「韓国を叩き潰せ」政府の過激な指示を北朝鮮の若者が喜ぶ理由

パリ五輪のサッカー女子アジア最終予選の日本対北朝鮮戦の前日に行われた記者会見で、韓国の記者は「北韓」という言葉を使って質問した。これは、韓国で北朝鮮を指す言葉だ。

すると、北朝鮮のリ・ユイル監督はこのように返した。

「申し訳ないが国号は正確に呼んでもらわないと。われわれは北韓チームではなく、朝鮮民主主義人民共和国チームなので、国号を正確に呼んでもらわないと質問を受け付けません」

日本のメディアは「バトル」などと呼んだが、監督の朝鮮語は普通に丁寧な返し方で、激しい不快感を示したほどではなかった。いずれにせよ、誰が誰をどう呼ぶかは非常に敏感な問題だ。

北朝鮮では、一部の固有名詞を除き、韓国のことを「南朝鮮」と呼び続けてきた。ところが、先日の金正恩総書記の「南朝鮮は普遍の主敵」発言以降、変化が生じている。当局の命令にウンザリとしたリアクションを示す北朝鮮の若者だが、今回に関しては好意的に受け止めている。

咸鏡北道(ハムギョンブクト)のデイリーNK内部情報筋によると、社会主義愛国青年同盟(青年同盟)、朝鮮職業総同盟(職盟)、朝鮮農業勤労者同盟(農勤盟)、朝鮮社会主義女性同盟(女盟)など各種団体に、韓国政府と尹錫悦大統領を批判する内容の政治講演資料を下した。同様の資料は2月に次いで2回目のことだ。

清津鉱山大学の青年同盟委員会は今月16日、毎週土曜日の生活総和(総括)の後に、この資料を用いて、政治講演会を行った。そこにはこのような内容があった。

「南朝鮮、韓国などと呼ぶ口癖を早く捨てて、日常会話でも傀儡(かいらい)韓国という呼称を使うべきだ」

さらに、南侵を主張する部分もあった。

「わが国(北朝鮮)は傀儡韓国の領土を占領し、傀儡の軍靴に踏みにじられ差別されうめき声を上げている傀儡韓国人民を解放してあげなければならないという覚悟で革命闘争と建設事業を進めるべきだ」
「その時が来れば、武力で敵どもの首都であるソウルから叩き潰し、焼け野原になった地に住みやすい文明国家を建てる」

昔ならともかく、北朝鮮の今の人々、特に若者は韓国が豊かな暮らしをしている事実を知っている。彼らにこんな馬鹿げた話をしたところで、何の意味もない。そればかりか逆効果を生んでいる。

「自分たちはちょっと口を滑らせただけで連行されるというのに、(韓国では)デモをしても反国家的行為扱いされない」(若者)

庶民の他愛のない冗談ですら、「マルパンドン」(言葉の反動=反政府的言動)として取り締まるのが北朝鮮だ。韓国はそうでないことを皆が知っているのだ。

一方、こんなリアクションを示した学生もいた。

「かつては『韓国』と大っぴらに呼べなかったが、これからは前に傀儡とつけるだけで自由に呼べるようになってむしろよかった」

もはや「韓国」と呼んだという理由だけで、処罰を受ける心配はなくなったのだ。

もちろん、韓流が解禁されたわけではなく、取り締まりはますます厳しくなるかもしれないが、完全に根絶やしにするのは不可能だ。もし万が一それが成功したとしても、人々の心に根付いた「韓国は豊か、おしゃれ、かっこいい」というポジティブなイメージを変えることも、韓流により変容した北朝鮮の文化、習慣を元に戻すことも非常に困難だろう。

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