天の川銀河と合体した銀河の痕跡を新たに発見 「シャクティ」と「シヴァ」と命名

初期の天の川銀河は、複数の小さな銀河が合体して誕生したと言われています。近年、恒星の位置や運動方向に関する大規模なデータが揃ったことにより、合体した銀河の痕跡を具体的に知ることができるようになりました。

マックス・プランク天文学研究所のKhyati Malhan氏とHans-Walter Rix氏の研究チームは、大量の恒星が記録されている「ガイア」と「スローン・デジタル・スカイサーベイ」のデータを組み合わせて分析し、合体した銀河の痕跡を探りました。その結果、今から約120~130億年前という極めて初期の時代に天の川銀河と合体したと推定される、2つの銀河の痕跡を発見することに成功しました。両氏はこれらの銀河をヒンドゥー教の神話に因み「シャクティ(Shakti)」と「シヴァ(Shiva)」と名付けています。

【▲ 図1: 天の川銀河におけるシャクティ (ピンク色) とシヴァ (緑色) に属する恒星の分布図。シャクティの一部がシヴァに被って隠れている点に注意。また、空白域は観測データがないため、分布がこの外側にも広がっている可能性があります(Credit: S. Payne-Wardenaar, K. Malhan & MPIA)】

■天の川銀河の運動に残る銀河衝突の痕跡

地球が属する天の川銀河は、周辺の銀河と比べて規模が大きめの銀河です。天の川銀河のような大規模な銀河はより小さな銀河が複数合体して誕生した、というのが現在の有力な説となっています。合体前の銀河は、それぞれ独自の恒星や水素ガスを持っています。銀河が合体すると恒星は混ざりあい、水素ガスから新たな恒星が誕生することもあります。

【▲ 図2: 天の川銀河の誕生のシミュレーション。一見するとどれが天の川銀河なのか分かりませんが、このように天の川銀河の “種” は無数にある銀河の1つでしかありませんでした(Credit: Vintergatan – Renaud, Agertz, et al. (動画よりキャプチャ))】

一見すると、銀河の合体は恒星やガスの集合をかき乱すため、数十億年前の合体の痕跡を知ることは不可能に思えます。しかし、一見すると恒星が密に集合して見える銀河も、実際には “太平洋にスイカが2個浮かんでいる” と例えられるほどスカスカであるため、合体時に運動方向や速度が乱される恒星はほんのわずかであり、大半の恒星はそのような力学的性質が銀河の合体後も保存されます。

これに加えて、数十億年前の出来事である合体よりも前から存在していた、あるいは合体の直後に誕生した恒星は、年齢が古い傾向にあります。恒星は含まれる金属(※1)の量が少ないほど古いと推定されるため、金属の量が少ない「低金属星」の集団が見つかれば、その集団全体は古い起源を持つことが推定できます。つまり、恒星の運動と年齢が揃っている大きな集団が見つかった場合、それは合体した銀河の痕跡である可能性があります。

ただし、合体から数十億年経った現在では、かつて別の銀河だったそのような恒星の集団も概ね天の川銀河の回転方向に沿った運動をしており、元の力学的性質は部分的に失われています。また、星団や恒星ストリームのように、規模は銀河よりもずっと小さいものの、年齢や運動方向が揃っている恒星の集団もあります。従って、合体した銀河のような大規模な集団の痕跡を見つけるには、大量の恒星のデータを取得・分析する必要があります。

このような研究は、以前ならば不可能でしたが、ESA(欧州宇宙機関)が2013年に打ち上げた宇宙望遠鏡「ガイア」によって可能となりました。ガイアは天の川銀河に属する恒星の性質を収集し続けており、現在では約15億個もの恒星のデータを持っています。

