「合理的にいうと料理ってする必要がない」スープ作家・有賀薫さんがそれでも料理をする理由

クックパッドのポッドキャスト番組「ぼくらはみんな食べている」。食や料理に熱い思いを持ち活躍するゲストを迎え、さまざまな話を語ります。クックパッド初代編集長の小竹貴子がパーソナリティを務めます。第1回目のゲストは、スープ作家の有賀薫さんです。

クックパッドのポッドキャストがスタート!

クックパッドの小竹貴子です。私は石川県金沢市で生まれ、米屋を営む両親の元で育ちました。料理は作るのも食べるのも大好きです。

クックパッドは1998年3月に生まれ、今年で27年目になりますが、私は3人目の社員で初期メンバーです。クックパッド初代編集長で、今は広報部門の本部長をしています。 この番組では“料理が楽しみになる世界”を作り出すために人生を費やしている素敵な人たちの想いを伝えていくために、クックパッドのPodcast『ぼくらはみんな食べている』を始めました。記念すべき第1回目のゲストは、スープ作家の有賀薫さんです。

(左:有賀薫さん 右:小竹貴子)

「おいしい」と言われたときのうれしさは特別

小竹:有賀さんはどういったご家庭で育ったのですか?

有賀さん(以下、敬称略):私は1964年生まれの東京出身で、普通のサラリーマン家庭で育ちました。私と2つ下の妹、その下の弟の3人兄弟と両親の5人家族で、家族みんなが人を呼んでくるのが好きなため、とにかくお客さんの多い家でした。あと、父の兄弟6世帯が全て同じ敷地に住んでいました。

小竹:そんなことがあるんですね。

有賀:叔父や叔母が一緒の敷地にいて、事あるごとに集まって宴会をする。玄関を開けるといつも知らない靴が並んでいて、母はとにかく料理を作って出していたので、それなりに上手でしたね。

小竹:そういった環境にいたのであれば、すごく上手だったと思いますよ。

有賀:叔母たちがすごく料理上手でした。普通の家庭料理だけど、組み合わせもセンスが良くて、雑誌に出てくる新しい料理もすぐに試す。アンテナを高くして作っているので食べるのが楽しかったし、みんなでワイワイしながら食べるから、食べることを嫌いになるわけがないっていう。

小竹:じゃあ、作るのはそこで覚えた感じですか?

有賀:そうですね。料理に興味を持って、母の料理本を一生懸命見ているような子どもでした。図書館に行ったときも料理の本を借りていましたね。

小竹:子どもの頃から?

有賀:メアリー・ポピンズとかの子ども向けの料理本を読んで「これを作ってみたい」などと感じ、お菓子作りから最初はスタートしました。

小竹:どんなお菓子を作ったのですか?

有賀:型抜きクッキーを作って大分に住む祖父母に送ったら、「とてもおいしかったよ」って電話があって、そのときに気分がすごく高揚したんです。「人に料理を作るのってこんなに楽しいんだ」と感じて、そこから料理にハマっていきましたね。

小竹:ちゃんと料理を作るご家庭で育ち、自分も子どもの頃から作るという感じだったんですね。

有賀:はい。父も缶詰の製缶会社に勤めていたので、職業柄、食に関心を持っている人でした。

小竹:まさに料理家族ですね。

有賀:環境としてはとても良かったとは思います。

小竹:羨ましいです。うちは母親が料理嫌いだったので…。

有賀:え?小竹さんは素敵な料理をいっぱい作っているのに?

小竹:私は結婚して初めて料理を覚えたので、有賀さんとは真逆ですね。

有賀:やっぱり仕事って人を作るんですね。

小竹:夫に「こんなにおいしいものは食べたことがない」と言われたのが、料理にハマるきっかけでしたね。

有賀:人においしいと言われたときのうれしさはやっぱり特別ですよね。

朝起きられない息子さんのために「スープ作り」を開始

小竹:有賀さんは料理家としてデビューされるまでには、割と時間が空いていますよね?

有賀:私はすごく遅咲きで、50歳になってからスープ作家になりました。それまではフリーライターをしていて、夫がサラリーマンなので基本的に私が家事や子育てをしていたので、兼業という感じでした。

小竹:スープを作り始めたきっかけは?

