これが本当の“轢きガエル”? 珍しい「カエル注意」の看板、島根・邑南町道にある理由とは

カエルが車にひかれている標識。手足を広げたポーズ、色の違うタイヤ痕が妙にリアルだ=島根県邑南町大林

 島根県邑南町大林の徳前峠(標高460メートル)にある道沿いに、車にひかれたカエルの絵が描かれた珍しい道路標識がある。動物注意の標識といえばシカやクマ、タヌキが有名だが、カエルに注意とは一体どんな道路なのか。実際に道路周辺に行き、調べた。

■山中に突然現れる“轢きガエル”

 標識があるのは広島県境付近で、合併前の旧瑞穂町と旧羽須美村阿須那を結ぶ町道・徳前線。道の両脇にのり面と木々が並ぶ、山中の道路だ。

 峠の頂上付近、道路脇にある12%の傾斜を表す標識の下にカエルの標識はあった。太めなカエルの体の上を車のタイヤらしき物が通過している絵のように見える。標識の下には「カエル注意」の文字があるものの、標識は既に車にひかれた後のようだ。

 ふと標識近くの道路脇に目をやると一部がフェンスや板で囲ってあり、近くに説明板があった。この近辺はニホンヒキガエルの産卵地として知られ、フェンス内側にある水たまりで毎年カエルの産卵が確認されていたという。    旧瑞穂町側から上ったが、頂上を越えた旧羽須美村側にも同じ標識が設置されていた。標識は図柄通り、道路に出てきたカエルをひかないように、と車に呼びかける意図だった。

頂上から旧瑞穂町側に20メートルほど下った所にもヒキガエルの標識がある。こちらは頂上付近よりリアルタッチだ

 ■標識設置のいきさつ

 町役場羽須美支所地域振興係統括主任の三上孝志さん(40)に聞くと、昔の県の資料や新聞記事を参考に、標識設置までの詳しいいきさつを教えてくれた。

 標識がある町道は、元は道幅の狭い農道だった。当時の瑞穂町、羽須美村をつなぐ重要な道だったため、両町村が県営農道に格上げするよう県に要請。工事ルートを選ぶ際、峠頂上付近の道路脇に幅30センチ、奥行き1~1.5メートル、深さ約10センチの水たまりを見つけ、ヒキガエルの産卵地となっていることが分かった。

 ヒキガエルは全国的に激減し、広島、岡山両県のレッドデータブックで絶滅危惧2類に記載されている。2006年度からの道路の舗装工事を前に、邑南町教育委員会などが希少な産卵地として県に保護を求めた。

かつてのニホンヒキガエルの産卵地。フェンスに板が張ってあったようだが、一部朽ちている

 県は産卵地を残すための施策を展開した。カエル注意の看板もその一環で、舗装工事が完了した11年12月頃に設置されたという。15年には道路が県から町に移管され、町道となった。

 カエルがひかれている図柄を見た時は一瞬たじろいだが、標識には守りたいという熱い思いが込められていた。

 ここ数年、標識そばの産卵地で産卵は確認されていないが、数百メートル離れた阿須那地区の水辺では産卵が確認されている。三上さんは「標識周辺が産卵地であることに変わりない。今後も通行する車には可能な限り注意してもらうとともに、残った産卵地を保全したい」と話した。

■図柄の決め方は

 ただ、少々グロテスクな図柄になった点について三上さんは「工事が県のため、町では分からない」と苦笑いする。

 県央県土整備事務所によると、今回のような「警戒標識」に分類される標識の図柄については特に決まりがない。調べてみると、イノシシ注意の標識にも場所によってさまざまなタッチのものがあり、動物園近くでは、クジャク注意の標識もあり、想像以上に幅広い図柄があるようだ。まさに「井の中の蛙(かわず)大海を知らず」といったところか。

左は、千葉県道93号線にあるイノシシに注意の看板(千葉県君津市山滝野)。右は、宮崎市フェニックス自然動物園近くの道路にあるクジャク注意の標識(宮崎市佐土原町下那珂)(©Google)

 ヒキガエルの産卵期は毎年3月下旬で、4月下旬にかけてふ化する。これからの季節、標識のような事態にならぬよう安全運転を意識し、初心に「カエル」しかない。

© 山陰中央新報社