File.5『 ピーター・グリーナウェイ レトロスペクティブ 美を患った魔術師』INTERVIEW パート3(全3回)【連載:大森さわこの“英国・映画人File”】

全国を巡回するレトロスペクティヴが好評を博しているピーター・グリーナウェイ監督。ZoomによりインタビューのPart3(最終回)。今回は彼がめざす映画作りやマイケル・ナイマンの音楽などについて率直はコメントを語ってくれた。今の映画作りに関してはっきり主張する監督のコメントの数々をお送りしたい。

映画の歴史はまだ浅い

媚びを売ることもなく、本音でズバズバ話をするグリーナウェイ監督。近年、日本では公開作品はないものの、実はコンスタントに映画を作り続けてきた(日本での未公開作も多い)。

そんな彼にズバリ、映画作りのどういう部分にひかれるのか聞いてみるとーー。

「映画が見せるイメージ、それを作り上げること。そこにすごくクレバーなものを感じる。私自身は、もともとは絵画にとても興味がある。たとえば、イタリアのバロック絵画の画家、カラヴァッジオだが、そこには黒に対する意識があって、はっとさせられる。私自身はひじょうにヨーロッパ的な美術の教育を受けている。そんな絵画への嗜好性が出た作品の一本が『レンブラントの夜警』(2007)かもしれない。レンブラントの絵をモチーフにした作品だ」

ヨーロッパ絵画への興味

レンブラントもバロック絵画の画家である。アートスクール出身の彼は絵画に造詣が深く、その要素を映画に取り込むことでも知られている。初期の代表作の1本『英国式庭園殺人事件』(1982)は  17世紀の画家(製図家)を主人公にした作品だ。

「もともとはあなた自身も画家志望でしたが、今はカメラで絵を描いている、ということでしょうか」

「そのことは自分にとっては、とても気分がいい。絵画の世界では、これまで何千年もの間、多くの専門家たちが絵を描いてきた。その歴史は長い。しかし、映画は、19世紀末に誕生し、その歴史はまだ浅い。絵画と比較すると子供のような存在でしかない。だから、映画にどういうことが起きるのか、これからも見守るべきなのかもしれない。絵画のように歴史を築き上げられるかどうかをね」

『英国式庭園殺人事件』の主人公は製図家で、貴族たちを相手にしたたかな取引気をするが……Ⓒ1982 Peter Greenaway and British Film Institute.

ここでちょっと前にBFI(英国映画協会)のトークショーで監督が語った言葉を投げてみる。

「映画の持つ可能性を映画自体が殺してしまった、と言っていましたね」

「それはトーキー以降の映画に対する考え方だ。映画は1919年から、1920年あたりが、最もエキサイティングだった。その頃の映画はコミュニケーションにおける新たな方法を見せようとしていた。ところが、音声が入り、字幕などがつくようになると、いわゆるテキストを通じて、映画が理解されるシステムができてしまった。本来はイメージの表現だったのに、書いたり、話したりする言葉に頼るようになった。その結果、イメージの価値が減じられるようになった。映画においても最初にモノをいうのは言葉で、イメージではなかったということだ」

『レンブラントの夜警』が日本で公開された時、彼は来日していて記者会見で「映画は1983年に死んでしまった」と言っていた。その時の言葉の真意を訪ねるとー。

サイレント映画の力

「これはフランスの有名な言葉の引用だった。ただ、あれから歳月が流れ、今は2024年。ただ……私はやはり映画に対して失望を禁じ得ない。サイレント時代は洗練されていて、映像の力で見る人とコミュニケーションをとっていた。テキストの助けはなしで、それが成立していた」

“イメージVSテキスト”に対する見解が、なおも続く。

「多くの人は理解してくれないようだが、映画は文字的なメディアで、テキストが必要と考えられているようだ。マーベル・コミックや日本のアニメーションにしても、まずはテキストありき、に思える。素晴らしいイメージを作ることより、そちらが優先される。だから、映画というメディアは二番手のコミュニケーションとなってしまった」

『ZOO』は動物の死を研究する双子が主人公。生と死の奇妙なイメージが次々に登場するⒸ1985 Allarts Enterprises BV and British FilmInstitute

