「選手層が厚ければ...」三笘薫の今季をブライトン番記者が総括。昨季ほど輝けなかった“3つの理由”とは?【現地発】

昨夏、2023-24年シーズン開幕直後の8月19日。ホームで行われたブライトン対ウルバーハンプトン戦の15分、左サイドでボールを受けた三笘薫は敵の守備陣に向かって前進し始めると、一気に加速した。

そして1人目のディフェンダーを抜き去り、さらに止めに来た2人目、さらに3人目に肩に手をかけながらも力強く振り切ってボックス内に侵入。飛び出してきたゴールキーパーの動きをしっかりと見据えて、最後は倒れながら右足でシュートを放つ。ゴール右隅に突き刺さった日本人ドリブラーにとっての今季初得点は、鮮やかなソロゴールだった。

【動画】8月の月間ベストゴールに選出された三笘の衝撃ドリブル弾
昨シーズン、瞬く間にスターダムを駆け上がった三笘が、今季も調子を維持している、いや、さらにそれ以上の進化を遂げていくものだと思わせた、決定的瞬間だった。

スピードに乗った際の彼のドリブルは、対峙するディフェンダーにとっての最大の悪夢だ。1対1の局面ではさらに慄かされてしまい、職場放棄をしたくなるほどだろう。そんな場面を目の当たりにしたブライトンサポーターたちは、昨季の41試合で10得点・8アシストを大きく上回る活躍を必然的に期待した。

イングランド国内のフットボールファンたちは昨季、極東からやってきた才能豊かなオールドスタイルのウインガーを称賛し続けた。サイドに張ってボールを受け、対戦相手のディフェンダーに積極的に迫り、襲い掛かるかのように仕掛けていく。最近のサッカーでは見かけなくなったタイプのプレーヤーである。

米国の著名な詩人、ロバート・フォレストの代表的な作品のフレーズを引用すれば、三笘は「森の中の分岐された道」で、あまり選択されない道を選んだ稀有な存在と言える。18歳の時、幼い頃から所属していた川崎フロンターレからトップチームへの昇格、すなわちプロフットボーラーとしての契約を打診されたが、大学進学を選んでいる。

さらに筑波大学体育専門学群では、ドリブルに関する卒業論文を書くという、ここでも非常に稀な内容を選択した。しかしそれが現在の彼のサッカーの礎となり、違いを生み出している。

プレミアリーグに新風をもたらした昨シーズンの三笘には、アーセナルやバルセロナといったビッグクラブから大きな関心が寄せられた。2021年にブライトンが川崎フロンターレから250万ポンドの超安値で獲得した選手には、その20~30倍ものプライスタグがつけられた。

しかしあの8月の試合から7か月経過した今、26歳は腰痛により今季の残りのシーズンの全試合欠場が濃厚となった。開幕前のロベルト・デ・ゼルビ監督は、今シーズンの三笘が20ゴールを上回る活躍をできるクオリティを有すると示唆していたが、実際は全公式戦中26試合に出場して3得点・5アシストと、不完全燃焼の形でシーズンを終えている。

ボールを自在に操り、ディフェンダーのバランスを崩して置き去りにする、三笘のドリブルの質は秀逸だ。トレードマークと言えるこのスキルに、対峙するディフェンダーは頭を抱え、時にはテレビのカメラマンでさえもその動きに追いつくのが困難な場合さえもある。しかし今季の三笘は、昨シーズンの輝きに至ることはなかった。なぜか?

第一の理由は怪我だ。12月下旬に足首を負傷し、アジアカップ目前に戦線を離脱。そのアジアカップでは、この怪我の影響から出場時間が限られてしまった。一定の回復期間を得ただけに、2月上旬のブライトン復帰後の三笘の動きは、大幅にキレが増していた。

そしてシーズン終盤に向けての活躍が期待されたもの、同月18日のシェフィールド・ユナイテッド戦前に腰を痛め、その結果、2024-25シーズンまでピッチに戻らないことが発表された。

また、ここでいう「怪我」というのは、三笘本人だけのことではない。22番にとって昨季最良の相方だった、左サイドバックのぺルビス・エストゥピニャンも怪我によりシーズンの大幅に棒に振ってしまった。