有賀:息子が高校受験のときに、どうしても朝起きられなかったので、温かいものがあるといいかもと思い、スープを作ったところ、うまく起きられるようになったんです。

小竹:スープ作家としては、奇跡のような最強のエピソードですね(笑)。

有賀:毎朝スープを作って、それを写真に撮ってSNSにアップしていました。次々と違うスープができるのが楽しくて、それが日課にもなり、気づいたら1年が経っていました。

小竹:毎日違うスープを作っていたのですか?

有賀:基本的に、最初の3年目くらいまでは全部違うスープです。

小竹:そこまでいくと単なる記録ではなく、もはや実験ですね。

有賀:「なぜそんなにたくさんのスープが考えつくの?」とよく言われますが、私としては実験です。昨日はこれを入れたから今日はこれを入れようと組み合わせを次々と試しているだけ。アイデアが天から降ってくるみたいなことはないですね。

小竹:降ってきている印象ですけどね。

有賀:そもそも物を作ることが大好きなんです。料理に限らず、絵を描くのも文章を書くのも好き。アイデアを入れながら手を動かして何かを作り出すことが得意です。

小竹:私も編み物とかパッチワークが大好きなので一緒かも。

有賀:料理も好きでずっとやってきていて、その上でスープに絞る、時間帯が朝だから難しいものは作らないなど、制限がある中でやっていたからできたのだと思います。

小竹:特に思い出に残っているスープは?

有賀:やっぱり最初に作ったスープが一番記憶に残っています。

小竹:どんなスープですか?

有賀:マッシュルームのスープです。スープを作り始めた前日がクリスマスディナーだったのですが、私がマッシュルームを使い忘れて冷蔵庫に残っていたんです(笑)。

小竹:そんな理由ですか(笑)。

有賀:早く使わなきゃと思って、それまでスープなんか作っていなかったのに、朝マッシュルームを刻んでスープにしました。それが上手にできて、「おいしいスープができたよ」と息子を起こしにいったら、ムクッと起きてきたんです。

小竹:それがスープ作りのきっかけになり、お仕事にもなったんですもんね。

有賀:そうですね。1年経つと写真が365枚貯まりますよね。それで展覧会をやろうと思い、神楽坂にギャラリーを借りて「スープカレンダー展」という展覧会を開きました。それが転機になりましたね。

小竹:それはいつ頃のことですか?

有賀:スープを作り始めてから丸1年が経った2013年です。その展覧会が地域新聞に載ってYahooニュースで拡散されて、いろいろな人が来てくれました。そのときに、「食べ物はこんなにも人を惹きつけるんだ」とすごく感じましたね。

「好き」と「楽しい」が大きな原動力

小竹:スープ作家を続けている原動力はどういったことですか?

有賀:何かを作る仕事をしたいという思いです。しかも、好きな料理で喜んでもらえたら、それはすごくうれしいとも思います。「好き」と「楽しい」が大きな原動力になっています。

小竹:自分の思いなどをどういった方に伝えていきたいですか?

有賀:スープを軸にして発信したときに、家庭と仕事を両立させながら毎日料理を作ることを大変に感じている人が多くいることに気づきました。私も同じ思いだったので、この状況を変えなくてはみたいな使命感が芽生えました。

小竹:なるほど。

有賀:私も仕事と家庭の両立で大変な思いをしてきたからこそ伝えられることがある。楽しいと同時にそういった気持ちも大きくて、その2つを両輪として転がしていると自己分析しています。

小竹:クックパッドの「毎日の料理を楽しみにする人を増やす」というコンセプトもまさにそれで、料理はクリエイティブなものだけど、毎日毎日になった瞬間に作業になってしまう。それをうまく変えていきたいんです。

有賀:楽しいといっても、料理を毎日作るのは、ディズニーランドで遊ぶみたいな楽しさとは質が違う。どちらかというと仕事に近い。仕事は達成感などはあるが、手放しで楽しいかというと、それは違いますよね。

小竹:違いますね。

有賀:大変なこともある中で成果が出たときに楽しいと感じる。家の料理はそれに近い気がします。ただ、家と仕事の大きな違いは、家はお客さんも固定だし、環境も固定だし、変えられない部分がすごく多い。

