月亭方正、転身のきっかけ「目の前にあまりに大きな壁が…」

2008年に落語家としてデビューし、2013年には芸名も「山崎邦正」から高座名へと変わった月亭方正。そんな方正が5月10日「なんばグランド花月」(大阪市)で、『噺家生活15周年記念 月亭方正 独演会』を開催する。テレビタレントとして活躍する裏側で抱えていた苦しみ、落語をやるおもしろさ、そして偉大な先輩たちについて、方正に話を訊いた。

取材・文/田辺ユウキ

『噺家生活15周年記念 月亭方正 独演会』を開く月亭方正(3月15日・大阪市内)

■「壁があまりに大きすぎて、前が全然見えへん」

──方正さんは40歳のとき、自分が目指していた芸人像と現実の違いを感じたことから、一念発起して落語の世界へ足を踏み入れたと聞きました。

今だから言えるんですけど、テレビに出ることがずっと苦しかったんです。ストレスを感じていて、常に綱渡りしているような人生でした。そしてそれを発散するために、テレビの仕事が終わったらすぐに遊びに行ってお金をたくさん使っていました。そうすることでしか自分を報えなかったんです。でも落語をやり始めてから全然お金を使わなくなりました。それはやっぱり落語をやることでちゃんと報われているからなんです。

「芸人としての道が見つからんかった」と振りかえる方正(3月15日・大阪市内)

──落語家になる前は営業で舞台に上がっても最初は盛り上がるけど2分くらいで尻すぼみになっていたそうですね。一方、後輩芸人はみんな持ち時間でずっと笑わせていて、それを見てハッとしたそうですね。

当時は「俺はほんまに芸人なんか」となりました。自分がこの世界に入ったときはテレビの時代でしたし、そこに出られていたらええやろうと考えてたんです。そのままテレビの世界で、若い子らにイジられ続けたら食っていくこともできるし。ただ、たとえば今田(耕司)さん、東野(幸治)さんはMCとしてポジションを築いているから、周りがどれだけ変わってもやっていけるじゃないですか。僕はその周りの側やから結局は人頼みになる。そうなるとさっき話したように綱渡りの人生になるんでんす。じゃあ芸人としてどうしようかと模索するんですけど、僕の目の前には松本人志さんがいるんで…。壁があまりに大きすぎて、前が全然見えへんのですわ。あの人はホンマに天才ですから。

「僕の目の前には松本人志さんが…。あまりに大きすぎて、前が全然見えへん」と方正(3月15日・大阪市内)

──背中が大きすぎて前がなにも見えない、と。

今の若手は、松本さんの影響を直接的に受けてる子が少ないからあの背中も見ずにやれる。だからどんどん出てこれるんですけど、僕らの世代はあの大きい背中がずっと近くにあったから、自分が進むべき道が見えへんかった。もし「ごっつ」(『ダウンタウンのごっつええ感じ』)があのまま続いていたら、今田さん、東野さんも今とは違うスタイルになってたんちゃいますか。僕はずっと「ガキ」(『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』)に出続けてるから、「芸人としてどうしようか」と思ってもなかなか道が見つからんかった。でもそれから落語を勉強するようになって、そこで気づいたんです。「俺は形があるものをおもしろくするのはうまくできる人間やから、落語はやれるんちゃうか」と。

──というと?

■タイプが違って「松本さんはゼロからイチを生む天才」

松本さんはゼロからイチを生む天才。自分で庭を作って、自分もそのなかで遊んだり、なんなら壊したりする。でも僕はゼロからは生めない。だけど落語を勉強するなかで、「落語は究極的に言えば“あいうえお選手権”なんや」と思ったんです。つまり、あいうえお、かきくけこ…という定型を、どれだけおもしろく言えるか、あるいは悲しく言えるか。松本さんは「あいうえお」を「にょはんにょほん」みたいに解釈して、いろいろ作っていく芸人。僕はそういうことはできないけど、『笑ってはいけない』シリーズみたいに、形が用意されているもののなかに入っておもしろくすることには自信があったから。

