【シンガポール】コスト増や競争力強化に対応[経済] 24年度予算案、識者に聞く(上)

EYのASEAN・ジャパンビジネスサービスのリーダー・パートナー、松尾和弘氏(同社提供)

シンガポール政府は2月に発表した2024年度(24年4月~25年3月)予算案の発表で、中長期的な経済政策を明らかにした。事業コストの増加や国際競争力強化への取り組みなど企業にとって重要な分野を網羅している。現地に拠点を置く企業が留意すべき点について、大手会計事務所アーンスト・アンド・ヤング(EY)のASEAN・ジャパンビジネスサービス(JBS)リーダー・パートナー、松尾和弘氏に聞いた。

——24年度予算案はコスト上昇や競争力強化への取り組みなど企業にとって重要な分野をカバーしている。ビジネスの観点から全体的にどう評価しているか。

外部環境の「大きな変化」により、企業が経営の方向性の見直しを迫られる中で時宜を得た発表となった。大きな変化には、マクロ経済の不安定性や地政学的な緊張の高まり、国際課税ルールの見直し、気候変動、新技術の台頭などがある。激動する経営環境下で、企業やシンガポール経済はレジリエンス(強靭=きょうじん=性)や適応力が試されている。

中身は各所に十分配慮し、的確かつ包括的なものとなった。人工知能(AI)やサステナビリティー(持続可能性)などへの投資を通じた経済成長や変革により、企業が直面するプレッシャーを軽減するとともに、国内経済の長期的な競争力向上を促している。

多国籍企業が従来から求めていた、経済協力開発機構(OECD)が主導する「税源浸食と利益移転(BEPS)に関する国際課税改革の枠組み(BEPS2.0)」に対応する政策も盛り込まれた。

——政府は13億Sドル(約1,460億円)を投じて企業の事業コスト負担を軽減する支援策を発表した。法人税(CIT)の5割を払い戻す措置が含まれる。

法人税を払い戻す「CITリベート」制度では、1社当たりの助成・払戻額の上限を計4万Sドルとして24年賦課年度(注:3月決算の企業は23年3月期、12月決算の企業は23年12月期が対象) の法人税額が払い戻される。23年にシンガポール人か永住権(PR)保持者を1人以上雇用している企業にはCITリベート現金助成として2,000Sドルを支給する。

課税所得額が57万3,089Sドル以上の企業がCITリベート、CITリベート現金助成による恩恵を最も受けることができる。中小企業がこのリベート制度から受ける恩恵は少ないかもしれないが、条件を満たせば2,000Sドルの現金支給を受けられる。

シンガポールの法人税は10年賦課年度以来17%で維持されており、他国・地域と比べて低い水準にある。13~20賦課年度では法人税の払戻率が20~50%、助成・払戻額の上限は1万~3万Sドルだった。

今回のCITリベート制度の再導入は、事業コスト上昇に直面する企業にとって朗報だ。4万Sドルの上限額は、これまでで最高水準となる。

——産業の生産性を高める施策の一環で、投資額の一定割合を税額控除する制度「リファンダブル投資控除(RIC)」の新設も発表された。どの産業分野で恩恵が期待できるのか。

BEPSの第2の柱(法人税の最低税率を設定するグローバルミニマム課税)の導入は、海外からの投資誘致に力を入れるシンガポールの競争力に悪影響を及ぼす可能性もある。これに対応するためリファンダブル投資控除が導入された。経済の主要分野や新たに成長が見込める領域で大きな投資を呼び込むのが目的だ。

リファンダブル投資控除は現金給付を伴う税額控除だ。法人税から控除し、控除しきれなかった未使用額が、同控除の条件を満たしてから4年以内に現金か現金同等物で還付される仕組みだ。BEPSの第2の柱の下では、減税ではなく補助金とみなされるため、実効税率への影響が軽減される。

実効税率とグローバル最低税率(15%)の差を埋めるトップアップ税を課される多国籍企業にとって、リファンダブル投資控除は魅力的に映るだろう。製造業での生産能力増強やデジタルサービスの導入・拡大、地域統括拠点の開設などが期待でき、幅広い業種が恩恵を受けるとみられる。

シンガポールにとっても研究開発事業を含めて外資系企業を誘致する上で重要な施策となり、付加価値の高い経済活動の活性化につながる。国内の既存の研究開発事業を補完してイノベーションを促進し、世界的な研究開発ハブとしてのシンガポールの地位向上につながる。(聞き手:清水美雪)

※「下」に続く

© 株式会社NNA