「飛ばない」が生み出す新たな思考。新基準バット導入で大会本塁打はわずか3本も… 指導者、球児に見えたスウィングへの探求心【センバツ総括】

その打球をみて新しい未来が想像できた。

それは準々決勝の中央学院-青森山田戦の9回のことだ。4点を追う青森山田は1死一塁から5番の吉川勇大が左中間を破る適時二塁打を放った。この時の吉川のバッティングは、およそ高校生とは思えないバットの軌道を描き、とてつもない打球が放たれたのだ。それも、吉川は木製バットを使用していた。

今大会から新基準バットを導入。これまでのものより「飛ばない」と言われるバットを使用することを義務化されていたのだが、その中で青森山田の2人だけが木製バットを使用していたのだ。

健大高崎の優勝で幕を閉じた今大会を振り返ってみると、新基準バットの影響は大きかった。本塁打は金属バット導入後最低の3本(うちランニングホームラン1本)となり、「投手優位」の大会になったのだ。

もっとも、それは「打者にとって不利な状況」というよりも「これまでと環境の違い」にすぎない。新基準バットが「飛ばない」とされる中で不利のように表現されることが多いが、そうではなく、これまでと異なる道具になった難しさに直面しているだけである。

大会を経ていくごとにこの状況は少しずつ変わっていくだろう。まだ初期段階としては、そういう風に見えるだけで、これそのものが打者の不利を物語るわけではない。

そもそもの基準変更の理由は「危険防止」である。近年、金属バットの技術革新により打球が飛びすぎているという声は少なくなかった。その中で打球が投手を直撃することなどが散見され、日本高野連はその点を危惧したのだ。

高校球児の体を守るという意味では非常に大事なことであろう。しかし、大会を取材していく中で思ったのは、この「飛ばない」バットにより、球児や指導者の思考を変えうるのではないかと思えたところである。

例えば、先にも書いた2人が木製バットを使用している青森山田ナインから感じ取れたのはバッティングへの探究心だ。

今大会では、木製バットで安打を放った対馬陸翔はこう話す。

「いい振り方をしていないと折れてしまうので、しっかりとしたスウィングをしなければいけないと考えるようになりましたね。僕が感じるのは外からバットが出ているとバットは折れる」

バットを折りたくないためにスウィングする選手はいないと思うが、正しいスウィングをしてヒットに繋げたい。そう考えることでより、スウィングに探究心が生まれたと言える。
今回の取材を通しても、出場校の指導者のスタンスは二つに分かれる。「飛ばないから強いスウィングを意識させた」という派と「どういうふうなスウィングが正しいかを考えた」と口にする派だ。半数くらいは前者で、青森山田など数校の指導者はスウィングのあるべきものを探索していた。
愛工大名電の倉野光夫監督もその1人。

「バットも変わってきているので、ボールに対してどういうふうにバットを入れるかは大事かなと思います。スウィングを上げているようにみられますが、フライを打ちに行っているわけではなく、ボールに合わせてのスウィングをしている」

いわば、バットが変わってもこれまでのように「振る量を増やす」「スウィングを強くすること」をテーマにしている指導者は、いまだ過去のバットに縛られているとも言える。なぜなら、それまでのバットは振る力をつけさえすれば、打球が飛んでいったからだ。

「僕らの時代はやばかったですよ。今より軽かったですから。プロに入って、高卒で苦しんでいる選手は金属バットの影響もあると思います」

そう語るのは高校時代に通算83本塁打を放ち、プロでも6度の本塁打王を獲得した西武の中村剛也選手だ。高校時代に竹バットを使用、内からバットを出すことがいいスウィングにつながることを意識して今に繋げているから説得力のある話だ。

これまでのバットは高校球児や指導者に「振りさえすれば飛んでいく」という考えを植え付け、思考停止を生み出していたバットとも言えるのかもしれない。だから、そうした指導者から聞こえてくるのは「飛ばなくなった」であり、「もっといいスウィングをしなければいけない」という倉野監督のような指導者とは乖離してしまうのだろう。

ただ、このバットは、今はまだスタートした段階。センバツ出場校は昨年秋の公式戦が終わってから導入したために、準備期間が少なかった。それでも勝たないといけないプレッシャーがあり、バントやスクイズなどを多用するしかなかったに違いない。

今後はそうした思考停止する指導者が減っていくと断言できないにせよ、指導者や高校球児がよりスウィングについて考えるようになることが求められる。今大会のように投手優位になることもあるだろうが、大会を繰り返しながら打者はさらなる進化を遂げていくに違いない。
「今大会を通して自分の中でも木製を使っていて、ヒットを打てたりしているんですけど、まだまだ少ないと思います。最後の打席は反応で打てた。いい反応ができたバッティングだったかなと思います。夏、またここへきて、それこそ、ホームランを打てるような練習をして戻ってきたい」
吉川は敗戦の涙に暮れていた中で言葉を絞り出した。

彼にはまだまだ高い目標があり、今大会の活躍だけでは満足できない矜持があるのだろう。だからこそ、木製バット使用であり、打撃への追求だったに違いない。

今大会は遊撃手に可能性を感じる選手が多かった。吉川もそうだったし、中央学院の颯佐心汰は運動能力に溢れ、健大高崎の田中陽翔も堅実だった。

これまでの日本のトップの遊撃手はメジャーリーグなどの世界へ行くと厳しい現実に晒されてきた。アジアだけでみても、パドレスのキム・ハソンのような世界で戦える大型のショートストップは生み出せていないという現実はある。

しかし、今大会、新基準バットや木製バットに苦しみながらも、スウィングを探求している高校球児の姿を見ると、前途は明るいような気がした。「スウィングをただ速くすればいい」という思考停止状態から野球界全体が変わるきっかけになる。

今大会は投手を中心とした守備が光った大会だったが、一方で、そんな将来への楽しみを感じた大会でもあった。

取材・文●氏原英明(ベースボールジャーナリスト)

【著者プロフィール】
うじはら・ひであき/1977年生まれ。日本のプロ・アマを取材するベースボールジャーナリスト。『スラッガー』をはじめ、数々のウェブ媒体などでも活躍を続ける。近著に『甲子園は通過点です』(新潮社)、『baseballアスリートたちの限界突破』(青志社)がある。ライターの傍ら、音声アプリ「Voicy」のパーソナリティーを務め、YouTubeチャンネルも開設している。

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