小竹:お金も出ないですしね(笑)。

有賀:頑張ったからといって予算が大きくなるわけでもない(笑)。だから、そういう部分にストレスが溜まったり、「私はこんなにやっているのに夫はやってくれない」みたいなコミュニケーションの問題があったりもするのでしょう。

小竹:評価がないから、自分でどう気持ちの折り合いをつけていくかというのが大事かもしれないですね。

有賀:楽しさとしては仕事と質が似ているけど、仕事ではない。そこがややこしくてわかりにくいから、みんなが悩むところなのでしょうね。

「家庭料理」が持つ究極のメリットとは…

小竹:世の中で料理はどういうポジションになったと感じますか?

有賀:特に女性は料理ができなければいけないみたいなものがあったけど、その縛りがここ数年で解けた感じがします。あと、コロナで冷凍食品やミールキッド、レトルトなどがものすごく発達した気がします。

小竹:売り場も増えましたよね。

有賀:味の質もすごく上がって商品展開も増えて、「これでもいいんじゃない」みたいなものが「これがいいよね」といった感じに変わりつつあるのかなと思います。

小竹:おかずにそのまま出しても問題ないですよね。

有賀:外的な環境が変わって、「料理をしなくてもいい」とか「こっちのほうがいいよね」などと合理的に考えていくようにもなってきていますよね。

小竹:本当に合理的に考えると、別にドリンクで栄養摂取でもいいですもんね。

有賀:究極の合理性で言うと、料理って全くする必要がない。合理性とみんなが言い出して、タイパとかコスパなどとよく聞きますが、その先には料理はしなくてもいいという世界があるとは思います。

小竹:うんうん。

有賀:ただ、私はその世界とはちょっと別軸があってもいいのかなと思っている人間ではあります。

小竹:でも、そういう方に寄り添って発信をしているのがスープなのかなとも感じます。

有賀:外で作られたものは味が決まっていて自分に合わせてはくれない。一番ホッとできて、家で体が休まって癒されて、明日への英気を養えるのは、やっぱり自分に合った料理であって、家庭料理の良さは究極そこにあると思います。

小竹:うんうん。

有賀:スープ作りを始めて、実験みたいなこともイベント形式で行うのですが、おいしいと感じる塩分は人によってすごく差があることがわかったんです。

小竹:そんなに違うのですか?

有賀:違います。そういうことを考えると、微調整がきくなど、家で作る良さはありますよね。子どもに帰宅後におやつを出すとか、受験生に夜食を出すとか、時間の融通がきく面もありますしね。

小竹:家族の具合に合わせて出せると考えると、そっちのほうがコスパやタイパもいいのかも。

有賀:そのほうが健康的だし、経済的でもあるし、家族の心身にもいいとは感じます。これからは料理をしない人が増えるかもしれないですが、最低限の料理を作れる技術は残していったほうが、暮らしの豊かさという面ではいいと思いますね。

(TEXT:山田周平)


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【ゲスト】

第1回・第2回(3月22日・29日配信) 有賀 薫さん

スープ作家。息子を朝起こすために作りはじめたスープを SNS に毎朝投稿。10 年間で作ったスープの数は3500 以上に。現在は料理の迷いをなくすシンプルなスープを中心に、キッチンや調理道具、料理の考えかたなど、レシピにとどまらず幅広く家庭料理の考え方を発信している。著書『帰り遅いけどこんなスープなら作れそう』(文響社)で第5回レシピ本大賞入賞、『朝10 分でできる スープ弁当』(マガジンハウス)で第7回レシピ本大賞入賞。ほかに『スープ・レッスン』(プレジデント社)、『有賀薫の豚汁レボリューション』(家の光協会)、『私のおいしい味噌汁』(新星出版社)など。

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【パーソナリティ】

クックパッド株式会社 小竹 貴子

クックパッド社員/初代編集長/料理愛好家。 趣味は料理🍳仕事も料理。著書『ちょっとの丸暗記で外食レベルのごはんになる』『時間があっても、ごはん作りはしんどい』(日経BP社)など。

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