ナワリヌイの死、トランプ「謎の投稿」を解読【ほぼトラ通信2】|石井陽子 「ナワリヌイはプーチンによって暗殺された」――誰もが即座に思い、世界中で非難の声があがったが、次期米大統領最有力者のあの男は違った。日本では報じられない米大統領選の深層!

トランプ前大統領の再選がほぼ見えてきている。トランプ前大統領とその支持者たちが何を考えているのかというアメリカの空気感を伝えていきたいと思い、「ほぼトランプが再選する」未来に備えよと、「ほぼトラ通信」と題している。

アメリカで起きている「ちょっと違った議論」

3月6日、共和党予備選挙においてトランプに挑戦し続けたニッキー・ヘイリー氏が遂に撤退を表明した。しかし、共和党候補者となるトランプに対しては、「幸運を祈る」とのみ語り、「支持」を表明しなかった。それ以前に撤退したデサンティス知事やラマスワミ候補が即座にトランプ支持を明言したのと対照的だ。「ヘイリー票」は一体どう動くのか。予備選挙において最大で4割近い得票を示し、共和党内に一定数支持者がいることが示された「ヘイリー」とは何だったのか。今後の選挙戦を見ていく上でも、改めて着目しておきたい。

2月16日、ロシアの反政府活動家アレクセイ・ナワリヌイ氏死去のニュースが世界を震撼させた。はっきりそう言うかどうかは別として、プーチンに殺されたと誰もが即座に思ったことだろう。世界中で、プーチンに責任があるとの非難の声があがった。ところが、大統領選挙に向けた国内政争が激しいアメリカでは、ちょっと違った議論が起きていた。

2月18日、大統領選に共和党から出馬中のニッキー・ヘイリー氏は次のようにX(旧Twitter)に投稿した。

簡単な質問:プーチンはナワリヌイの死に責任があるだろうか?私はイエスと答える。あなたはどうだ、ドナルド・トランプ?

筆者はそのヘイリーの質問投稿が出た時、その答えをトランプの使用している自身のアプリ「Turth Social」ですぐに探した。トランプの多くの投稿が見られたが、ヘイリーの質問に対する反応は見られなかった。トランプの投稿は、自身の刑事事件、選挙の世論調査、移民問題、(ナワリヌイの件以外における)ヘイリーなどについてだけだった。

トランプはヘイリーに対して回答をしなかったが、メガネをかけた猫のアイコンで知られる230万ものフォロワーを持つ強力なトランプ支持者による、ヘイリーへのリプライはトランプ支持者の空気感を如実に表していた。

簡単な質問:ロシアで何が起きようが、アメリカの最後の戦争屋以外の一体誰が気にする?

ナワリヌイの死などアメリカに関係ないだろ、と言いたいのだ。

ナワリヌイへの言及を控えるトランプに対して、ヘイリーは上記の投稿から約3時間後、保守系のFoxニュースに出演した際の映像を添付して、こう続けた。

1週間前、ドナルド・トランプはプーチンにNATO諸国への侵攻を促した(筆者注:トランプは2月10日、防衛費を十分に負担しなければNATO加盟国がロシアに攻撃されても「守らない」と過去に話したことを明らかにした。)アレクセイ・ナワリヌイの死を知ってから24時間以上経つが、トランプはまだ彼の名前を口にしていない。我々は、アメリカを破壊しようとする凶悪殺人犯の味方をする大統領を持つことはできない。

ナワリヌイ死去の一報から3日後のことだった

一向に反応を見せないトランプだったが、ナワリヌイ死去の一報から3日後の19日にようやくTruth Socialに投稿をした。

アレクセイ・ナワリヌイの突然の死は、私たちの国で何が起きているのかをますます認識させた。いかさまな急進左派の政治家、検察官、裁判官が、私たちを破滅の道へと導いているのだ。開かれた国境、不正選挙、そして法廷での著しく不当な判断が、アメリカを破滅へと導いている。私たちは衰退する国であり、失敗する国なのだ!MAGA2024

一般の日本人にとっては、トランプのこの投稿の意味合いはやや不明瞭かもしれない。なぜ、「ナワリヌイの死」が「アメリカで何が起きているのか」をますます認識させるのか? 論理の飛躍というか、何の関係があるのかをすぐに結びつけることは難しいだろう。

