近景は春色に

 古人は中国を「唐土(もろこし)」と呼んだ。俳人の長谷川櫂(かい)さんに一句がある。〈唐土の国のかけらの降りしきる〉。中国大陸内部の乾燥した地域から飛来する小さな粒-黄砂を詠んでいる▲先週末は黄砂が列島を覆い、本県でも広い範囲で厄介な“かけら”が観測された。遠方はかすんで見え、洗濯物を外に干せなくてやきもき…という人も多かったろう▲かすんだ景色だけでなく、美しい春の色も目に映る季節になった。きょうの本紙は「さくら版」。県内の桜の名所をカメラマンが訪ね歩き、紙面のあちらこちらを見頃の花で飾っている▲長崎市の小江原に何百メートルかの桜の並木道があり、この季節には道路の両脇で咲き誇る。桜木のアーチをくぐるように車を走らせるのが私的な春のならいだが、この休日もピンクのアーチに胸を躍らせた。小さな公園の1本が咲くのを心待ちにしたりと、人それぞれに桜の名所があるのだろう▲遠くは視界不良だが、目の前には出発や転機を祝うようなピンクの花々…。先週末の光景に似たような心持ちの人もいるに違いない。4月が始まった▲就職先で、新しい職場で、スタートを切る姿がまばゆい一日になるだろう。遠景はかすみ、先はよく見えなくても、眼前の桜は目に温かく、柔らかい。春色に染まった近景を、どうか忘れずに。(徹)

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