高卒新卒採用は「金の卵」になっていくのに 企業の採用担当者は「1人1社制」習慣に疑問

企業の人材不足が深刻化している。

首都圏の会社でも、地方大学からの採用を積極的に行うのはもはや当然で、専門学校生の開拓にも余念がない。

ついには「高卒の新卒採用はどうだろう?」という声が出ているところもあるようだ。まるで戦後復興期の「金の卵」のような扱いだが、いろいろと障壁があってなかなか簡単ではないようだ。

進学校の出身者は実態知らず「こんなにも不自由なんだ」

都内のIT企業で採用広報を担当する20代女性のAさんは、不足するエンジニア人材を確保するアイデアを出す職場内の会議で、こう発言したという。

「最近、高卒でプロジェクトマネージャーに昇格したエンジニアの評価が高いそうです。現場からは『有名大学卒という肩書は、もはや目安としてしか機能していない』という声もあります。であれば、優秀な高卒者を採用して、研修やOJTで育成していくことも考えた方がいいのではないでしょうか」

それを聞いた上司は「いい視点だけど、実際にはなかなか難しいんだよね。少し調べてみたら?」といった。

そこでAさんは、高卒社員を採用している会社を探し当ててヒアリングをしたところ、数々の「ルール」にびっくりしてしまったという。

「まず、高校生が就職するには、学校推薦を受ける必要があるという『学校斡旋』のルールがあることすら知りませんでした。一番驚いたのは、生徒が学校から斡旋してもらえる就職先の候補が一社だけという『1人1社制』があること。次の会社に応募する場合にも、最初に受けた会社から不採用の通知を受けてからじゃないとダメだ、なんて絶句しました。高卒の就職って、こんなに不自由なものなんだって」

都内の進学校の出身で、高卒で就職する同級生はゼロだったAさん。聞く話はすべて初めてで、「校内選考」の話も信じられない気持ちで聞いたという。

「学校からの応募は1求人に対して1人なので、誰を斡旋するか校内選考が行われることもあるとか。そうなると、もう学校になんか逆らえないですよね。先生が絶対とかいうことにならないんですか? ちょっと想像できないです」

生徒数の減少と進学率の上昇で「競争激化」

厚生労働省によると、2024年3月卒の高校生の求人倍率は、2023年9月末時点で3.79倍にのぼり、1988年(昭和63年)以降最高水準となった。一方、求職者数は約12.3万人で、前年同期比で4.8%の減少している。

株式会社ジンジブが採用担当者を対象に実施した調査によると、2024年卒の高校新卒採用の採用人数について、「計画通りに充足した」と答えた会社は回答者の28.9%にとどまる。「1名も応募が来ていない」と答えた会社は16.5%もあった。

また、昨年と比較して、求人募集人数を「増やした」と答えた会社は27.7%。増やした会社の理由では、「若手人材の採用に力を入れるため」が68.1%。

次いで、「社内の高齢化が進んでいるため」が46.7%、「退職者の増加による人員確保のため」が42.5%と、緊急性を要する理由で人員を補充する会社の割合が半数近くにのぼっている。

「1人1社制」など一見不合理に思える慣習の高卒採用は、生徒数の減少にあわせて進学率の上昇の影響もあり、高卒採用の競争は激しさを増しているということになる。

一方で、従来のやり方を見直す動きもある。

2020年2月に文部科学省と厚生労働省が高卒者の採用慣行の見直しに関する報告書をまとめたが、検討会議の資料では、仮に「1人1社制」の撤廃等の見直しをした場合、以下の6つの影響が見込まれるとしている。

(1)内定をとれる生徒ととれない生徒の二極化が生じ、就職活動が長期化
(2)企業にとって、内定辞退されるリスクが高まり、採用選考活動が長期化することでコストがかさむ
(3)就職活動が長期化することによる学事日程への影響
(4)複数応募による生徒の身体的・心理的・経済的負担
(5)知名度の高いBtoC企業や大手企業への応募が高まり、BtoB企業や中小企業への応募がより減少
(6)県外(特に大都市部)企業への就職による地方の若年労働力流出の懸念

採用の成功要因が「先生との関係構築」でいいのか

逆にみると、「内定をとれない生徒」や「コストをかけずに若年労働力を確保したい企業」に配慮した仕組みといえるかもしれない。Aさんは頭を抱えた。

「従来の慣習って、高校と生徒、求人元にとっては都合がいい部分があるんでしょうけど、高卒者を採用したい新しい企業にとっては、既得権であり参入障壁になりますよね。私たちとしては、学生に新しい選択肢を示す情報を届けたいと思っているけど、それもかなりしにくい状況です」

実際、先の株式会社ジンジブの調査で、高卒者の採用を「計画通り充足した」と答えた企業では、応募につながった理由として「先生との関係構築」を挙げた人が50.6%と最も多かった。「給与や福利厚生などの条件面」の50.0%を上回っている。

一方で、Aさんは「高校の先生からすると、都内の新興IT企業なんて信用ならないし、生徒保護の観点からも、地元の工場や農協とかに優先して斡旋するんでしょうね」と、学校の立場について理解を示す。

なお、国の有識者会議は「1人1社制」の見直しを呼びかけているが、実際に見直しを行ったり、複数応募を可能にしたりするところは大阪府など数県。東京都は対応を未定としており、「継続」が多数のようだ。

© 株式会社ジェイ・キャスト