ここでトランプが言おうとしていることを読み解きたい。

2016年のアメリカ大統領選時に話題作となった『ヒラリーのアメリカ、民主党の秘密の歴史』というドキュメンタリー映画を製作したトランプ支持の保守派政治コメンテーター・作家・映画監督であるインド出身のディネシュ・ドゥスーザ氏(Xフォロワー数390万人)の投稿を見ると、実はよく分かる。

ナワリヌイ死去報道のあった2月16日、ドゥスーザはXにこう投稿した。

ナワリヌイを巡る怒りには、かなり面食らった。「プーチンは有力な対立候補が獄死するのを確認したかったのだ」それは、プーチンの権威主義に対する憤りを表明しているのと同じ人々の喝采を浴びながら、バイデン政権がまさにここアメリカで行おうとしていることではないか。

バイデン系の人々は、ロシアでナワリヌイに起こったことを見て、自分たちにこう言い聞かせる。「これはまさに、我々をリードしている政敵(トランプ)に対して成し遂げようとしていることだ」と。

つまり、トランプやその支持者にとっては、こう見えているのだ。反政府勢力であり、政敵であるナワリヌイが大統領選挙を目前に獄中で死去したという構図は、トランプを刑事裁判で有罪にして刑務所に入れ、選挙戦から消し去りたいバイデン政権とアメリカ左派の求めている状況と同じだ、と。

ドゥスーザは、AP通信や、NBCニュースといった大手メディアをはじめ、何十万ものフォロワーを持つ大きめの個人アカウント(少なくとも21個)に対し、次のような同様の文言を貼り付けて回っている。

ナワリヌイ=トランプ。バイデン体制と民主党の計画は、有力な政敵が刑務所で死ぬようにすることだ。この2つのケースに実質的な違いはない。

このような捉え方を広めたいという強い意志を感じる。

バイデンはプーチンよりもはるかに脅威だ

ドゥスーザは、またこうも投稿している。

トランプはナワリヌイのカルトに騙されることを拒否している。我々の基本的権利と自由にとって、バイデンがプーチンよりもはるかに大きな脅威であることをトランプは知っている。

このナワリヌイカルトには、だんだん腹が立ってきた。まるで、ナワリヌイが、左派と民主党がウクライナ支援策を売り込むための「使える死体」(筆者注:「使える馬鹿」という政治用語を文字っている)になったかのようだ。「ナワリヌイの血はあなたの手に」「ナワリヌイにあんなことがあったのに、どうして反対票(筆者注:ウクライナ支援への)を投じるんだ?」何とかかんとか(と言いながら)

また、トランプ支持者たちは「一方で1月6日(※筆者注:いわゆる連邦議会議事堂襲撃)関係の人たちは刑務所で苦しんでいる!」などとも反応している。ここで彼らが言いたいことは、連邦議事堂「襲撃事件」で逮捕された人々は真の愛国者であり不当に弾圧されたという前提のもとに、ナワリヌイには同情してこちらを弾圧しているのはダブルスタンダードだという主張だ。

トランプ支持者からすると、ナワリヌイとは、「体制の力により獄中死させられた反体制派、つまりアメリカで言えばトランプが置かれている立場」ということになり、「アメリカからウクライナ支援を引き出すための『使える死体』になっている」との位置付けなのだ。

しかし反対に、同じ共和党でもヘイリーやその支持者にとっては、「自由を求め勇気に溢れていたナワリヌイへの直接的な言及をせず、今のアメリカを悪く呼び、凶悪な政治家であるプーチンを非難しない」トランプは異常だ、という位置付けなのだ。

選挙戦の観点で見ると、以前拙稿(ハマス奇襲攻撃を予言したトランプ、評価が急上昇|石井陽子)で解説したハマスのイスラエル攻撃に続いて、ナワリヌイを巡る件でも、ヘイリーはトランプとの違いを色濃く見せつつ、保守やネオコンから左派まで幅広く抱え込むことができる論調であるため、今がチャンスと言わんばかりの積極的で力強い発信が見られた。

ドナルド・トランプは、ウラジーミル・プーチンが人殺しの凶悪犯であることを非難できたはずだ。ナワリヌイの勇気を称えることもできただろう。その代わりに、彼はリベラルのプレイブック(※筆者注:作戦、脚本)を盗み、アメリカを非難し、わが国をロシアと比較した。

私たちには、ありのままをありのままに言える道徳的明晰さを持ったリーダーが必要だ。プーチンは友人ではない。彼はナワリヌイを殺した殺人独裁者だ。なぜドナルド・トランプはそれを口に出して言えないのか?

