オランダで闘う日本人選手たちが経験している現実 「中国人、韓国人、切れ長の目と言われることも多い」

いまや多くの日本人選手たちが海外リーグでプレーするようになった。そうしたなか、『de Volkskrant』はオランダでプレーする日本人たちを特集していた。

2020年からAZでプレーしてきた菅原由勢は、こんな話をしていたそう。

「僕ら(オランダでプレーする日本人選手)はお互いにインスピレーションを与え合っていますし、友人なので、夕食に行くこともあります。それから、(先輩として?)ここオランダでどのように機能するかを説明します。

僕らにとって英語はとても難しいです。実際、学校での教えはあまりにも専門的でレベルが低すぎます。それをうまく学ぶためには、話す必要があります。それは一部の人にとっては問題ですが、僕には問題ではありません。

僕はコミュニケーションをとること、楽しむことが好きです。 AZでは最初からずっと踊って、歌って、笑っていました。しかし、それは普通の日本人が自らを表現する方法ではありません」

一方、デン・ボスの池下由也は、日本とオランダの文化の板挟みも経験しているようだ。彼は日本人の両親のもとにオランダで生まれた。

「日本なら、デン・ボスにいる33歳のベテランであるダニー・フェルベークは誰もがU(丁寧な言い方)をつけて呼ぶでしょう。オランダにはヒエラルキーがほぼありません。

(休暇中にプレーしていた日本では)監督や先輩と口論する人間は誰もいません。日本ではピッチに入る時に一礼をします。サッカーをさせてくれてありがとうございますと。おもしろいとか謙虚だと思われているでしょう。ただ、実際には信号を渡るのと同じようなものです。

(オランダでは東アジアにルーツを持つ人の3分の1が差別を経験しているが)ピッチ上で『中国人』、『韓国人』、『切れ長の目』などと言われることも多いです。

有色人種の人達は差別に対してより行動的ですが、僕らはひどく控えめなので、『放っておこう』と考えます。耐性がつきました。何か叫んでいても気にしません。心にあるのはピッチ上で活躍することです」

では、現地の指導者は日本人選手をどう見ているのか。

現在シャフタールで監督を務めるマリノ・プシッチ氏は、AZで菅原、フェイエノールトでは上田綺世をアシスタントコーチとして指導した人物(昨年10月にフェイエからシャフタールに移籍)。ボスニア・ヘルツェゴビナ出身の彼はこう話している。

「国籍に基づくレッテル貼りはすぐにされる。たとえば、旧ユーゴスラビア出身者は全員が『激しい』と言われる。

由勢はもともと社交的だが、綾世はそうではない。 言葉の壁があるため、内向的な日本人選手がグループの一員になるのは難しい。(上田と通訳を通じて話したり、非言語的な接触をしたりなど馴染ませようとしたが)彼は自分が見られていると感じる必要がある」

また、斉藤光毅が所属するスパルタなどで監督を務めたモーリス・ステイン氏は「(スタッフにも日本人がいたことが)コミュニケーションで非常に役立った。本当にうまくいった。彼らは学ぶ意欲があったし、規律正しかった、『もし』や『でも』が全くなかった。斉藤光毅は成長するためにかなり特訓もしたが、グループにはすんなり入って行った」と述べている。スパルタのキャプテンであるバルト・フリーンズも「光毅は長身のノルウェー人FWトビアス・ラウリッセンの首に抱きつくのを続けているよ。美しい光景さ、ラウリッセンは1.5倍くらい大きいからね」と話している。

斉藤が所属するスパルタには今年から三戸舜介も加わったが、2人とも控え目過ぎることはないそう。ただ、フリーンズによれば、勤勉さはあるという。

「彼らは文句も言わずに多くの面で成長している。トレーニング前にマットの上にいる彼らの後ろにいると2人が躍起になっているのが分かる(ジムトレーニングに熱心に取り組んでいる?)。 だからこそ、彼らは非常に柔軟でフィット感が高い。上田とも対戦したことがあるが、彼もとても強い」

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最後に菅原はこう話していたとのこと。

「ヨーロッパに来る人は誰でも多大な犠牲を払っています。なぜなら文化が全く違うからです。

だからこそ、僕らは誰よりも速く走り、耳を傾けるのです。 しかし、特にピッチ上では、自分が何を望んでいるのかを知らせる必要もあります。

それは野心と自尊心に関するもの。日本でもお金を稼ぐことはできます。 自分はお金のことは気にしていません。ヨーロッパで成功するという夢を成し遂げたいんです。それは可能だと信じています」

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