──芸人としてのタイプの違いですね。

ロングコートダディや空気階段も、自分らでおもしろい庭を作るタイプじゃないですか。あと今、ヘンダーソンにハマってるんですけど、「ようそんなおもしろいことを考えつくなあ」とびっくりします。でもみんな、才能はすごいけどちょっとイイ子過ぎる気もします。僕らの世代なんて、ヒネくれて、歪んでのおもしろさやったから。だから若手の子らが『マルコポロリ』に出たら、歪みまくっている東野さんとかメッセンジャーのパラちゃん(あいはら)に平場でやられるんです(笑)。

「褒めてもらえる喜びがたまらない」と方正(3月15日・大阪市内)

──そうやって落語をやるようになり、かつては営業の舞台で2分しか持たなかった方正さんが今では長い時間、噺を披露してお客さんを湧かせていますね。

昔は「ヘタレ」やなんやってイジられて、褒められることは一度もなかった。でも落語をやるようになって、いろんな人が「すごい」と褒めてくれるようになったんです。その喜びはたまらないものがありますね。前、陣内(智則)に「落語ばっかりやってますね」と言われたんですけど、「落語はたまらんで」と。

──なるほど。

だから自分の子どもによう話してるんです。「人生は好きなものを早く見つけたもん勝ちやぞ」って。次女は「テレビに出て有名になりたい」と言うんです。でもなにをするためにテレビに出たいんか決まってない。歌とか、芝居とか。それが決まっていて、そのためにテレビに出る必要があるんやったら僕はめちゃくちゃ応援します。でも単に「テレビに出たい」とか言う人はゴマンと見てきたし、みんなすぐダメになる。「テレビに出て有名になりたい」とかそんなのはありえへん、幻みたいなもんです。

■「落語をやると人恋しさがなくなる」

落語のような喋り方や仕草を見せる方正(3月15日・大阪市内)

──気づいたことがあるんですけど、方正さんの普段の喋り方や仕草って、落語をやっているみたいですね。

夫婦喧嘩のときに妻にも「あんた、落語やってるみたいやで」と言われたことがあります。自分では意識していないですけど。そういえば落語をやるようになって人付き合いが少なくなったんですけど、その理由は、落語の噺のなかにいろんな人物が出てきて、そこで人と喋っているからなんです。

──そんなことありえますか(笑)。

甚兵衛はん(※註1)が噺に出てきて「お、久しぶりやな」とやってると、人と会ってる気分になります。そういう“擬似出会い”を繰り返しているから人恋しさがなくなって、人付き合いも少なくなったんです。
※註1…上方落語の噺に出てくる登場人物の名前

夫婦喧嘩で妻に「落語みたい」と言われたと笑う方正(3月15日・大阪市内)

──そもそも方正さんは人付き合いが慎重で、打ち解けるのも2年くらいかかるとインタビューなどで語っていらっしゃいますし。

でも(明石家)さんまさんなんかも、気軽に心を開いている風には思えなくて。だって人ってほんまに分からんもんやから。だからそれくらい慎重に接する方がいい。娘にも「もし結婚を考える相手がいても、2年は付き合え」と言ってます。タレントの鮮度も2年というのが僕の持論。それくらいでその人が本性が見えてくる。2年という数字には人間のなにかがあるんやと考えています。

──ということは落語家としての方正さんは、15周年ですからかなり心を開いているのではないでしょうか。15周年記念の『独演会』はどんな公演になりそうですか。

会場がNGK(なんばグランド花月)なので、ボリュームのあるネタをバーン、バーンとやろうと決めました。それをやり切る自信もあります。噺家としては15年なので、今は青年期。大人になるまであと5年はかかります。だけど青年の勢いを独演会で見ていただきたいですね。落語をやっていて、青春やから、今。

「青春やから、今」と方正(3月15日・大阪市内)


『噺家生活15周年記念 月亭方正独演会』は大阪・東京・名古屋で開催され、大阪公演は5月10日に「なんばグランド花月」(大阪市中央区)にて。チケットは1階席4000円、2階席3500円(当日は各500円増)。

『噺家生活15周年記念 月亭方正独演会』

日程:2024年5月10日(金)
会場:なんばグランド花月
料金:1階席4000円、2階席3500円(当日は各500円増)

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