映像派の監督らしいイメージ論。英国にはグリーナウェイ以外に、ケン・ラッセル、ニコラス・ローグ、デレク・ジャーマンなどイメージを優先する映画監督が他にもいる。ただ、ロンドンに行って、英国の映画の研究者たちと話をしてみると、この国ではリアリズムや演劇・文学的なものが優先されるせいか、映像派監督は過小評価を受ける傾向にあるようだ。

ケン・ラッセルような監督をどう思うのか聞いてみると――。

「キャリアの初期(主に60年代)において、彼はテレビの仕事を中心にこなしていて、私自身も彼の映画はすごくエキサイティングに思えた。しかし、その後の映画は自己満足的なものになってしまった。そして、彼の映画が劣化した、というより、彼自身にとっても、重要なものではなくなった」

『数に溺れて』。マイケル・ナイマンが優雅なサウンドを作り上げ、モチーフとなる水のイメージと調和を見せるⒸ1988 Allarts/Drowningby NumbersBV

最後にぜひ聞きたかったのが、音楽の役割である。今回、レトロスペクティヴで上映されている4本の代表作は、すべてマイケル・ナイマンが音楽を担当している。ミニマル・ミュージックの代表的なコンポーザーでもあった彼の音楽は、グリーナウェイ映画を支える重要な要素でもあった。

「ただ……『プロスペローの本』を最後に私と彼はまったく違う方向に進んでしまった。彼はオーストラリアの監督(『ピアノ・レッスン』のジェーン・カンピオン)と組んで商業的な成功を手に入れ、その後はもっとコマーシャルな映画に興味を持つようになった。私と組んでいた頃は、困難を乗り越えながら、ある方向を切り開こうとしていたが、そういう道はもう選ばなくなったのだろう。私自身は、その後は他の作曲家たちとうまくいっていると思う」

グリーナウェイにしてみれば、ナイマンとのコンビは遠い昔の話に思えたようだ。ただ、今回の4作品を再見すると、改めてナイマンの数学的な音楽とシンメトリーにこだわった映像の相性の良さも再確認できる。

ピーター・グリーナウェイ監督の近影© BFI National Archive. Photo by Simon Archer

「残念ながら、もう時間が来てしまいました。改めてあなたに取材できて、本当にうれしく思っています」

そんな私の言葉に――。

「かつての取材から何年もたって、またあなたと話ができて、こちらもうれしく思っているよ」

こんな優しく、温かい言葉が、グリーナウェイから聞けるとは……!? 年月による変化も感じた。

「今後もぜひ映画を作り続けてください」と言ったら「もちろん。そうしたいと思っている」という頼もしい言葉も返ってきた。

今後はダスティン・ホフマンと組んだ新作を撮る予定だという。80代にして、まだまだ健在。そんな巨匠の今にふれることができるインタビューとなった。

ピーター・グリーナウェイ レトロスペクティヴ 美を患った魔術師
シアター・イメージフォーラムほか全国公開中

『プロスペローの本』
出演:ジョン・ギールグッド、マイケル・クラーク他
音楽:マイケル・ナイマン 衣裳:ワダエミ 1991│イギリス・フランス・イタリア│英語│カラー│ビスタ│2.0ch│126分│原題:Prospero's Book

『数に溺れて4Kリマスター』
出演:ジョーン・プロ―ライト、ジュリエット・スティーヴンソン、ジョエリー・リチャードソン 他
音楽:マイケル・ナイマン
1988│イギリス│英語│カラー│ビスタ│2.0ch│118分│原題:Drowning by Numbers
Ⓒ1988 Allarts/Drowningby NumbersBV
 
『ZOO』
出演:アンドレア・フェレオル、ブライアン&エリック・ディーコン他
音楽:マイケル・ナイマン
1985│イギリス│英語│カラー│ビスタ│2.0ch│116分│原題:A Zed& Two Noughts
Ⓒ1985 Allarts Enterprises BV and British FilmInstitute.

『英国式庭園殺人事件4Kリマスター』
出演:アントニー・ビギンズ、ジャネット・スーズマン他
監督:ピーター・グリーナウェイ 音楽:マイケル・ナイマン
1982│イギリス│英語│カラー│ビスタ│モノラル│107分│原題:The Draughtsman's Contract
Ⓒ 1982 Peter Greenaway and British FilmInstitute.

『ピーター・グリーナウェイ レトロスペクティヴ 美を患った魔術師』オフィシャルサイト

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