漫画『よふかしのうた』は煙に巻く 浮遊する謎が導く最終話の“それから”

星の数ほどある漫画の中でも、『よふかしのうた』がいっっっっっっちばん好き!!!!!!

年数百の漫画を読む筆者が、時事に沿った漫画を新作・旧作問わず取り上げる本連載「漫画百景」。

第二一景目は『よふかしのうた』です!

TVアニメ第2期の制作や、画業10周年を記念した「コトヤマ展」の開催が決定するなど、嬉しい知らせが続いている作者・コトヤマさんの代表作を、今読むべき漫画として紹介します。

コトヤマによるラブストーリー『よふかしのうた』

『よふかしのうた』は、駄菓子屋を舞台にした漫画『だがしかし』などで知られるコトヤマさんによる作品です。

2019年に『週刊少年サンデー』で連載開始。2024年1月に完結し、3月18日に最終20巻が刊行されました。

2022年7月から9月までTVアニメ第1期が放送。2023年には第68回小学館漫画賞の少年向け部門を受賞しています。

タイトルは、R-指定さんとDJ松永さんによるヒップホップユニット・Creepy Nutsの楽曲「よふかしのうた」に由来。

コトヤマさん自身がDJ松永さんに連絡して使用の許可をお願いしたことが、『よふかしのうた』公式ファンブック掲載のインタビューで明らかになっています。

吸血鬼になるために、吸血鬼に恋をする

本作の主人公は14歳の少年・夜守コウ。通っていた中学校でのいざこざが原因で不登校になり、元気があり余って不眠症気味に。

眠れないならと、初めて夜に誰にも言わず外に出たある日、吸血鬼の七草ナズナと出会い、自由な生き方に触発され、自分も吸血鬼になりたいと願います。

ナズナから教えられた吸血鬼になる方法は、吸血鬼に恋をして、血を吸われること──

吸血鬼になるために、吸血鬼のナズナに恋をするために、彼女の手に引かれて夜な夜な真っ暗になった町に繰り出すコウ。

友人と思わぬ再会を果たしたり、性格も様々な吸血鬼たちと出会ったり。夜の世界、非日常にのめり込んでいくことになります。

『よふかしのうた』で煙に巻かれた吸血鬼の謎

前作『だがしかし』でも見られるキャラクター同士の軽妙な会話劇と、自由と怖さが同居する夜を魅惑的に描く作者・コトヤマさんの世界観が、本作最大の魅力です。

終始一貫して喜劇的でありながら、悲劇的な展開も絡めていく巧みなストーリーテリングも光ります。主人公のコウがナズナに恋をするための物語なのにも関わらず、人間と吸血鬼が恋愛することの危険性も徐々に明らかになるストーリー構成はなかなかにくい。

コウとナズナの恋路を応援したいけれど、このまま突き進んでいくとマズいのでは……と、ハラハラさせられます。

本稿では、このハラハラさせられる要因である、吸血鬼の謎に焦点を当てます。

というのも、本作では吸血鬼の謎を複数提示しながら、答えを明確にしていないのです。

踏み込んで言うならば、作者のコトヤマさんが煙に巻いている。正誤が宙ぶらりんのまま、浮遊している謎がある。

であれば、ここに切り込むしかないでしょう。では以下から、最終話を含むネタバレ全開でお送りします。

未読の方はちょうど小学館の漫画アプリ・サンデーうぇぶりKindleストアで、4月1日まで1〜6巻が完全無料なのでぜひ読んでみてください。

キャラクターは全員、“信頼できない語り手”

まず大前提として、『よふかしのうた』で語られる吸血鬼の生態や情報はすべて疑うべきものです。

これは筆者がうがった見方をしているとかではなく、作中の台詞で暗示されています。

「吸血鬼は実のところ吸血鬼についてあまりわからないんだ」「人間だって本当は人間のこと良く知らないでしょ? 頭の良い人が教えてくれたからなんとなく知ってるだけで理解はできていない」出典:コトヤマ『よふかしのうた』5巻収録 44話「あるものが有ること」(83ページ)より

