楽時間。

個人的にこの日のベスト歌唱の一つだと思ったのは、「生きとし生ける物へ」。大らかなカントリーバラード、「アメイジング・グレイス」を思わせる荘厳なムード。天上から降り注ぐ光の下、熱唱ではなく抑制を効かせ、祈りのように言葉を生かし、朗々と響き渡る唯一無二の声。あらためてすごいシンガーだと身震いする。

「ちょっと、堅苦しい曲が続いたからさ。ハモろうか」

飾り気ない言葉でメンバーをうながし、全員参加の手拍子とコーラスで観客の心を一つに繋げる。ゴスペルふうのサウンドが楽しい「君のスゴさを君は知らない」から、スカのリズムで明るく盛り上げる「すぐそこにNEW DAYS」へ。熟練のストリートパフォーマーのような、たとえ1曲も知らずに来た人も歌の輪に入れてしまうに違いない、ブルーグラス・スタイルのこのバンドは本当に芸達者だ。目の前に帽子があったらきっとお金を入れるだろう。1曲ごとに拍手喝采が鳴りやまない。

人生はドサ回り。この旅の途中で生まれた1曲ですーー。初披露の新曲「Nonstop Rollin’DOSA」は、もの悲しいマイナーバラードの歌い出しから、ぐっとテンポを上げてリズミックに駆け抜ける1曲。フィドルが奏でるケルト風のメロディが、喜びと悲しみをないまぜた遥かな旅情を運ぶ。隊列を組んでぐるぐる回る、大道芸ふうのパフォーマンスもばっちりハマった。

気が付けばライブはもう終盤だ。「boku」も、メンバーの息の合ったステップが楽しい1曲で、リズム代わりの手拍子が大きな一体感を生む。極めつけは「あの海に架かる虹を君は見たか」と題したインストゥルメンタル曲で、カントリーふうののんびりしたテンポが転調と加速を重ねて最速スピードに至る、大人が本気で遊んでいるようなやんちゃな演奏ぶりが実に楽しい。齊藤ジョニー、西海孝、山田拓斗、林はるか、バンドマスターの櫻井大介。素晴らしいメンバーをあらためて紹介し、明朗快活なカントリーソング「バイバイ」で、お別れの前にもうひと盛り上がり。さぁ残すは2曲。

「素晴らしい世界ってこういうことかなと、ツアーを重ねるたびに一応の答えにたどり着くんですが、またその先に答えがある。結局、答えはないんです。(中略)ただ、たった今の正解に気づいた瞬間を僕は、素晴らしい世界と名付けます。今日のこのひとときが、あなたにとっての素晴らしい世界であることを願いながらーー」

森山直太朗が魂を削り、血でしたためた渾身の大曲「素晴らしい世界」について、解説はいらないだろう。まさに絶唱と呼ぶにふさわしい。声は歪み、音程も外れているように聴こえるが関係ない。愛を、愛を、愛を。すべてを出し切り、ステージに座り込む姿に息を呑む。万雷の拍手が降り注ぐ。ゆっくりと立ち上がる。そしてもう1曲。ガットギターを爪弾きながらたった一人で歌った「さくら」の、肩の力の抜けきった素朴な美しさが静かに胸に沁みる。春の歌、旅立ちの歌、命の歌。素晴らしい世界。

アンコールは2曲。あまりに繊細で緻密な音作りゆえ、ライブでどう再現するのか? と思っていた「ロマンティーク」が、観客の手拍子を生かしたライブ向きの、大らかであたたかい曲になっていて安心した。「では、最後にこの曲を歌ってお別れです」と「どこもかしこも駐車場」へ。タイトルを言うだけで受ける曲も珍しいが、ユーモラスな表現の中に、移り行く人生の何事かをしみじみと感じさせるフォークバラードは、非日常から日常へ戻る区切りの1曲にふさわしい。小さく口ずさむ歌声も、これだけ集まれば大きな声になる。素晴らしい世界、これにて一件落着。八方に礼をしてステージを下りる姿におくられる、惜しみない感謝と祝福の拍手。

このあと〈番外篇〉は海を渡り、4月13日には上海公演が控えている。20周年と言いながら、いつのまにか22周年の年になってしまったが、旅は続く。ノンストップでローリンする、森山直太朗の歩みは止まらない。今この瞬間の答えを確かめながら、歌は続く。

(文=宮本英夫)

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