エクアドル代表のオーバーラップは三笘により多くの攻撃オプションを与えると同時に、相手守備陣を迷わせる一手だった。だがエストゥピニャンを欠いた今季の前半戦、左サイドを主戦場にするウインガーは孤立してしまい、怖さが大幅に減少した。

2つ目の理由は、相手チームの三笘対策である。エストゥピニャンのいない左サイドは攻撃オプションが手薄になり、対戦相手は日本代表のエースに対してダブルチーム、時には3枚で対応。三笘は横パスを出したり、数的不利の状況で勝負に出ると簡単にボールロストするなど、抑え込むのが容易になったのだ。

昨シーズンの三笘は、味方にシュートチャンスをもたらすランキングで上位に食い込んでいた。翻って今季はプレミアリーグ内のほかのアタッカーと比較して、真ん中当たりにいる。仕掛けの回数は減少し、さらに成功率は昨季を劣る。

3つ目の要因は、ブライトンのチーム自体も昨シーズンのような輝きを放っていないところだ。プレミアリーグとヨーロッパリーグを両立しようとしたが、バランスを保つのが難しすぎたのであろう。クラブ創立から123年という長い歴史の中で、初となる欧州の舞台である。苦しんでも致し方のないことだ。

シーガルズ(ブライトンの愛称)がこなさなければならないゲーム数に対して、選手層はとても薄かった。デ・ゼルビ監督の手元に届く怪我人リストは、二桁人数にのぼってばかりいた。昨季は勝点62を獲得して、リーグ6位でシーズンを終えた。三笘はほぼ怪我なく、1年を通してプレーしていた。

現在のブライトンは勝点42の8位。状況を鑑みれば健闘していると言えるが、昨季の獲得ポイントに追いつく可能性は限りなく低い。チームの“不振”は、三笘の低迷に起因しているのは間違いない(不振と言っても、実際にはブライトンの規模でのこの成績は十分以上と言えるのだが)。

それでも三笘は時折、欧州の舞台、さらにプレミアリーグでマジックを作り出した。彼の全ゴール、そして3つのアシストはチームが好調だったシーズン序盤、6戦5勝というチームがロケットスタートを切った時のものだったのは、なんら偶然ではない。三笘が最後にゴールを決めたのは、9月下旬まで遡る。

一方で、ウォルバーハンプトン、マンチェスター・シティ、マルセイユ、さらにボーンマス戦と、シーズン序盤のパフォーマンスは素晴らしいものだった。その後も実力の片鱗を見せつける場面は何度も見ることができた。私は長年ブライトンを見てきたが、彼ほどのウインガーはこれまで存在しなかった。

今季にブライトンでデビューを飾ったサイモン・アディングラも一定のインパクトを残しているが、三笘のように、独力で勝負を決められる「Xファクター」を備えていない。三笘は、観ているものに興奮を与え、スタジアムの座席から腰を浮かせられる存在だ。

魔法のようなファーストタッチ、スキーのスラロームのような流れるドリブル、爆発的なスピード、さらにゴールセンス。これらを兼ね備えているのが、三笘薫である。

残念ながら、今季は厳しいシーズンを送った。開幕前の期待値を考えれば、物足りないもいいところだ。しかし、序盤から野戦病院状態に陥ったブライトンは、三笘に頼らざるを得ず、その結果、彼のコンディションに悪影響をもたらしてしまった。

もしブライトンの選手層が厚ければ、こんなことにはなっていなかったはずだ。90分間プレーさせなくていい試合も数多くあったし、指揮官も無理はさせなかったはずである。そうすれば、三笘を最高のコンディションでキープすることができたはずだ。

今後はゆっくりとリカバリーをして、充実したプレシーズンを送ってもらいたい。それこそが、現在の三笘に必要なことである。スポーツの世界で2年目のジンクスはよく耳にするが、無論プレミアリーグも同様で、この舞台で毎年活躍することは至極困難だということを決して忘れてはならない。

三笘本人にとっても、苦しいが、勉強になったシーズンだったのではなだろうか。今はただこの時間をしっかりと休養に充ててもらい、ファンとしては、イングランドでの3シーズン目で完全復活を遂げる姿を待ちわびるのみだ。

文●リッチー・ミルズ(ブライトン番記者)
翻訳●松澤浩三

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