こう問い詰めるヘイリーについて、「トランプ離れを続けるヘイリー 日曜日、彼女はトランプが共和党の指名を獲得した場合、彼に投票することを明言しなかった」という記事がアメリカ政治系媒体ポリティコから出ている。その記事を引用しながら、トランプ陣営の上級顧問を務めるジェイソン・ミラー氏は19日、Xにこう投稿している。

ネバートランパー変身完了。ニッキー・ヘイリーは本選挙でトランプを支持しない。ヘイリーはもはやRINO(※筆者注:名ばかりの共和党)ではない。ヘイリーは民主党員だ。

ヘイリーはもちろん共和党だ。それを民主党員だとまで非難したことには注目が必要だ。

「トランプはプーチンを支持している」

反対に、ヘイリーは21日にこう投稿した。

ドナルド・トランプがまたアメリカをロシアと比較している。それはアメリカ・ファーストではない。リベラル派が言うようなくだらない話(garbage)だ。

「garbage」は直訳すると「ゴミ」である。トランプ陣営もヘイリー陣営も、お互いに相手を「左派」だと呼んで非難の応酬を続けていたのだ。

ちなみに、アメリカ下院議長の共和党マイク・ジョンソン氏は、プーチン氏を「悪辣な独裁者」と呼び、ナワリヌイの死に「直接の責任がある可能性が高い」と述べている。

ネオコンとして知られるビル・クリストル元アメリカ副大統領首席補佐官も、X(フォロワー数100万人)にこう投稿している。

トランプはナワリヌイ殺害についてプーチンを非難することを拒否している。冷戦時代、多くの(ソ連の)シンパたちですら、少なくともソ連の「行き過ぎ」を非難するふりをした。しかし、トランプは曖昧にしていない。彼はプーチンを支持している。

また、日本でも有名なアメリカの国際政治学者のイアン・ブレマー氏は、19日のトランプの投稿を引用してこう述べている。

トランプはロシアでの政治的反対勢力の殺害を……自身の法的トラブルと比較している。(そしてなぜかプーチンを非難することを忘れている。とても彼らしいね)

副大統領は誰か?

保守や共和党と一口に言えども、その中での溝が今やかなり深くなっている。従来は、共和党と民主党の間、右派と左派の間に溝があった。今や、共和党と民主党の間の溝よりも、共和党内部の溝の方が大きいようにも見える。

ヘイリーは大統領選から撤退した。繰り返すが、現時点ではヘイリーはトランプ支持をまだ表明していない。「共和党には素晴らしい人材がおり、団結を望んでいる」とトランプは語り、バイデンとの対決に向けて修正を図っているようにも見えるが、ここまで分裂して違いが鮮明となっている党内状況を収集できるのだろうか。

バイデン大統領はヘイリー撤退に際して、「ドナルド・トランプは、ニッキー・ヘイリーの支持者を求めていないことを明らかにした。彼らの居場所は私の選挙戦にある」と語り、ヘイリー票の取り込みを目論んでいる。もちろん、ヘイリー自身はバイデンは支持しないと明言している。だが有権者がどう動くかまではまだわからない。

トランプは誰を副大統領候補(ランニングメイト)に選ぶのだろうか。自らと一定の違いのあるヘイリーか、それとも完全に自陣営で戦ってきた人材か。もしもヘイリーを選ぶとしたら、コアな支持者には波紋を呼ぶかなりインパクトのある戦略採用と言えるだろう。トランプが第2次政権をどのように作ろうとしているのかが最も見えてくる瞬間になるだろう。ますます目が離せない。
(文中一部敬称略)

ジェイソン・ミラーのGETTR投稿「ランダムヨーコ、あなたに直接会えてとてもうれしい」2022年12月

石井陽子

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