ISテロの脅威が高まるスイス

フランスはテロ攻撃に対し最高レベルの警戒態勢を敷く (KEYSTONE)

モスクワ郊外のコンサートホールで発生した大規模テロ事件を受け、フランスやドイツを含む欧州諸国が厳戒態勢を敷いている。過激派組織イスラム国ホラサン州(IS-K)の犯行とされているが、スイスも標的にされる可能性がある。 スイスはIS-Kの標的になりうるか? SWI swissinfo.chでは配信した記事を定期的にメールでお届けするニュースレターを発行しています。政治・経済・文化などの分野別や、「今週のトップ記事」のまとめなど、ご関心に応じてご購読いただけます。登録(無料)はこちらから。 IS-Kは欧州本土に接近している。モスクワ郊外のクロッカス市庁舎で発生したテロ事件では約140人が死亡。IS-Kはアフガニスタン、パキスタン、トルクメニスタンの一部を含む地域を拠点とし、すでにアフガニスタンとイランで深刻な武力攻撃を行っている。 IS-Kは「イスラム国(IS)」の一派で、米国、イスラエル、欧州諸国、ユダヤ人全般を攻撃対象としている。 スイス連邦情報機関(FIS)は、swissinfo.chの取材に「他国、特にイスラム国に対抗する国際連携に軍事的に関与する国や、ジハード主義に感化された個人がイスラム嫌悪国とみなす国は、より攻撃の対象になりえる」と電子メールで回答した。 今年の夏季五輪の開催国フランスは、過去に同国で起こったテロ攻撃の再発を防ぐため、警備態勢を最高レベルに引き上げている。 ドイツも、ケルン大聖堂襲撃を計画したとして2人が逮捕されたことを受け、厳戒態勢を敷いている。 スイスも事態を深刻に受け止めている。FISは、昨年6月に発表した年次報告書「スイスの安全保障2023」で、「スイスに対するテロの脅威は依然高い。その主たるものはジハード主義だ」と述べている。 FISは報告書で、「イスラム国は依然、欧州での攻撃を計画、実行しようとしている」と指摘。「シリアとイラクにおける中核組織の能力は今後数年間は弱いままとみられる。それとは対照的に、分派であるアフガニスタンのイスラム国ホラサン州は2022年以降、新たな動きを見せており、これが今後の欧州のテロ情勢に影響をもたらす可能性がある」 FISは昨年12月、スイスへの具体的な攻撃計画が示唆されていない中で、テロ攻撃の脅威は依然「高まっている」と述べた。 中立国スイスは、テロ組織に対する軍事行動には参加していないが、昨年10月にイスラエルを攻撃したハマスなど、多くのジハード(聖戦)主義グループの国内活動を禁止している。 具体的な脅威とは何か? FISは6月の報告書で「銃器や爆発物の使用は依然として現実的な可能性である。一般的に、大勢の人が集まる場所や公共交通機関の中など、防護の弱い場所が狙われやすい」と指摘する。攻撃は礼拝所や警察、政治家にも向けられる可能性もあるとしている。 しかし主な脅威は、暴力を称賛するオンライン・チャンネルを通じ、不満を抱える個人を過激化させようとする絶え間ない試みから来る、という。 3月には、チュニジア出身の15歳の若者が、チューリヒでユダヤ教正統派信者の男性を刺してけがを負わせたとして逮捕された。2020年には、スイス南部の都市ルガーノのデパートで買い物客が女に刺される事件が発生。その2年後には、レマン湖畔の小さな町モルジュで男性が刺殺されるという「ジハード主義を動機とする」事件が起きている。 FISは「テロの脅威は2020年以降、欧州でより広がっている。それはイスラム国やアルカイダと直接的なつながりのない、自律的に行動する個人が発するケースが増えているためだ。心理的問題や個人的な危機は、暴力行為の重要な誘発要因になってきている」としている。 スイス当局の反応は? 連邦司法警察省警察局(Fedpol)はswissinfo.chの取材に「連邦警察は状況を注意深く監視しており、国内外のパートナー機関と連絡を取り合っている」と電子メールで回答した。 テロに対する最善の防護策を定め適応させるのはFedpolだが、それを実施するのは各州警察の義務だとも述べた。 Fedpolのウェブサイトによれば、テロリストは時に、他国での攻撃を計画するための後方支援拠点として、あるいは経由地としてスイスを利用することもある。 例えばフランスの裁判所は2015年、フランスでのテロ攻撃を攻撃するため仲間をリクルートしたとして、スイス人男性に15年の実刑判決を下した。 スイスでは、ジハード主義への勧誘など、テロ関連活動に従事する人物が逮捕・起訴されたケースが複数ある。 2017年以降、スイス人が国外に渡り他国で活動するジハード主義者の戦闘に参加した事例は確認されていない。 長期的な対策はあるのか? スイスの有権者は2021年、過激派の取り締まりを強化する法律を国民投票で可決した。 新法では、たとえ立件するのに十分な証拠がなくても、テロ攻撃を防ぐと言う理由で対象人物を拘束することができるようになった。対象人物は自宅待機と出国禁止が命じられ たり 、警察への定期的な出頭が義務付けられたりする可能性が あ る。 法律に反対する人々は、個人の権利を過度に侵害する内容であり、欧州で最も厳しいテロ対策措置になると訴えた。 カリン・ケラー・ズッター司法相(当時)は、この法律はほんの一握りの人にしか適用されず、最後の手段としてのみ施行されると述べた。 編集:Balz Rigendinger/gw、英語からの翻訳:宇田薫、校正:大野瑠衣子

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