この台詞が示すように、吸血鬼は、吸血鬼についてよく知らない

さらに、「人間だったころの私物」が吸血鬼の弱点とされていましたが、途中でその前提が崩れます。

「そもそもの『人間だったころの私物』という解釈自体に誤りがあるのか…?」出典:コトヤマ『よふかしのうた』14巻収録 136話「行ってきます」(120ページ)より

そんで最も象徴的な台詞が以下です。

「なんか多分とかだろうとかわからないとかおそらくとか結局全部憶測じゃん」出典:コトヤマ『よふかしのうた』11巻収録 104話「絶交」(87〜88ページ)より

そう、結局、吸血鬼に関する生態や情報はすべて憶測の域を出ないのです。ゆえに吸血鬼に言及する時、本作のキャラクターは全員、“信頼できない語り手”となります。

読者に回答を委ねる『よふかしのうた』の作風

作者のコトヤマさんは、あえて吸血鬼の情報をはぐらかすように小出しして、時には複数の解釈ができるように提示してきます。

謎が謎を呼んで、どんどん真理から遠ざかっていく。

星見キクはその最たる例で、探偵さんこと目代キョウコや彼女の父・目代キョウイチとの関係には特に謎が多い。明確な答えを見つけるには情報が足りず、完全に迷宮入りです。

他方でこのような作風は、読者が様々な解釈をつなぎ合わせて、いろいろと想像を膨らませられる余地が大きいわけです。翻って、読者に回答を委ねてくれているとも言えます。

自分なりの『よふかしのうた』の物語を創出しやすい(言うまでもありませんが、コトヤマさんによる本編へのリスペクトが大前提です!)。

ですのでここからは、筆者なりの、最終話「それから」からの“それから”の物語を想像してみたい。

『よふかしのうた』最終話をおさらい

『よふかしのうた』は最終話で、一緒にいられなくなって別れたコウとナズナの再会で幕を閉じました。

2人が一緒にいられなくなった理由はやや複雑なので仔細を省き、端的に記すと、ナズナがコウを吸血することで、2人とも死ぬ可能性があったからです。

でも、ナズナはコウへの吸血衝動を抑えきれなくなっていた。だから別れるしかなかった。ナズナがコウへの想いを断ち切るまで会えないはずでした。まあコウが会いに行っちゃったわけですが。そんで、死ぬまで追いかけっこする?と軽口を交わして……その後を想像する余地が大いに残った、味わい深い終幕でした。

なんにせよ、ずっと一緒にいることはできないことを示唆していました。しかし、筆者は、コウとナズナは死ぬまで一緒に添い遂げることができると考えています。

6巻時点でコウはナズナに恋をしていた説

吸血鬼になるため、ナズナに恋をするために最後まで悩む主人公のコウですが、51話「俺の東京に関する思い出」までに、恋に落ちていたのではないか。

以下の台詞が非常に印象深い場面での出来事です。この時にコウは“半吸血鬼”(便宜上こう呼称します)に成り、人間を卒業していた、と筆者は考えています。

「ナズナちゃん 僕はきっとナズナちゃんが嬉しいと僕も嬉しい。きっと生まれて初めて自分以外の誰かを大切だと思った。またすぐに会いたくなる。これが この感情が恋じゃないならじゃあなんなんだよ」出典:コトヤマ『よふかしのうた』6巻収録 51話「俺の東京に関する思い出」(36〜38ページ)

人間と吸血鬼の特徴を併せ持った半吸血鬼という線

で、半吸血鬼ってなんやねんについて。

人間と吸血鬼との間に生まれたナズナは、完全な吸血鬼ではありません(言うなれば混血)。だからコウを吸血鬼にすることはできず、半吸血鬼にしかできないのではないか。

だからコウは犬歯が生え変わらず(人間を眷属にすることができない?)、脈もあり、鏡に映り、ナズナに血を吸われても相変わらず美味。ここまでが人間としての特徴。

一方、寒さに強く(吸血鬼は寒さに強い。コウは51話以降、定期的に寒さに強いところが描写されている)、身体がとても頑強(190話でハルカに、地上から建物の屋上まで投げ飛ばされ身体を打ち付けても「痛ッ」で済んでいる)。こうした吸血鬼の特徴も持っている。

また、痛みを伴う出血をトリガーにすることで、吸血鬼が持つ驚異的な身体能力を発揮できるが、長くは続かない(作中では半吸血鬼化と呼ばれる)。

コウはこのような、人間と吸血鬼の特徴を併せ持った、なんとも特殊な状態=半吸血鬼になったのではないか。

少なくとも人間ではないので、コウに恋をしているナズナが彼の血を吸ったとしても、2人が死ぬことはなく、何も起こらないのではないか、という“憶測”です。

最終話以降、コウがあまり老化しないとか、いつまで経っても半吸血鬼化できるとか、そういう違和感からいつか2人はこのことに気づき、死ぬまでいろんな場所を旅しながら、退屈せずに、楽しく一緒に添い遂げるのでは……。

以上、これが筆者なりの、それからの物語でした。皆さんなりのそれからの物語も、よければ教えて下さい。

「吸血鬼にはまだ誰も知らないルールがあるとしたらありえないことではないのかもしれません」出典:コトヤマ『よふかしのうた』15巻収録 145話「お前の目的のためだろ」(109ページ)

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