ガイアの恒星カタログの分析により、「ガイア・ソーセージ(Gaia Sausage)」や「ポントゥス・ストリーム(Pontus stream)」など、80億年以上前に合体したとみられる銀河の痕跡が次々と見つかっています。また、天の川銀河の中心部には「プアー・オールド・ハート(Poor Old Heart)」(※2)という年齢の古い恒星の集団があり、現在の天の川銀河はこの集団と他の銀河が合体することで形成されたのかもしれません。

※1…恒星における「金属」とは、水素とヘリウム以外の元素の総称であり、炭素や酸素のような化学的には非金属な元素も含まれます。

※2…Poor (乏しい) とは金属に乏しいこと、Old (古い) とは恒星の年齢が古いこと、Heart(中心部)とはこの集団が天の川銀河の中心部にあることを意味しています。

■極めて古い時代に合体した銀河「シャクティ」と「シヴァ」を発見

このような古い銀河の痕跡を探るために、Malhan氏とRix氏の研究チームは別の掃天観測プロジェクトである「SDSS(スローン・デジタル・スカイサーベイ)」の最新版(Data Release 17)の観測データをガイアの恒星カタログに加えて分析を行いました。ガイアとSDSSでは、観測している恒星に違いがある他に、同じ恒星の異なるデータを収集していることもあります。両氏は2つのカタログのデータから約580万個の恒星を選び出し、分析を行いました。

【▲ 図3: 恒星を運動の性質でプロットした図。古い恒星のみを抜き出して分析すると、既に見つかっている2つの集団の他に新たに2つの集団が浮かび上がりました(Credit: Khyati Malhan & Hans-Walter Rix.)】

その結果、どちらも年齢が古く、運動方向や速度が揃っている2つの集団が見つかりました。これらはそれぞれ天の川銀河の中心部から比較的離れた場所にあり、今から約120~130億年前に合体した銀河の痕跡であると推定されます。この年代は、すでに知られている他の合体の痕跡と比べても非常に古く、プアー・オールド・ハートと合体した最初の銀河の痕跡かもしれません。今回の分析では、1つ目の集団では1719個、2つ目の集団では5607個の恒星がカウントされています。しかし、合体前の大きさはどちらも天の川銀河の0.001%程度(太陽の1000万倍程度)の質量を持つ矮小銀河であったと推定されます。

合体した年代の古さと規模の大きさから、両氏は1つ目の集団を「シャクティ」、2つ目の集団を「シヴァ」と名付けました。シャクティとシヴァはどちらもヒンドゥー教の言葉です。シヴァはヒンドゥー教の主神の1柱であり、破壊と創造を司ります。一方、シャクティはしばしばシヴァの神妃(配偶神)と見なされる女神、またはエネルギーや力の象徴を指します。2つはほぼ同じ時代、天の川銀河の歴史の初期に合体したことから、まさに天の川銀河の “創造と破壊” に絡んでいるペアであることを象徴した命名であると言えます。

■痕跡を探る研究は始まったばかり

【▲ 図4: 恒星を運動の性質でプロットした図。今回発見されたシャクティとシヴァの他にも、合体した銀河の痕跡を思わせる集団が見つかっています(Credit: ESA, Gaia, DPAC, K. Malhan et al.)】

シャクティとシヴァの発見は、天の川銀河やそれと同じくらいの大きさを持つ銀河が形成される過程を調べる上で重要な発見です。古い時代の宇宙を観測すれば、合体前の小さな銀河を見つけることもあるでしょう。シャクティやシヴァに属する恒星の性質を詳細に調べておけば、これらの銀河と性質を比較することができるため、合体前後の状況をより正確に知ることができるかもしれません。

また、今回のような衝突した銀河の痕跡を探る研究は世界中で並行して進められており、ガイアの観測データだけでも次々と見つかっています。その他のいくつかの掃天観測プロジェクトの観測データを組み合わせることで、この発見はさらに加速し、天の川銀河の合体・形成の歴史が見通せる日もそう遠くないのではないかと、両氏は期待を寄せています。

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文/彩恵りり

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